18 熊野参詣(第十二回目)         もくじへ戻る トップページへ戻る

 仁安(にんあん)四年正月九日から精進をはじめて 正月十四日に熊野
に向けて出発しました。
 二十六日に 幣帛(へいはく)を奉納いたします。
 今度で熊野参詣は十二回目になりますけれど この度は出家をするた
めの お別れのご挨拶に参詣したのです。
 毎回 立ち寄る王子の社では今様など歌って奉納し 熊野本宮におい
ては 礼殿で楽の奉納などを何度かいたしました。
 俗体(僧ではない俗世の人の姿)での参詣は 今回で最後になるであろ
うと思うので 私はひとりで両所権現相殿の御前にある礼殿の長床(なが
とこ)で休息することにしました。
 神前のかがり火の光りがある辺りに つい立・障子ですこし仕切って 誰
がどこにという様なこともなく 端から成親(なりちか)・親信(ちかのぶ)・
業房(なりふさ)・能盛(よしもり) 前のほうに康頼(やすより)・親盛(ちかも
り)・資行(すけゆき)が休息したのです。
 私のいるこちらの方は暗くて かがり火の明かりを受けて御神体の鏡 
熊野十二所権現のそれぞれが 光り輝き 神々の御姿を映し出している
がごとく見えるのでした。
 あちらこちらで 幣帛(へいはく)を奉納する声が様々に聞こえてきます。
 神仏に奉納するための経などが 般若心経もしくは千手経や法華経など 
人それぞれの思いで変わるにつけ また尊く思われるのでした。
 経の奉納とともに 長歌からはじめて古柳の‘下がり藤‘を歌い奉納しま
した。
 次には 十二所権現の御心を詠じた今様を歌い その後 娑羅林(しゃ
らりん)・常の今様・片下(かたおろし)・早歌など 区切りのよい所まで
みな歌いました。
 神歌などを歌い終えて 大曲の今様になり足柄・黒鳥子・旧川を歌い終
え 伊地古(いちこ)を歌いました。
 夜明け近くになって みな人々は静かになり 人の気配や物音などもなく
なっていました。
 とりわけ心清らかに 伊地古を歌っておりますと 両所権現相殿西側の
御前の方から 何ともいいようのない かぐわしい麝香(じゃこう)の香りが
するのです。
 「これはどのような事であろうか。かぐわしい香りがするではないか・・。」
 と 成親(なりちか)が親信(ちかのぶ)に言いました。
 みなそこに座して居る人々が 不思議に思っているところに さらに神殿
から鳴り響く様な音が聞こえたのです。
 「これはなんであろう・・・。」
 また成親が驚いて言います。
 「使い手が高い音を包み込むような にわとりの寝ているごとき音では
ないか。」
 と 私が言いました。
 しばらくして いよいよかぐわしい香があたりに満ち満ちて よき香りが
匂うのです。
 そうしているうち 神殿の御簾(みす)を持ち上げて人が入って行く様に
御簾が動きました。
 さらには かけ置かれている御神体の鏡が それぞれに鳴り響き合って
しばらくの間 みな揺れ動いているのです。
 さすがにこの時は みな驚いてその場から逃げ出したのでした。
 寅の時のことでございました。


・仁安(にんあん)四年
   一一六九年 院、四十三歳。
   この年の四月の改元で 嘉応元年となりました。
・‘この度は出家をするための お別れのご挨拶に・・・‘
   院の落飾(身分高き人が髪を落して仏門に入ること)は同年六月十七
   日です。
   ここは仏門に入る前 俗体での参詣が最後になるであろうと言うことで
   俗世の者としてお別れの挨拶に来ましたと言うことです。
   ですから もちろん この後も院は何度も熊野に来ております。
・‘両所権現相殿の御前にある礼殿‘
   本宮の本殿・証誠殿(本宮主神)の右側(向かって左)に相殿で 
   西御前・第一殿(那智主神)と中御前・第二殿(新宮主神)が祭られて
   います。
   両所権現と言うのは 那智と新宮の主神の事です。
   現在の本宮は明治二十二年の洪水以降再建されたものですが 
   第一殿から第四殿までは 元あった大斎原(おおゆのはら)から現在
   地へ移し変えられて再建されました。
   第五殿から第十二殿は 大斎原の石の祠(ほこら)にのこされました。
   再建された第一殿から第四殿は並び順は昔と同じです。
   院の時代には 大きな礼殿があって御所としても使われていたようで
   す。
   現在の拝殿もそうなのですが院の時代にもこの礼殿は第三殿の
   本殿・証誠殿の前ではなくて 上記・第一殿第二殿相殿の前に建て
   られていました。
・長床(ながとこ)
