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この今様 こんにち歌われておりますのは 遊興のため一つではございません。 心をつくして 神社、仏寺に参詣した折 今様を歌えば 神仏の霊験によくする事ができ 望みが叶わない事はありません。 官職を望み、命を永らえ、病もすぐさま治らないということはございません。 藤原敦家(あついえ)は みごとなよい声をしておりましたので 金峰山(きんぶせん)の神仏に招き留められて御眷属神となりました。 今様歌い人の目井は監物であった源清経(きよつね)が病気で苦しみ もはや命つきようとする時に 「像法転じては、薬師の誓ひぞ・・・」 と、歌ってたちまち病を治しました。 最近では 左衛門府の長官の藤原通季(みちすえ)が 高い熱を出す病気で苦しみ 病をこじらせてしまったのですけれど 「ゆめゆめいかにも毀(そし)るなよ・・・」 と、二回歌うと 汗が押流れて病気が治まりました。 首に悪性の腫れ物ができて 今にも命つきようかと医師も見離した者が 広隆寺に籠って今様に精神を集中して他の事を気にせずに歌いますと たちまち悪性の腫れ物が潰れて病が治まったのでございます。 また 目の見えない者が神社に籠って今様を歌い百日余り後に 目が開いて社を出てまいりました。 今様の霊験とはこの様な事ばかりではございません。 神崎の遊女(あそび)・とねくろが戦に遭い亡くなる際に 「今は西方極楽の・・・」 と、歌って往生いたしました。 高砂の四郎君は「聖徳太子」の歌を歌い 極楽往生の願いを果たしたのでした。 |
・‘望みが叶わない事はありません。‘ ‘病もすぐさま治らないということはございません。‘ 元の文は ‘望むこと叶はずといふことなし。‘ ‘病をたちどころに止めずといふことなし。‘ です。 で、ここではそのまま否定の否定で‘〜ないことはない‘の形で書きまし たけれど ‘望む事は叶います。‘ ‘病もすぐさま治ります。‘ のほうが読んでいてわかりやすいかもしれません。 ・藤原敦家(あついえ) 前出:「07 秘曲‘藻刈舟(もかりぶね)‘のこと」参 ・‘金峰山(きんぶせん)の神仏に招き留められて御眷属神となりました。‘ 金峰山(きんぶせん)は熊野から連なる大峰山脈の北側・吉野山のこと で金峰山寺があります。 ここは修験道の霊場でありますが 敦家がこの金峰山参詣の帰路で 急死し これは神仏がよき声の敦家を霊場に引きとめたためで 敦家は 神仏の眷属にくわえられたという伝説があるのだそうです。 ただしここでいう‘神‘は金峰山の神と熊野の神と二通りあるのだそうで す。 でも、どちらにしても声が良いからって 神様に引き止められちゃっても 困っちゃいます。(笑) ・目井、源清経(きよつね) 前出:「05 さはのあこ丸が言ったこと」参 ・「像法転じては、薬師の誓ひぞ・・・」 「梁塵秘抄 歌詞集 巻二」の法文歌の仏歌の一つで三十二歌に同じ です。 前出:「10 乙前が亡くなりしことと追善のこと」で後白河院が乙前のた めに歌った今様です。 ・左衛門府 衛門府は城門の警備などをする役のことで 右衛門府と左衛門府が ありました。 ・「ゆめゆめいかにも毀(そし)るなよ・・・」 梁塵秘抄 歌詞集 巻二 法文歌 法華経二十八品百十五首 陀羅尼品五首 一六〇歌 ・・・ゆめゆめ いかにも毀(そし)るなよ 一乗法華(いちじょうほっけ)の受持者(じゅぢしゃ)をば 薬王(やくおう) 勇施(ゆせ) 多聞(たもん) 持国(ぢこく) 十羅刹(じゅうらせつ)の 陀羅尼を説いてぞ護(まも)るなる・・・ ・・・けっして どうあっても 非難してはなりません 衆生をみな成仏させようとするための法である 法華経の教えを心に刻み忘れずにいる者を 薬王菩薩 勇施菩薩 多聞天 持国天 十羅刹女(じゅうらせつにょ)が 陀羅尼の呪を説いて守っているのですから・・・・ 一乗 乗は悟りに導くための乗物の意味で 一乗はすべての人が成仏でき るただひとつの乗物と言う事だそうです。 法華 法華経 受持者 仏の教えを心に深く刻み忘れない人 ここでは 法華の行者のことを言うのでしょうか・・・。 薬王菩薩 良薬をもって衆生の病を治すといわれる菩薩で 阿弥陀仏を念じて極 楽往生を願う者を浄土に迎える二十五菩薩の一です。 勇施菩薩 釈迦に供する菩薩の一です。 他人に施し与える勇者という意味だそうです。 多聞天 毘沙門天のことで 四天王(帝釈天に仕える 仏教の四人の守護神) の一です。 