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| 新橋演舞場 第二部 3階A上手よりの席 |
*暗闇の丑松 三幕 *京鹿子娘道成寺 長唄囃子連中 |
暗闇の丑松 暗闇の丑松:橋之助 四郎兵衛女房お今:福助 料理人祐次:獅童 岡っ引常松:松江 八五郎:猿弥 熊吉:亀蔵 潮止当四郎:市蔵 四郎兵衛:彌十郎 丑松女房お米:扇雀 あらすじはこちらでどうぞ 京鹿子娘道成寺 白拍子花子:福助 大館左馬五郎照剛:海老蔵 あらすじはこちらでどうぞ |
☆「暗闇の丑松」は長谷川伸の戯曲で、1931(S6)年に原作が発表され1934年(S9)に初演された新歌舞伎です。 ‘暗闇の丑松‘というのは「天保六花撰(てんぽうろっかせん)」、歌舞伎では「天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)」に登場する‘暗闇の丑松‘の名を借りているそうです。(ですが・・・天衣紛上野初花の丑松とはずいぶんキャラクターが違います) 序幕 鳥越の二階 幕開き舞台はお熊の家 隣家の人が騒がしいお熊の家の様子を気にしています。 薄暗い舞台に、どことなく陰湿で暗い生活感が漂います。 扇雀丈・お米は幸せ薄い雰囲気はあると思いますが 何かに縋っていないと(頼っていないと)生きていけないようには見えません。 お熊に口ごたえするところなどは‘これだけ強く言えれば大丈夫‘っと、思えてしまいます。 丑松と逃げるところも 内向的な弱い女ではなく、男を引っぱる強さが見えます。 お米ゆえに落ちて行く二人 っと、いう感じです。 消え入りそうな女が、ギリギリのところで死から逃れようとする雰囲気ではないです。 歌女之丞丈がお熊をお勤めですが、どうもどこかイメージが違う感じかいたします。 台詞の突っ慳貪な感じはいいのですが、お熊の歌舞伎の範疇で見せる卑しい雰囲気がございません。 ‘言葉はきついけれど根は親切な長屋のおかみさん‘のようなお熊です。 なので、お米に金持ちの妾になるよう話すところも、欲得よりもお米の身を案じているように見えてしまします。 ですが後半の潮止当四郎を呼んだあたりからは、強かな雰囲気が出てきます。 お米を脅したり賺したりして、自分の意を通そうとする業突く張りなお熊が見えてきます。 陰湿感はあまりないので、後に嫌な感じは残りません。 市蔵丈の潮止当四郎は、お人好しで気が弱くて役立たずな男に見えます。 歌舞伎で見せる範疇で、この場の暗さに合う下卑た雰囲気が欲しいです。 橋之助丈・丑松は勢いで人を殺めてしまった、短慮な男を上手く見せています。 真っすぐと言えば、そうなのですが 短絡的で、それゆえ不幸を招いてしまう愚かしさがございます。 ただ・・・あんなに大声でがなり立てるような話し方では近所隣りにスグに怪しまれてしまいます。(^_^;) 幕切れ間近のところは、犬の鳴き声でドキッとする緊張感がいいです。 ですが、この場は幕開きすぐからもっと緊張感、陰湿感、暗さ、貧困が感じられた方がよかったです。 なにより、この場で起こった事は‘殺し‘なわけで 時代物ならともかく、新歌舞伎ですので、人に知られないようなヒソヒソ感が欲しく ‘暗さ‘が大事なのだと思いました。 今回の舞台は勢いと申しましょうか、元気があって、‘暗闇‘の部分が薄いです。 二幕目 板橋杉屋 はじめの見世先と二階引付部屋の上演のみで後の見世先はございませんでした。 幕開きすぐの見世先は場末の雰囲気があり、そこで強かに生きる人の雰囲気がよく伝わっています。 この場で宿場女郎をお勤めでした嶋之亟丈と徳松丈、お二人の雰囲気がとてもよかったです。 江戸に戻って来て杉屋に宿を取る丑松 ここの橋之助丈・丑松は明るいです。 過去を引きずらないカラッとした雰囲気です。 あまりにあっけらかんとしていて過去に人を殺した事があるように思えません。 