19 賀茂参詣                 もくじへ戻る トップページへ戻る

 同じ年の二月 先述の熊野参詣より戻って七、八日ほどした大雪が降っ
た日に 頭髪を落とし僧形となるための 御いとまのご挨拶を申し上げる
ために賀茂社へ参詣いたしました。
 まずはじめに下鴨神社に参詣いたしましたところ これがまたなんとも
いえぬほど趣が深いことでありました。
 社殿の御前の梅の木に 雪が降りかかり 白雪白梅 いづれが梅花か
と思われるほどに分けがたく また 朱塗りの玉垣までみな真白き雪で 
見渡す限り白き社頭は 比べるものとてないほどに思われるのでした。

 神殿での一通りの儀式、御神楽の奉納などが終わり それから法華経
一部、千手経一巻を転読して奉納いたしました。
 これらが終わりましてから後 成親(なりちか)卿が平調(ひょうじょう)に
て笛を吹きました。
 また 催馬楽(さいばら)の‘青柳(あおやぎ)‘‘更衣(ころもがえ)‘‘いか
にせん‘を資賢(すけかた)卿が歌いました。
 この後 私が今様を歌ったのです。

  ・・・春のはじめの梅の花
     喜び開けて実なるとか

 ここで 資賢(すけかた)が 第三句を次の様に歌いました。

  ・・・御手洗(みたらし)川の薄氷
     心とけたる只今かな

  (・・・春のはじめの梅の花は 
      春に喜び‘ほっと‘花さき いずれ実になりましょう
      御手洗川の氷も 春の訪れとともに解けてゆきます
      私の心も今 この氷の様に解けてゆったりと穏やかになった
      様でございます・・・)

 まことに 時節によく合ったみごとな歌いでありました。
 敦家(あついえ)が 以前内裏でこの第三句を
  ・・・前の流れの御溝水(みかわみず)・・・
 と 歌ったのも たしかこの様なことであったと 私はなつかしく思い出し
たのでした。
 それから また、

  ・・・松の木陰に立ち寄れば
     千歳(ちとせ)の翠(みどり)ぞ身に染(し)める
     梅が枝插頭(かざし)にさしつれば
     春の雪こそ降りかかれ・・・

  (・・・松の木陰に立ち寄ってみれば
     遥かに長き千年もの松の若翠が身に染みるようです
     梅の小枝を插頭にしてさしてみれば
     春の雪の様に梅花が散り掛かるのでございます・・・)

 と、この歌を三十返ほど繰り返しました。
 その後 資賢(すけかた)は 神歌を歌いました。

  ・・・ちはやぶる神
     神におはしますものならば
     あはれに思(おぼ)しめせ
     神も昔は人ぞかし・・・

  (・・・ちはやぶる神よ
     まことの神であられるのならば
     わたくしを哀れとお思いくださいませ
     神とて昔は人の苦をお持ちであったのですから・・・)

 さらにこの後 足柄四首、‘あまのとうさい‘二返、関神、滝水、黒鳥子、
伊地古、旧川、などを歌ったのでした。
 これらの歌はどれも 今のこの場にふさわしい歌だからでしょうか いつ
もの歌いよりも 快く趣の深い事 このうえなきものでありました。
 この歌いの場に座しておりましたのは 権中納言成親(なりちか)、源宰
相資賢(げんさいしょう すけかた)、三位中将兼雅(かねまさ)、中将宗盛、
少将通家、右馬頭親信(うまのかみ ちかのぶ)、などでした。

 今様の歌いが はじまりました頃に 東の神殿の御扉が開く音がしまし
た。
 参詣に集まっていた者たち男も女もみな 
 「後白河上皇様がお出でになられているので また なにやらの音の響
きが 聞こえたりするのであろうか・・・。」
 と、思っていましたところ 神殿の中から琵琶の音が聞こえ 今様の歌い
に合わせ爪弾かれているようで 聞いていた人たちは不思議に思ったの
でした。
 このことは後に ‘賀茂社の者たちが この様にうわさしていたと‘ 資賢
(すけかた)が私に語ったのを聞いて知ったのでした。
 熊野参詣の時のように 私が聞いたという事ではないのです。