   板敷きの上に一段高くして長く畳を敷いた所のことでフローリングに
   インテリア畳を敷いた感じかと思います。
   ここの元の文は‘長床に寝ぬ‘とあるのですが 畳の上で眠り込んで
   いたのではなくて 経や楽の奉納の合間に休憩していたといったところ
   です。
・熊野十二所権現
   本宮の十二所権現は以下のごとく
    第一殿  熊野夫須美大神(ふすみのおおかみ)     千手観音
    第二殿  熊野速玉大神(はやたまのおおかみ)      薬師如来
    第三殿  家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)   阿弥陀如来
    第四殿  天照大神(あまてらすおおかみ)         十一面観音
    第五殿  忍穂耳尊(おしほみのみこと)          地蔵尊
    第六殿  瓊々杵尊(ににぎのみこと)            竜樹菩薩
    第七殿  彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)    如意輪観音
    第八殿  うが草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと) 聖観音
    第九殿  軻遇突智命(かぐつちのみこと)         普賢・文珠菩薩
    第十殿  埴山姫命(はにやまひめのみこと)        毘沙門天
    第十一殿 弥都波能売命(みづはのめのみこと)      不動明王
    第十二殿 雅産霊命(わくむすびのみこと)         釈迦如来
・‘神仏に奉納するための経など‘
   元の文は‘法楽のもの‘です。
   法楽と言うのは経を読誦することだけではなくて 楽・舞・歌などを奉納
   して神仏を楽しませることも言います。
   なので、院は経の読誦の合間に今様を歌ったのでした。
・古柳の‘下がり藤‘
   歌詞集一巻 古柳 春 十一歌のことです。
    ・・・そよや 小柳によな
       下がり藤の花やな 咲きにをゑけれ ゑりな
       むつれたはぶれ や うちなびきよな
       青柳のや や いとぞめでたきや
       なにな そよな・・・
    ・・・柳のゆれるに
       咲き垂れた藤の花房がふれあい
            美しくつややかに咲き輝いておりましょう
                  美しくつややかに咲き輝いているよなあ
       柳と藤と仲睦まじく戯れ 風になびいているのです
       青柳の細い枝のなんとうつくしげな様子でございましょう・・・
         ‘そよや・よな・やな・や・なにな・そよな‘などは囃しことば
   この歌 春の風景を歌った歌なのですけれど読むとなんとなく わかる
   のですが ケッコウ艶っぽい歌だったりします。
   美しい青柳と匂いたつ様に咲く藤が春の風にからみ戯れる。
   で、この様な艶っぽい歌を神仏に奉納するんだ〜・・と、思ったので
   した。
   ちなみに 私はこの歌 スッゴク好きかなーと思いました。
   とても美しい絵がうかびます。
   歌舞伎の藤娘あたりが きっとアタマの中にあるんだわ・・・。
・常の今様
   ‘只の今様‘と同じ狭義の今様で 七五調四句一章の歌詞のもので
   す。
・‘両所権現相殿西側の御前の方から‘
   那智と新宮の両所権現相殿の西側第一殿を西御前と言います。
   ここは那智の主神・熊野夫須美大神(ふすみのおおかみ)を祭っています
   から 熊野夫須美大神の御前からと言うことです。
・麝香(じゃこう)
   中国あたりにいるジャコウジカの雄の麝香線分泌物を乾燥したもので
   強い芳香があります。
   香料のほか漢方薬としても使われます。
・‘「使い手が高い音を包み込むような にわとりの寝ているごとき音では
  ないか。」‘
   元の文は
    ‘われようにんのかりおほいしたるに、鷄のねたるが音にこそといふ‘
                                   新訂 梁塵秘抄
    ‘我、「ようにんのかりおほいしたるに、鷄の寝たるが音にこそ」と
     言ふ‘
                          梁塵秘抄 新潮日本古典集成
   です。
   何処でどう区切っていいのかよく分からなくて 少しでも分かりやすく