ワタクシがこの舞台の展開を知っているからなのかもしれませんが お米の暗さに対して明る過ぎるように感じました。 二階引付部屋では、じっと耐えるお米に対して、責めてがなり立てる様子に‘鈍感な男‘という印象を持ちました。 ‘思い込んだら疑わない一途な男‘とはイマヒトツ思えませんでした。(^_^;) 伝わる雰囲気がガミガミと一本調子で‘馬鹿な男の身勝手‘に見えてしまいます。 もう少し落ち着いた雰囲気、あるいは影を感じさせられるといいのかもしれません。 ですけれど、お米が首を括ったことを知った時の幕切れの絶叫はすごくいいです。 お米を信じられなかった後悔とか、裏切られた四郎兵衛への怒りとか、この時のやるせない心情がドーッと伝わります。 この場の扇雀丈・お米は抑えた雰囲気がとてもいいです。 襖を開けて座敷に入って来る時の脱力感、丑松に気付いてからの困った感じ、四郎兵衛を信じる丑松に対して言うに言われぬ事情を抱えている雰囲気 短い時間に変わるお米の心情を抑えた中で見せています。 ガミガミと一方的に言い立てる丑松をハラで受け止め、自らの想いを抑え込む辛さがひしひしと伝わります。 獅童丈・祐次のキッパリした雰囲気がいいです。 で、もっと今っぽくなってしまうかと思っておりましたが 台詞も含め歌舞伎の世話らしく見えました。(^^ゞ 観劇日が初日近かったのですが お話しが進むにつれて徐々によくなっていきます。 特に、引付部屋で、責める橋之助丈・丑松とジッと我慢で受ける扇雀丈・お米のお二人がとてのいいイキ(間)だと思いました。 大詰 四郎兵衛の家では福助丈・お今が過剰気味ですが、ねちっこい感じはよかったです。 福助丈がお勤めになるクセのあるお役って、ケッコウ好きだったりいたします。 彌十郎丈・四郎兵衛は‘そのままいい加減な感じの男‘で、どうして丑松がこの男を信じたのかチョッと疑問に思いました。 ここの丑松・・・橋之助丈の丑松が‘何に怒っているのか‘よく分かりませんでした。 お米が死んだこと?、自分が騙されていたこと?、そういうことよりも‘自らを犠牲にして男を助けようとする女‘に怒っているのでしょうか・・・? そういう行動に関して‘お米もお今も同じであること‘に怒っているのでしょうか? あるいは、お米を信じきれなかった自分に怒っているのでしょうか? 丑松がここへ来たのは 信じていた四郎兵衛に騙されたことを知って、怒りで来たのだと思っておりましたが もっと複雑な心情があるように感じました。 ですが・・・それがハッキリ掴めませんでした。(^_^;) 湯釜前は橋吾丈の湯屋番頭甚太郎がいいです。 お一人で舞台を行ったり来たり、ケッコウ広い演舞場の舞台をそれほど広く感じさせない動きの良さです。 幕切れの橋之助丈・丑松は、逃げる者の切羽詰まった感じがあっていいです。 が・・・できれば、これまでの経緯に翻弄された、気持ち的なボロボロ感が欲しかったです。 ☆「京鹿子娘道成寺」は1753年初演の長唄舞踊です。 前に調べたことがこちらの感想欄にございますので、よろしければご参考くださいませ。 幕開き舞台は紅白の段幕 花道から聞いたか坊主の出 段幕を飛ばして福助丈・花子の出 道行がございません。 舞台正面に長唄囃子の雛段 長唄、八挺八枚。 「>花のほかには松ばかり」で花道へ、七三で鐘を見込んで再び舞台へ このところから、思っておりましたよりゼンゼン良いです。 気負うことなく、余計なことなく、それでいて存在感がございます。 上手く書けないのですが‘篤み‘を感じました。 舞台に戻って謡いがかりで乱拍子から急の舞 歌舞伎の「京鹿子娘道成寺」としてのちゃんとした乱拍子と急の舞がございました。 ふっと鐘を意識して・・・見込んでと申しますより‘意識して‘っと、いう感じです・・・三味線が入ります。 でも、砕けません。 それが、とても良いです。 中啓の舞は‘舞の格が大事なところ‘なのですが それがどういうことなのか実際に確認できるような舞台でした。 