・‘同じ年の二月 先述の熊野参詣より戻って七、八日ほどした・・・‘
  元の文は‘同じ年の二月七八日ごろ‘です。
  はじめ読んで私は‘えっ‘とチョッとビックリいたしました。
  昔は二月がそんなに多くあったのかしらと・・・。
  で、そんなわけないので 参考の本の注釈を見ると後白河院が賀茂社
  へ参詣に行った大雪の降った日は‘二十九日‘であるそうなので 前の
  18話(熊野参詣十二回目)で奉幣したのが 正月二十六日であった
  ことから おそらく熊野参詣から戻って ‘七日か八日ほど後に‘ではな
  いかと思って上記の様に書いてみました。
・賀茂社
  上社と下社で一体を成す神社です。
  上社は 賀茂別雷(わけいかづち)神社 (上賀茂神社
        京都市北区
        祭神:賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)
  下社は 賀茂御祖(みおや)神社     (下鴨神社
        京都市左京区
        祭神:賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)
            玉依媛命(たまよりひめのみこと)
        御神域の中にある末社‘井上社‘のある‘みたらしの池‘から
        湧き出た水が‘御手洗川‘となります。
        上社・下社共に行う‘葵祭‘が毎年五月にあります。
        平安の頃には未婚の内親王・女王が祭祀(さいし)として奉仕
        していました。
      (ちなみに みたらしの池より湧き出る水の泡をかたどったのが‘みたらし団子‘で
       あったとは今まで知りませんでした・・・。)
・下鴨神社
  上記‘賀茂御祖(みおや)神社‘のことです。
・平調(ひょうじょう)
   日本音楽の十二律の一つで 基音の壱越(いちこつ)より二律高い音
   の事です。
   洋楽のホ音にあたります。
   また、雅楽の六調子の一つでもあります。
   日本音楽の十二律というのは 日本の音楽の十二の標準楽音で 
   1オクターブ間に約半音間隔で十二音が配されます。
   基音は長さ二十七センチの律管の音で 壱越(いちこつ)を基音として
   断金(たんぎん)・平調(ひょうじょう)・勝絶(しょうせつ)・下無(しもむ)・
   双調(そうじょう)・鳧鐘(ふしよう)・黄鐘(おうしき)・鸞鏡(らんけい)・
   盤渉(ばんしき)・神仙(しんせん)・上無(かみむ) の十二調子です。
   基音の壱越(いちこつ)は洋楽のニ音にあたります。
・‘催馬楽の 青柳・更衣・いかにせん を資賢卿が歌いました。‘
   どれも催馬楽の名曲だそうです

   「青柳(あおやぎ)」   長生楽序  拍子十二  二段各六
   ・・・青柳を 片糸(かたいと)に縒(よ)りて や おけや 鶯の おけや
      鶯の 縫ふといふ笠は おけや 梅の花笠や・・・

   (・・・春の若芽の青柳を片糸にして縒って ヤ オケヤ 鶯が オケヤ
      鶯が枝の間を飛んで縫うという笠は オケヤ 梅の花笠よ・・・)

    若芽の青柳と鶯それから梅、春の風情といったところでしょうか。
    少しだけ柔らかくなった空気と梅の香のほんのりあまい感じが
    浮かびます。
    この曲は人気のあった曲だそうで 見立ての面白さが受けたのだ
    そうです。
    ‘や‘・‘おけや‘は囃し詞です。

   「更衣(ころもがえ)」
   ・・・更衣せむや さきむだちや 我が衣(きぬ)は
      野原篠原(のはらしのはら) 萩の花摺(はなずり)や
                                さきむだちや・・・

   (・・・衣更えいたしましょう サキムダチヤ わたくしの衣は
      野原や篠原に咲く 萩の花を摺り付けた衣でございます
                                サキムダチヤ・・・)

     さきむだちや:囃し詞
              元の意味は「さ公達」で、‘さ‘は呼びかけの詞
              公達は貴族の息子・娘の事で 公達に呼びかける
              ように歌われますが 特別な意味はありません。
              歌った時に 明るい感じがするのだそうです。

    この歌は 何と言うのか ただの衣替えの歌にも読めるのです
    けれど(この頃は陰暦四月に夏衣、十月に冬衣に変えたそうで
    す) しかし 別に衣更えしたからなんだと言った話しなので 
    何か意味があるのかしらと思いましたら やはりありまして 他人
    と衣を取り替える とか 男女間の衣の交換 とか そう言った感
    じの意味合いもあるらしくて 歌われる場によっては 色っぽい歌
    にもなるのでした。
    ただここで資賢(すけかた)が この曲を歌ったのは 後白河院が
    僧形となることを思って ‘衣を僧衣に替えましょう‘ の意味かと
    思われるので 資賢の気持ちを託した歌いであったのではないで
    しょうか。

   「いかにせん(何為いかにせむ)」
   ・・・いかにせむ せむや 愛(を)しの鴨鳥(かもとり)や
      出でて行かば 親は歩(あり)くとさいなべど
      夜妻(よづま)は定めつや さきむだちや・・・

