| |
この様に今様を日ごろから好み励んで習い覚え とても大切に思う心も強いのでございます。 が、おそらくこの様なことは輪廻の業・執着の罪となるのでございましょう。 すでに我が身は五十年余りを過ごしてまいりました。 まこと 夢のごとく 幻のごとき歳月でございます。 そうして すでに人生の半ばは過ぎてしまいました。 今となっては万事を捨て去り 極楽往生を願おうと思うのでございます。 けれど たとえまた、私が今様を歌うことがありましても どうして阿弥陀の浄土に往生するための蓮華座の迎えを享けられないことがありましょうか。 そのわけは 遊女(あそび)たちは 舟に乗り波の間に浮かび 流れに棹をさし 着物を美しく着飾り 情を好み人の情愛を望み 歌を歌うことがあっても良く聞かれようと思うばかりなので他の事を考える心もなく 罪に沈み さとりの世界に行き着くことを知りません。 それなのに 阿弥陀仏を念ずる心を起こしたならば極楽往生できるのでございます。 まして私たちは なおさらの事だと思われるのでございます。 今様の法文歌は仏教経典の文章から離れたものではありません。 法華経八巻の 各々、各巻々が光を放ち 二十八品の一つひとつの文字が金色の仏でおわします。 世俗の文芸によってもたらされるものが 転じて仏の教えを讃えるもととなり どうして仏の教えを説くことにならない事があるのでしょうか。 |
・「蓮華座」 この場合は阿弥陀の浄土に往生(極楽往生)する者が乗る蓮華の台 です。 ・「そのわけは・・・ 阿弥陀仏を念ずる心を起こしたならば極楽往生できるのでございます。」 「23 今様と神仏の霊験」の 遊女(あそび)・とねくろ や 高砂の四郎君のことから引いたものです。 ・「今様の法文歌は仏教経典の文章から離れたものではありません。」 「23 今様と神仏の霊験」から引いています。 (上記の注釈参考) ・「法華経八巻の・・・」 法華経は八巻、二十八品からなります。 ここも「23 今様と神仏の霊験」から引いた部分かと思います。 (上記の注釈参考) 後白河院は法華経を深く信仰していたようです。 以前「10 乙前が亡くなりしことと追善のこと」でも乙前のために法華経 を読んでおります。 ・「世俗の文芸によってもたらされるものが・・・」 平安中期の詩歌集「和漢朗詠集」の白楽天(白居易)の漢詩によります。 ・・・願わくは今生世俗(こんじょうせぞく)の文字の業 狂言綺語(きょうげんきぎょ)の誤りを以て 翻(かえ)して当来世々賛仏乗の因 転法輪(てんぽうりん)の縁と為(せ)む・・・ ・・・願う事なら今生きているこの世俗の文芸のもたらすもの 道理に合わぬ言葉巧みな物語の この様な誤りを以って なお転じて来世までの仏の教えを讃えるもととなり 仏の教えを説くためのものとしたまえ・・・ ・ここは前の「23 今様と神仏の霊験」で いろいろあげた今様の霊験から 引いて‘だから今様を好きで歌うことは輪廻の業・執着の罪ではなくて 経 を読むことと同じだから 仏の道に沿う事なのよ‘っと 後白河院は言いた かったのでした。 ケッコウ遠まわしな感じではございます。(笑) |