   なっている‘梁塵秘抄 新潮日本古典集成‘の方で読んでみました。
   で、「 」内を以下の様に区切って読みました。
     「(ようにん)の(かり)(おほいしたるに)、鷄の寝たるが音にこそ」
      ↓
     「用人の上り覆いしたるに、鷄の寝たるが音にこそ」
       用人:役に立つ人→使える人→使い手
       上り:上り(かり)・減り(めり)の 上り(かり)と読んで
           音の高さを上げる→高い音
       覆う:包み込む
   と、言うような事で上記の様になりました。
   で・・・たぶん院は 神殿から鳴り響く様な音が聞こえた事に対して
   「 」内の様な意見を言ったと思うので ‘高い音を包み込むような‘
   音と言うのは トランペットに蓋をして吹いた時の様な音 あるいは 
   山伏の法螺貝の音の様な感じなのかしらと 思って読みました。
   ‘にわとりの寝ているごとき音‘と言うのがどんな音なのかはチョッと
   想像できないのですけれど 時間が明け方近くであるので 朝早く
   鳴く鶏が 寝とぼけて少し拍子抜けした感じで鳴いた様な音であっ
   たのかと思います。
   成親(なりちか)が驚いて‘これはなんであろう‘と言ったことに答え
   る形で‘夜明け近くであるから 少し寝とぼけた一番鶏が鳴いたよ
   うだ‘ぐらいの感じで 院が答えたのではないでしょうか・・・。
   こんな感じで読むと 鳴り響いた音というのが ‘パオーン‘とか
   ‘ボオーンとか‘クゥオーン‘とか そんなふうであったかもしれないと
   思うこともできたりします・・・。
   (あ〜ここはチョッと くるしいかしら・・・)
・御簾(みす)
  神殿・宮殿にかかっている‘すだれ‘のことです。
・寅の時
  今の 午前三時から午前五時までをいいます。
  寅の正刻は午前四時です。
・今回で熊野の話は一様区切りになります。
 一回目、二回目とそれとなく今様の霊験について書かれていて 十二
 回目でオチです。
 確かに今の東京などと違って 院の時代、まして熊野は山の中であるので
 月でも出ていなければ おそらく真っ暗であったことでしょう・・・。
 今でも暗いのかもしれませんけれど・・・。
 それだけでも じゅうぶんおそろしやです。
 さらには この熊野の地は 山伏とか修行僧とかの行の場で霊場で ある
 わけで そのぶん人の思いも強い場所であるでしょうから 少しくらい変わ
 った事があったって おかしくはないのかもしれません。
 しかしです、この十二回目の話は 特に後半 読んでいてなんとなく
 ハハハ・・・と、笑えるのでした。
 なんとなく狂言仕立ての様に読めるからです。
 特に最後の所 ‘さすがにこの時は みな驚いてその場から逃げ出したの
 でした。‘ と書いた所など元の文は ‘その時、驚きて去りぬ。‘と、えらく
 短く書かれていて かえってその場にいた人たちの「!」と、いった驚く感
 じがすごく伝わるのです。
 もちろん この時分 能も狂言もありはしません。
 まだ猿楽のころのことです。
 でも なんと言うのでしょうか 18話に限った事ではないのですが全体に
 どこを読んでも話として重くなりそうな所を すごくうまく ‘おかしみ‘を持っ
 てかわしている様に思うのです。
 3話の出だしと終わり、4話の出だしなどなど・・・。
 必要以上に軽くなく かと言ってかしこまる事もなく 読んでいて ある意味
 ここちよい感じが後に残る その程度の‘おかしみ‘を感じるわけで これ
 は私の中にある狂言と同じ様な感覚であるのです。
 前半の経などを真面目に奉納する場面から 次の今様の歌いの場面 
 さすがにここで酒盛りと言うわけにはいかないでしょうが 歌い(謡い)に
 合わせて‘一さし舞はせられて下されい。‘なーんてあって 舞の奉納が
 あっても おかしくはないわけで 盛り上がったところで 麝香の香り・鳴り
 響く音で みんな「?」となり さらに誰もいないのに スッと動く御簾と 
 鳴り合い揺れ動く御神体の鏡に 「!!!」と、なって とりあえず 何か
 理由を付けてでも あたふたとその場を逃げ出す御一行 と、いった感じ
 でしょうか。
 院が聞いた音が法螺貝の音の様であったと読んだので わたし的には
 ‘山伏にからかわれちゃった感じ‘で読むのも面白いかと思ったのでした。



      参考資料
      熊野大社   学生社
      熊野古道   岩波書店






もくじへ戻る     トップページへ戻る