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だいたいのところ 漢詩を作り、和歌を詠み、書道に勤しむ人たちは それらを書きとめておけば 後の世までもその評価は衰える事はございません。 声を用いての技の悲しい事といえば 我が身が亡くなりし後は 私の声の技もこの世に留まり残る事が無いことでございます。 そのようなことでございますので 私が亡くなりまして後に 後世の人々はこの口伝集を見ればよいと思い いまだこの世にない今様の口伝集を作り残しておく事にしたのです。 そうして嘉応(かおう)元年三月中旬の頃 これら口伝集九巻を書き記し終えたのでございます。 少しずつ撰び、書き記してきたので 書き始めたのがどれほどの頃であったのかは 覚えておりません。 |
・嘉応(かおう)元年 一一六九年。後白河院、四十三歳でございます。 ・‘これら口伝集九巻を書き記し終えたのでございます。‘ 口伝集十の、01 「巻九」までを撰び終えたこと で ・・・「巻一」から「巻九」まで撰び終わりました。・・・ とございますので 始まりと同様に書き記して 巻十を書き終える事になり ます。 ・ここまでで口伝集巻十の書き記された内容としては完結いたします。 この後まだ少し続くのですけれど ここから後は追記されたものだと考え られております。 ・それにいたしましても 私もこのHPで梁塵秘抄を読むにあたって、はじめ に書いた事ではございますけれど やはり‘声‘は、あたりまえですが こ の時期に残しようがないわけです。 もし録音ができたら後白河院の歌いが聞けたのに残念なことなのですが 実はこのことを一番残念に思っていたのは後白河院であった様でござい ます。 そうして 残念な思いが書かせた口伝集であったのだと思うのでございま す。 |