足元に邪鬼を踏まえ仏の北方を守り 常に仏の説法を聞く事からの名 です。 持国天 やはり四天王の一で 東方を守る守護神です。 十羅刹女(じゅうらせつにょ) 「法華経 陀羅尼品第二十六」に説かれている十の鬼女のことです。 一、藍婆 らんば 二、毘藍婆 びらんば 三、曲歯 こくし 四、華歯 けし 五、黒歯 こくし 六、多髪 たほつ 七、無厭足 むえんぞく 八、持瓔珞 じようらく 九、皋諦 こうたい 十、奪一切衆生精気 だついっさいしゅじょうしょうけ 十羅刹女はもともとは鬼でございましたが 後に鬼子母神などと共に 仏の説法に接し 法華経の受持者を守護すると仏に誓いました。 陀羅尼 梵文(ぼんぶん:サンスクリット語の文)を訳さず音写のまま唱える 呪文のことで 総持(仏の諸説を忘れず善法を保ち悪法を抑える こと)の意味です。 「ゆめゆめいかにも毀(そし)るなよ・・・」に続く「陀羅尼品」の今様歌 は「法華経・巻第八・陀羅尼品第二十六」を歌ったものでございます。 「陀羅尼品第二十六」というのは 薬王菩薩、勇施菩薩、多聞天、 持国天、十羅刹女、らが仏(釈迦牟尼仏という記述があるので釈迦の ことだと思います)に法華経の受持者を陀羅尼を与えることで守り 最後 に出てくる十羅刹女が自らも経の受持者になります というお話でござい ます。 ちなみに短いので(笑) 十羅刹女の陀羅尼を書くと・・・ 「伊提履 伊提泯 伊提履 阿提履 伊提履 泥履 泥履 泥履 泥履 泥履 楼醯 楼醯 楼醯 楼醯 多醯 多醯 多醯 兜醯 兜醯」 (イデビ イデビン イデビ アデビ イデビ デビ デビ デビ デビ デビ ロケ ロケ ロケ ロケ タケ タケ タケ トケ トケ) で、この様な陀羅尼の呪文を法華経の受持者(行者のことでしょうか) に与え 受持者が呪文を唱えると 何やら神仏の力が現れて受持者を 守ってくれるのだそうです。 なんだか小説とか漫画とかになりそうな話でございましょう。(^^ゞ ・広隆寺 元の文では「太秦(うずまさ)」です。 京都市右京区太秦蜂岡町 603年建立の寺院で 秦河勝(はたのかわかつ)が聖徳太子から賜っ た仏像を本尊として建立したのだそうです。 818年と1150年の2回、火災にあっているそうですが幸いにも多くの 仏像が焼けずに残り 今でも参拝する事がでます。 たぶん教科書などで一度は見た事があるもしれない 国宝第一号に 指定されている宝冠弥勒菩薩像など数多くの仏像が残っているのです。 ・‘神崎の遊女(あそび)・とねくろが戦に遭い亡くなる際に・・・‘ 神崎の遊女・とねくろがが筑紫へ行き海賊に殺された話で 臨終の間際 にこの今様を歌い極楽往生を遂げたというお話です。 「十訓抄」第十、などいくつかの古典に伝わっているそうです。 ・「今は西方極楽の・・・」 梁塵秘抄 歌詞集 巻二 法文歌 雑法文歌五十首 二三五歌 ・・・われらは何して老いぬらん 思えばいとこそあはれなれ 今は西方極楽の 弥陀の誓ひを念ずべし・・・ ・・・私はどんなふうに生きて老いを迎えたのでしょう 思い返せば なんとしみじみもの悲しくなることでございましょうか 今となっては 西方極楽浄土の 阿弥陀如来の誓願を思い唱えましょう・・・ 西方極楽浄土 阿弥陀の国土のことで 遠くて近い所なのだそうです。 阿弥陀如来の誓願 「大無量寿経」という阿弥陀仏の事が説かれている経に阿弥陀仏 の‘四十八の誓願‘というのが説かれているそうで この誓願の事 です。 とくに第十八願は 衆生が心から信じ西方極楽浄土に思いをかけ 念仏すると極楽往生を叶えてくれるという誓願だそうで ‘とねくろ‘は このことを踏まえて今様を歌い極楽往生を遂げたということです。 ・高砂の四郎君 高砂 今の兵庫県高砂市 四郎君 女芸人の名前 ・今回のお話、前半は今様を歌うことで目に見えて何かいい事がおこると書 いてございます。 で、後半は今様を歌うことで極楽往生できると書いてあるのです。 これは次回のお話につながるのですけれど 今様を歌うことは経を唱える 事と同じであると後白河院は思っているのです。 前半の「ゆめゆめいかにも毀(そし)るなよ・・・」の今様は そのまま法華 経・巻第八・陀羅尼品第二十六を歌っております。 後半の「今は西方極楽の・・・」は大無量寿経の誓願を歌っております。 なので この様な今様を歌うことは そのまま経を読む事と同じであり極楽 往生への道であるということなのでしょう。 |