2010年02月07日            もくじへ戻る トップページへ戻る
    歌舞伎座 昼の部・夜の部   三階B上手より・中央の席


                     昼の部

  *爪王(つめおう)
    長唄囃子連中

  *平家女護島 俊寛
    一幕

  *十七代目中村勘三郎二十三回忌追善 口上
    一幕

  *ぢいさんばあさん
    三幕






                     夜の部

  *壷坂霊験記
    一幕

  *高坏
    長唄囃子連中

  *籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)
    序幕 吉原仲之町見染の場より
    大詰 立花屋二階の場まで
    四幕七場










                     昼の部





爪王

狐:勘太郎
鷹:七之助
庄屋:錦之助
鷹匠:彌十郎

舞台は雪の降り積もる角鷹森(くまたかもり)の鷹匠の家 ここへ安楽城村(あらきむら)の村長が、悪さをする狐を退治して欲しいと頼みに来ます。

鷹匠は吹雪と名づけた鷹を連れて雪山へ出かけ、狐の足跡を見つけると鷹を放ちます。
吹雪は激しく狐と戦います。
しかし、これまで狐と戦った事のない吹雪は狐に負けてしまいます。


舞台は幾日か後の鷹匠の家 鷹匠が一人で、狐に負けて谷底へ消えた吹雪を案じて待ち続けるところへ、傷つき弱った吹雪が帰ってきます。

季節は変わり春になり、狐に負けた吹雪の傷もすっかり良くなりました。
鷹匠はもう一度、吹雪に狐と戦うよう命じ 狐を探して山へ入ると、遠峯に狐の影を見つけ吹雪を放ちます。
吹雪は軽々と空を舞い、ついに狐を退治して誇らしげに鷹匠のもとへ戻ってくるのでした。












平家女護島 俊寛

俊寛:勘三郎
丹波少将成経:勘太郎
千鳥:七之助
平判官康頼:扇雀
瀬尾兼康:左團次
丹左衛門:梅玉


     あらすじはこちらでどうぞ











十七代目中村勘三郎二十三回忌追善 口上


下          中          上
手          央          手

我秀福橋錦七勘勘芝仁玉三魁左梅
當太助之之之太三翫左三津春團玉
  郎  助助助郎郎  衛郎五  次
               門  郎


(*芝翫丈休演中は下記感想欄をご参考くださいませ)











ぢいさんばあさん

美濃部伊織:仁左衛門
下嶋甚右衛門:勘三郎
宮重久弥:橋之助
妻・きく:孝太郎
宮重久右衛門:翫雀
伊織妻・るん:玉三郎


序幕 江戸番町美濃部伊織の屋敷
舞台は江戸、美濃部伊織の屋敷 伊織の妻・るんが、弟・宮重久右衛門に意見しています。
久右衛門は些細なことから友人と喧嘩になり手傷を負ってしまい 春から勤めるはずであった京・二条城在番の役を義兄・伊織に代わってもらったのです。


ここへ下嶋甚右衛門のところへ碁を打ちに行っていた伊織が戻って来ます。
明日の出立を前に、るんが迎えを出したからなのですが 碁に負けた甚右衛門はしつこく伊織の後を追ってきます。
しかし、るんの姿を見て 伊織とるんの夫婦仲を冷やかしながら帰って行きました。


甚右衛門の態度に腹を立てる久右衛門でしたが、伊織とるんに短気な性格を直すように言われてしまいます。
自らの短慮から、我が身に代わり生まれて間もない幼子を残して京へ行く伊織と、留守を守ることになるるんに久右衛門は謝ります。
そして明日は別れ 〃 になる伊織夫婦に気を使いこの場を去るのでした。


二人きりになった伊織とるんは 三年前、結婚した年に植えた桜を見ながら 来年の春には一緒に桜を見ようと約束します。



二幕目 京都鴨川口に近い料亭
舞台は京の料亭 伊織は七流れの品であるけれど立派な古刀を手に入れたので、刀の披露をしようと同輩を招いて宴を催しています。
実はこの古刀は 伊織が手に入れる際、手持ちの金では足りず、甚右衛門に金を借りて手に入れたものでした。
経緯を聞いた同輩たちは、早く金を返した方がいいと忠告します。


酒もすすみ、同輩たちが伊織とるんの仲をからかいますが 伊織は妻が恋しいと、るんが手紙と一緒に送ってきた屋敷の桜の花びらを散らして見せます。
懐かしい桜の花びらに座が華やいでいるところへ、泥酔した甚右衛門が入ってきます。
甚右衛門は、自分が貸した金で古刀を手に入れたにもかかわらず 披露の宴に招かないのはどうしてかと伊織に悪態をつき罵倒します。
何を言われても我慢していた伊織でしたが 挑発してくる甚右衛門から古刀を取上げようとして、甚右衛門を斬りつけてしまいます。
斬りつけられた甚右衛門は河原に落ちてしまい 伊織は呆然と立ちつくすのでした。




