梁塵秘抄ってなに?              もくじへ戻る トップページへ戻る

 今から800年位前 平安後期・後白河院によって撰述された今様の歌集
のことです。
 ‘梁塵‘と言うのは 梁塵秘抄巻一のなかにその名の由来が書かれている
のですが‘昔の中国の歌の名人が歌う時 その響きで梁(はり)の塵が舞い
立った‘ と言う故事にちなんでおります。

 「梁塵秘抄巻一」より
  梁塵秘抄と名づくる事。 虞公韓娥(ぐこうかんが)といひけり。
  声よく妙にして、他人の声及ばざりけり。 聞く者賞(め)で感じて
  涙おさへぬばかりなり。 歌ひける声の響きに、梁(うつはり)の
  塵(ちり)たちて三日ゐざりければ、梁の塵の秘抄とはいふなるべし
  と云々。


 もとは 歌詞集十巻 口伝集十巻 あわせて二十巻であったのだそうです
が、ほとんどがどこかへいってしまって 今見つかっているのは下記の物だ
けです。

    梁塵秘抄巻一(少しだけ)
    梁塵秘抄巻二
    梁塵秘抄口伝集巻一(少しだけ)
    梁塵秘抄口伝集巻十
    梁塵秘抄口伝集巻十一
    梁塵秘抄口伝集巻十二
    梁塵秘抄口伝集巻十三
    梁塵秘抄口伝集巻十四

   (私の手元にある参考資料では以上が、今 見つかっている歌詞集・
   口伝集の全部です)


 実際に見つかったのは 意外と最近で明治四十四年に「巻二」が見つか
ったのが初めで それまでは幻の古典であったのでした。


「口伝集」については・・・
 ・「口伝集巻一」
  ほんのサワリの部分しかありません。
 ・「口伝集巻十」
  撰述者・後白河院の今様への思いが時の経過と共に綴られていて
  後白河院の信仰と今様とが実は院にとっては まあ同じ事であったと言
  う様な事もわかります。
  わたくし的には 難しい事はともかく よく分からないまでもタドタドと読ん
  でいくと まあ けっこうドラマになるじゃないかと 頭の中で映画かテレ
  ビの一場面のようなシーンが浮かんだりしたのでした。
 ・「口伝集巻十一」〜「口伝集巻十四」
  口伝集十巻なのに‘おや?‘と 思われたかもしれませんが 実はここは
  後白河院の手によるものではないかもしれないと 言われている所なの
  です。
  ただ 同じ郢曲に関するものであるので ‘新訂梁塵秘抄 佐佐木信綱
  校訂 (岩波文庫)‘には その全部が収録されております。
  今様の歌い方、こころえ、といった様な事が多く書かれているようなので
  すが 力不足で私にはよくわからない所が多いのでした。


「歌詞集」については・・・
 ・「巻一」
  長歌 十首
  古柳 一首
  今様 十首

 ・「巻二」
  法文歌(ほうもんうた) 二百二十首
  四句神歌(しくのかみうた) 二百四首
  二句神歌(にくのかみうた) 百二十一首

   計 五百六十六首

 ただし重複などがあるので それを除くと 約五百六十首 ということに
 なります。


 上記の・・・
  長歌・・・平安前・中期の和歌に「そよ」という囃しことばをつけたもの
        です。

  今様・・・七五調四句一章の歌詞の‘只の今様‘‘常の今様‘と呼ばれる
        ものです。

  法文歌・・・仏教はすばらしーと言う歌を集めたものだそうで、ややこ
         しやの経典をわかりやすく歌える歌を集めてあるのだそう
         です。 さらにこの部分は十三の分類に分かれています。

  四句神歌・・・神と仏が一緒であると言う考えの下での(本地垂迹説・
           神仏習合思想)宗教歌謡で さらに六この分類があり 
           この中の特に‘雑‘の部の歌は今の時代最も読まれ親しま
           れているところなのです。

  二句神歌・・・前半は雑歌で後半は神社歌です。


 では、誰がこれらの歌を作ったかと言うと だいたいがわからなくて
‘遊女(あそび)‘や‘傀儡子(くぐつ)‘などの芸人の即興などから出たものも
あって いくつか はたぶんこの人だろうと思われる貴族の名も あるようで
すが やっぱり 多くは分からないというところのようです。


 と、以上の様なところが いまある梁塵秘抄の構成なのですが たぶん
読んでおもしろいのは やはり316番からの‘雑‘なのだと思います。
 私がハマった‘遊びをせんとや・・・‘の歌もこの中の一つです。
 ところが、どうも 梁塵秘抄が撰述された時代 平安末期には今の時代
‘これはすばらしい‘と言われる歌はあまり話題にならなかったらしいので
す。
 どうしてか・・・。
 それは、この梁塵秘抄が平安末期には実際に今様として歌うための歌謡
集であって、今 私たちが文字だけで見る詩集ではなかったからなのだそう
です。
 本当は読むものではなくて歌うものであったのでした。
 だから、その題名が‘梁塵‘なのでしょう。
 それじゃ、今様として歌うって何なんでしょう?






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