   (・・・どうしたものでございましょう どうしたものでございましょうか
                                  愛しく思う鴨鳥よ
      鴨鳥が水面から飛び立つ様に出て行けば
                親があちこち夜遊びに歩き回ると怒るけれども
      私は隠し妻さえ定めた者がいないのでございます
                                 サキムダチヤ・・・)

    この曲はオモイッキリ‘オ〜青年よ!!‘といった曲でございます。
    なんか今もこういった事はあることで 催馬楽が歌われていた
    平安の時代から変わっていないのでした・・・。
    でも・・・なんで、資賢(すけかた)はこの曲をここで歌ったので
    しょうか?
    上の二曲は 時節に合ったものかと思うこともできるのですが 
    この曲はどう解釈しても?です。
    後白河院が ‘水面から飛び立つ様に‘ この俗世を出て出家
    しても それをどうこう言うものなどいるはずもないわけだし・・・。
    ただ歌いたかっただけなのでしょうか・・・。

・‘ ・・・春のはじめの梅の花・・・‘
    「朗詠九十首抄」に付載された今様の一つです。
    だだし第二句・第三句が違っています。
    元の歌は ‘17 熊野参詣(第二回目)‘ の注釈に書きましたの
    で見てください。
    ここで資賢(すけかた)が 意図的に替えて歌ったのは第三句で
    「お前の池なる薄氷」→「御手洗川の薄氷」
    と、しました。
    御手洗川は この歌を歌っている下鴨神社を流れ下って賀茂川
    に合流する川です。
    また薄氷は 春の歌いにもちいられる詞です。
    資賢は場所がらを考えて上記の様な替え歌にしたのでした。
    それで 後白河院はその歌いの意味合いを受けて ‘時節によく
    合ったみごとな歌い‘ と言った訳です。
・‘敦家(あついえ)が 以前内裏でこの第三句を
  ・・・前の流れの御溝水(みかわみず)・・・
  と 歌ったのも たしかこの様なことであったと・・・‘
    御溝水(みかわみず)と言うのは 内裏の御殿の周りを流れる
    溝の水のことで 敦家も以前内裏で上記の歌を歌った時 資賢と
    同じ様な機知に富んだ歌いをしたということです。
    で ここは資賢の替え歌から引いた 今様の名人敦家の古い
    逸話を付記したものです。
・‘ ・・・松の木陰に立ち寄れば‘
    この今様は‘和漢朗詠集‘の中の下記の漢詩から作られたもの
    です。
      「松根ニ倚(よ)ツテ腰ヲ摩(す)レバ
       千年ノ翠(みどり)手ニ満テリ
       梅花ヲ折ツテ頭(こうべ)ニ插(さしはさ)メバ
       二月ノ雪衣ニ落ツ」

    ‘插頭(かざし)‘:花や枝などを髪や冠などにさすこと または
               さした花や枝などのことです。
・‘その後 資賢(すけかた)は 神歌を歌いました。‘
   元の文は
   ‘そののち、同じ人、神歌を出す。‘
   です。
   ここでは前の歌い‘御手洗川の薄氷‘の歌いから資賢(すけかた)
   が歌っているとして 上記の様に読んだのですが 資賢の歌いは
   この曲だけで 後の‘松の木陰に立ち寄れば‘の歌いからは後白
   河院の歌いであるかも知れないので ここで歌い手が変わって
   いれば ‘同じ人‘というのは 後白河院ということになります。
・‘ ・・・ちはやぶる神‘
   梁塵秘抄 歌詞集巻第二 二句神歌 四四七歌(小異あり)
   この歌は 菅原道真を祭る北野天満宮(京都市上京区)に由来
   する歌とも言われています。
   苦を持つ人が 前世に人として生きた現人神に ‘人の世の苦を
   知っているのだから どうか私を哀れと思ってください‘ と 訴え
   ている歌なのです。
   で、ここでこの歌を歌ったのは 後白河院の出家にさいして その
   思いを慈愛をもってお受け取りくださいませ といった様な意味合
   いであったようです。

   ちはやぶる:‘神‘にかかる枕詞で ‘勢いが激しい‘の意味があり
            ます。
・‘東の神殿の御扉が開く音がしました。‘
   賀茂御祖(みおや)神社(下鴨神社)の東の神殿というのは
   祭神 玉依媛命(たまよりひめのみこと)を祭っている東の本殿
   のことです。
・今回も またまた‘あやし‘の感じでございます。
 賀茂社に参詣に来ていた人たちばかりではなくて これを読んでいる
 私だって‘おや、また何かあるのかしら?‘などと思ってしまいます。
 これは 今様の霊験と言うより 後白河院がやたらと霊感が強いとか
 そう言った事ではないのかしらと 思ったりしてしまいます・・・。
 まあ、今回は‘私が聞いたのではない‘と書いてはありますけれど。






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