大詰 江戸番町美濃部伊織の屋敷
舞台は三十七年後の伊織の屋敷 伊織の屋敷は久右衛門が守っていましたが、死後は息子の久弥と妻のきくが留守を守っていました。
事件の後、伊織は越前有馬家にお預けの身となっていましたが、ようやく罪が赦されこの屋敷でるんと再会することになります。


約束の時間より早く来た伊織は、懐かしい我が家をあちこち見て回っています。
折りしもここへ立派な駕籠に乗ってるんがやって来ます。
るんは子供を病で亡くした後、筑前黒田家で奥女中として奉公していましたが 伊織が屋敷に戻ると聞いて暇を貰い戻って来たのでした。


年老いた二人は、はじめはお互いに分からないのですが 伊織の鼻を押さえる癖から、るんが伊織に気付きます。
三十七年ぶりに再会した二人は、それぞれのこれまでを話し 今日から新しい暮らしをはじめることにするのでした。
















                     夜の部





壷坂霊験記

座頭沢市:三津五郎
女房お里:福助


第一場 沢市住家の場
舞台は大和国壺坂の麓、沢市の家 座頭の沢市と女房のお里が仲睦まじく暮らしています。

三味線を引きながら歌う沢市に、お里は機嫌がよくてなによりと嬉しく思うのですが 沢市は少しも機嫌がいいわけではなく、気詰まりで死んでしまいたいと言います。
理由を聞くと 沢市は、夫婦になってから三年の間、毎晩お里が出かけていく事が気にかかると言います。
幼いころに疱瘡になり目が見えなくなった沢市は、人の噂にも美しいと評判のお里に他の男ができたのだと考え、お里の本心を聞かせて欲しいと言います。
両親を亡くし、叔父に引き取られ そこで三つ違いの沢市と兄妹のように暮らしてきたお里でしたが 夫婦となってからは、沢市と添い遂げる心だと言います。
実はお里が毎晩出かけていたのは、沢市の目が見えるようにと壺阪の観音様へ願掛けをしてお参りに通っていたからでした。
真実を知った沢市は、お里を疑った我が身を恥じますが お里は、一緒に観音様へお参りに行こうと励まし二人で壺坂寺へ行く事にします。




第二場 壺坂寺観音堂の場
舞台は壺坂寺の観音堂 沢市とお里がお参りにやって来ます。
塞ぎがちな沢市はお里に励まされて、三日間の断食をしてお籠りをすると言います。
これを聞いたお里は喜び、この先には深い谷があるのでこの場を動いてはいけないと言い残して家へ戻ります。
観音堂に一人残った沢市は お里が三年もの間、願掛けをしてくれたにもかかわらず目が見えるようにならなかったことを思い これ以上、迷惑をかけてはいけないと覚悟を決め 念仏を唱えて谷底へ身を投げてしまいます。
胸騒ぎがして戻って来たお里は、姿の見えない沢市を探し、谷底に落ちた沢市を見つけると後を追って谷底へ飛び込むのでした。




第三場 壺坂寺谷底の場
舞台は沢市とお里が身を投げた谷底 ここへ観世音菩薩が姿を現し、お里の貞節と信心によって寿命を延ばすと告げて姿を消します。
二人は息を吹き返し、沢市は目が見えることに気が付きます。
沢市とお里は観世音の霊験と利益に感謝し、手を取り合って家路を急ぐのでした。












高坏(たかつき)

次郎冠者:勘三郎
大名某:彌十郎
太郎冠者:亀蔵
高足売:橋之助


  あらすじはこちらでどうぞ











籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)

佐野次郎左衛門:勘三郎
八ツ橋:玉三郎
九重:魁春
治六:勘太郎
七越:七之助
初菊:鶴松
絹商人丈助:亀蔵
絹商人丹兵衛:市蔵
釣鐘権八:彌十郎
おきつ:秀太郎
立花屋長兵衛:我當
繁山栄之丞:仁左衛門


  あらすじはこちらでどうぞ










☆「爪王」は戸川幸夫作、平岩弓枝脚色、1968年(S43)初演の新作の舞踊劇です。
1971年(S46)歌舞伎座で再演された折 鷹匠を(十七)勘三郎丈、鷹を波乃久里子さんで上演しています。


雪音の大太鼓で幕開き 上手長唄囃子の雛壇 長唄五挺五枚 舞台は鷹匠の家 花道から錦之助丈・庄屋の出になり、狐を退治して欲しいと頼みに来るところからお話が始まります。
お話は起承転結のはっきりした流れで、舞踊ですが内容は分かりやすいと思います。

