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神社に参拝した折 今様を歌うと神仏の示し現す霊験によくすることが たびたびございました。 ことこまかに この様な事を思い返すのですが 私の今様の歌いは声も足りないし美しい声ということでもないので 歌いの心が神仏に通じるはずだというような理由も思いうかばないのでございます。 ただ、長年今様に励み習い覚えた この長い年月に積んだ経験がまねいたことでありましょうか。 また くわえて 深く信心して歌う、その信心の不思議な力によるものでございましょうか。 おおよそ 今様が好きで歌うこと、四十年あまりの長い年月に積み重ねた経験がございます。 この様に長年の積み重ねで経験をしてきた者は 昔の人にも 少なくはございません。 そのようになりたいと望んではおりますが 声がかたく はっきりとよく通るわけでもなく この様な不都合なこと まことに残念な思いが強いのですけれど 力が足りずどうにも仕方のない事でございます。 しかしながら この長年の積み重ねた経験によって あきれるほど足らぬ声ではございますが 豊かでみごとな、とても同じ様には歌えそうもないほどの声に出遭うことがございましても また 女性の様な高声で、その高さまで達しないことがございましても いろいろと高声になったり急調子になったりと、声を出し合いましても それほど、声が追いつかずに おいていかれたことは記憶にございません。 高く音の高さを上げても、低く音が下がって使いづらい調子がございましても 歌いづらいという記憶がございませんのは この長年の励み習い覚え積み重ねた経験のなすことであろうかと思われるのでございます。 |
・ここは とくべつに注釈する事もないかと思います。 この後今様を歌うと 何やら霊験あらたかであるとか 今様は仏の道であ るとか いった事に話は進むのですが その前置きの様な感じでございま す。 |