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そこで 私はこんな事を言ってみました。 「ところで、‘沢に鶴高く‘と言う古柳だが まったく知る人がいないと聞いて いる・・・。どうだ、歌えるか。」 小大進と延寿(えんじゅ)はともに 「知らない歌でございます。」 と、答えましたので さはのあこ丸が この歌を歌いました。 それを聞いて私が 「この古柳は、普通の古柳とは変わった所があると聞く。今聞いた歌いは 特別変わった所があるようには 聞こえなかったが どうなのだろうな。四三 が説いたところによると ‘この古柳は、ここに説く歌い方に違って歌うような ことは してはならない。‘ と、つよく言い伝えているのだが。」 と、言うと 延寿が 「おとどが歌っておりますのは ぼんやりと覚えておりますけれども いま だに 習い覚えたことはございません。」 と、答えます。 すると、小大進が私に 「その歌いを お聞かせいただきたいものでございます。」 と、言うのです。 私は 「しばらく歌っていないので 間違えてしまうかもしれないな・・・。」 と、言ってから 歌いました。 延寿が、この私の歌いを聞いて 「この歌い方こそ、おとどの歌いと 少しも違いがございません。」 と、言いました。 「では、天台宗の歌の‘法華経八巻‘の所を聞こうではないか。」 と、私が言えば 小大進が歌います。 ・・・天台宗の畏(かしこ)さは 般若(はんにゃ)や 華厳(けごん) 摩訶止観(まかしくわん) 玄義(げんぎ)や 釈籤(しゃくせん) 倶舎頌疏(くしゃずんぞ) 法華経八巻がその論議・・・ ・・・天台宗の尊さと言うのは 般若経 華厳経 摩訶止観 法華玄義 法華玄義釈籤 倶舎論本頌疏(くしゃろんほんずんぞ) などあるけれど 法華経八巻の論議も尊くありがたいものだ・・・ 歌い終えて小大進が 「もう一度 御所様の御歌いをお聞かせいただきたいものでございます。」 と、言うので 私も歌ってみました。 すると 小大進が 「私も 御所様の御歌いの様に歌いたいと思うのですが、声が心のまま になりませぬ。御所様の御歌はすばらしい歌いでございます。」 などと感心して言います。 また、‘しにんし‘の歌の‘ほととる行者‘の句を 小大進が、とりわけ見事 に歌ってから 「また、御所様の御歌いをお聞かせいただきたいものでございます。」 と、言うので 私もまた歌いました。 すると、小大進は 「これも このようにこの句を とても歌えるものではございません。」 と、言います。 小大進のすばらしさ歌節の違わぬ様子、更には小大進が ‘また、御所様 の御歌いをお聞かせいただきたいものでございます。‘ と言って このよう に感心して言う様子を見て、季時(すえとき)は、お世辞など言って声高に 褒めるのでした。 この小大進という今様の歌い人は、私が歌わせる歌を その後私が、とり わけ上手に歌えるように気づかって それをうまく聞いてくれるのです。 あこ丸は、少々世間の評判が下がってしまい 中には悪く言ったりする者 もおりました。 あまりにも 知らない歌であっても知っている様にふるまうものだから かえって ごまかしがばれてしまったと言ったところでありましょうか。 小大進が歌うのを 乙前が娘と二人で 御所の中で聞いていて 「昔 師匠の目井の君が歌いましたのを聞いている様な感じがいたし ます。」 と、感嘆して言うのです。 これから後 小大進には ますます名を上げてもらいたいものです。 |
・おとど 女芸人 今様歌い人 延寿の師匠 ・天台宗の歌の‘法華経八巻‘ 歌詞集の法文歌 雑法文歌213歌 ‘物は尽くし‘の型の歌 ・この6話は前の5話の‘法住寺殿の大広間での今様の会‘の続きです。 それにしても この今様歌い人四人のキャラクターの面白い事! これだけで 一つお話が作れそうです。 院は 少し意地悪ですかね・・・。 あこ丸をチョッといじめてません? あこ丸だって 普通の人から見れば かなりの上手の歌い人なわけで、 小大進のように要領がよくないと言うことなのでしょうかね・・・。 まあ、芸妓であるわけなので 小大進のように相手に花を持たせて自分 は引く事ができるのも やっぱり才の一つであるのでしょう。 しかし、院は こういったやり方 何かをあるいは誰かを‘対にする‘みた いなやり方を 公でもしていたりするのです。 それは 藤原であったり源氏であったり平氏であったり 又 義仲であった り義経であったり頼朝であったり・・・。 そうして、おいしいところは院がもらう と言うことなのでした。 二十九歳で即位してから六十六歳で亡くなるまで 権力を持ち続けたその 才能は 実は私的な所でも見ることができて この場合は あこ丸を対の 相手にして 自分がおいしい所をもらっちゃったのでした。 と・・・私はそんなふうに思ったのですが・・・。 |