道行がないやり方ですが、それでもなお本格 成駒屋の道成寺だな〜 っと、思いました。(^^ゞ 四段目・手踊りになる前に烏帽子を取りますが ここは成駒屋型で鐘の紐に烏帽子をかけます。 後見さんがさりげなくかけていらっしゃいました。(^_^;) ここまで、まったりと急がず騒がず品格十分で艶があって柔らか とても良いと思います。 「>言わず語らず」で手踊り 真女方ならではの柔らかさがございます。 「>蓮葉な者じゃえ」で、引き抜き 「>恋の分里」から里尽くしで手毬 しっとりと艶っぽくて柔らか 指先のしなやかさが、なんともいい感じです。 キャピキャピしていなくて、品格があり 正に真女方の道成寺で、サスガだな〜 っと、思ってしまいます。 ちょっと癖になりそうな道成寺です。(笑) 「>梅とさんさん」から花笠の踊り 肌脱ぎになったところの衣装、桜色地に枝垂れ桜ですけれど、紫地の鹿子柄が入っていました。 これは成駒屋の衣装なのでしょうか? 続いて「>あやめかきつばた」は所化の踊り お二人で踊るところは松江丈と松也丈です。 チンチリレンで繋いで「>恋の手習」からクドキになります。 まず、初っ端から手拭に紅が付いているのが気になりました。 三階から見てもベットリな感じでした。 「京鹿子娘道成寺」は、今までもそれなりに何回も見てきた舞台ですが ここで手拭の紅が気になったことはあまり無く なので、おそらく今まではこれほどベトッと紅の付いた手拭を見ていなかったのだと思います。 すみません・・・舞台以前に、こういうの苦手です。(^_^;) で、ここの踊りですが ここもしっとり柔らかく艶があって品格十分なのですが これまでの流れと雰囲気が変わってきません。 各々のパートの雰囲気的なメリハリが良くないのか あるいは、「京鹿子娘道成寺」の一番の見どころゆえ、まだこなしきれていないのか とにかく、ここまではとても良かったのですが、クドキのところがイマヒトツ心情的に盛り上がらず物足りなく感じました。 「>恨み恨みて託ち泣き」のところは、表情がとてもいいです。 ぐ〜っと、陰にこもって、ゾクッとする感じです。 手拭撒きから、「>面白の四季の眺めや」で山尽くし、鞨鼓の踊りになります。 衣装が卵色地に火炎太鼓に変わり、ちょっと楽しげな表情になってリズミカルで軽快に踊っていきます。 ここの引き抜き「>祈り北山稲荷山」で向き直って引き抜いて赤地に枝垂れ桜の衣装になります。 鞨鼓で撥をトンっと突いて三笠山で引く抜くのとはちょっと違っていたように思います。 引く抜くとそのまま鈴太鼓になります。 たぶん押し戻しがあるからだと思うのですが、鈴太鼓からは早いです。 衣装も白地に薄墨の枝垂れ桜ではなく、赤地に枝垂れ桜のまま鐘入りになります。 鐘に入るところの福助丈、ここまできて感情を表情で見せていました。 ここまで余計なことがなくてすごく良かったのに、なんで鐘入りで見た目の表情を誇張して見せてしまうのでしょうねぇ。 恨みの念を伝えたかったのだと思うのですが、顔(表情)を変えて‘いかにも‘っという感じで見せるのはいかがなものかと思います。 ここまですごく良いと思いましたので、最後まで我慢して欲しかったです。(^_^;) 今回は押戻しがございますので、続いて所化の祈り、鱗四天が花道の出で‘とう尽くし‘から舞台へ、鐘が上がりドロで福助丈が蛇体の着付けで出て立ち回りになります。 海老蔵丈・大館左馬五郎照剛の「まぁーてぇー」っと、いう声が鳥屋から聞こえます。 花道七三で五つ頭・・・第一部と同じような展開です。(笑) 勢いが良くて、やっぱり海老蔵丈は荒事が似合うな〜 っと、思いました。 幕切れは福助丈が鐘に上がり、鱗四天は蛇のように連なり、海老蔵丈と絵面に決まって幕になります。 全体には、成駒屋の道成寺の品格を感じる舞台で 余計な事の無い福助丈の真面目な舞台を見せてもらいました。 特に、前半が品格十分でとても良いと思いました。 できれば道行から鐘入りまでの舞台を見たいです。 |