七之助丈は若さが活きておりまして、クッキリとした線で綺麗な鷹(吹雪)だと思います。
ですが、もう少し艶が見えてくるともっと良いのかな〜 とも思いました。
狐と対するところなど、曲が早間になり動きが激しくなると裾捌きがバサバサとして男っぽくなってしまいます。
鷹のキリットした雰囲気は感じられるのですが これに女形の可愛らしさ艶っぽさが見えてくると良いと思いました。

勘太郎丈、舞台に出ていらっしゃる時間は短いのですが そのわりに存在感がございましてスゴク良いです。
なんと申しましょうか・・・勘太郎丈が舞台にいらっしゃるとひとまわり舞台が大きく感じられ踊が俄然おもしろくなります。
大きさ勢いともにとても良いです。

他、彌十郎丈は鷹匠の鷹(吹雪)への情が感じられるところが良く 錦之助丈・庄屋は物腰が静かで品のあるところが良いです。

全体には 七之助丈・鷹(吹雪)と勘太郎丈・狐のお二人で踊るところに緊張感と勢いがあり良かったです。
踊りとして面白味がございました。
お二人が絡む踊りをもっと見たいと思いました。(^^ゞ











☆「俊寛」は近松門左衛門作、1719年初演、全五段の時代浄瑠璃「平家女護島(へいけにょごのしま)」の二段目切「鬼界ヶ島の段」にあたります。
人形浄瑠璃でも歌舞伎でもこの場面の上演が多いそうです。

全体の構成は以下のとおりです。

初段
大序 「六波羅」
中   「六条河原」
切   「六波羅」

二段
口・中「鳥羽の作り道」
切   「鬼界ヶ島」

三段
口   「小松谷重盛邸」
中   「朱雀御所裏の小門」
切   「朱雀御所奥座敷」

四段
道行
口・中「備後敷名の浦」
切   「六波羅」

五段 「文覚の夢」


おおまかなあらすじは以下のようなものです。

清盛の横恋慕に俊寛の妻・あずまやは自害 怒った清盛は島流しになっている俊寛の赦免を認めない。
俊寛、成経、康頼の三人は鬼界ヶ島に流され 成経はここで海女の千鳥を妻にする。
成経と康頼は赦免状が届くも千鳥の乗船は許されない。
重盛の恩情により俊寛も帰洛が叶うが あずまやが殺されたことを知り、千鳥に代わり島に残る決心をする。
京では常盤御前の住む朱雀御所で若い男の行方不明が続き 宗清が探索にあたる。
常盤御前と牛若丸が源氏再興のため武士を集めている事が知れるが 宗清は娘のために討死し牛若丸を逃がす。
清盛は上京の途中、千鳥やあずまやの怨霊に祟られ焦熱地獄の中で取り殺されてしまう。





今月は(十七)勘三郎二十三回忌追善興行ということで (十七)勘三郎丈の最後の舞台となった「俊寛」が上演されます。

能管に鼓の下座(下座の名が?です)から波音の大太鼓で幕開き 上手竹本の出語り「もとよりもこの島は鬼界ヶ島と聞くなれば・・・」オキから浅葱幕を振落として舞台は鬼界ヶ島 下手奥、岩陰から勘三郎丈・俊寛の出になります。
足取りはトボトボですが老けてはおりません。
あの・・・鬼界ヶ島でもそれなりに生きてゆける感じの俊寛です。
実年齢らしい俊寛ですが 哀れな感じは少ないかもしれません。
ここへ花道からの出で勘太郎丈・成経と扇雀丈・康頼がやって来ます。
出だし、七三での台詞から品があり良いと思います。
お三人が舞台に並びますが・・・この舞台、時代物ですので型のある舞台なのですが どことなく馴染んでいないと申しましょうか 段取りめいているような気がいたしました・・・何でかなぁ?

舞台に三人並んだところで千鳥の話になります。
「聞くも恋、語るも恋」っと言う勘三郎丈・俊寛ですが わりと若く感じられる俊寛ですので‘恋‘という言葉に現実味が感じられます。
七之助丈・千鳥が呼ばれて花道から出ます。
お若い千鳥で可愛さがございます。
俊寛が祝の舞を舞うところはしみじみとした感じですが、サラサラとしています。
とても見やすい舞台ですが、時代物のこってりとした重さは少ないです。

千鳥の合方で繋いで、沖から赦免の船がやって来ます。
上手に船の舳先が出て左團次丈・瀬尾の出になります。
大きさ、ニクニク感 ともに十分です。(^^ゞ
ただ・・・台詞の語尾が巻き舌になるのはいかがなものかと思いました。
赦免状が届くも自分の名がないことを知った勘三郎丈・俊寛の「ないないない」という台詞 「ない〜〜〜!」っと心情がこもっておりましてグッときます。
こういうところがリアルだといえば、そうなのですが 見やすい舞台であると思います。
「この悲しみはあるまいに」から竹本に乗り、赦免状を握り潰すまでのところ 気持ちの乗せ具合がグ〜っと盛り上がりましてとても良いです。

ここへ上手船上から声がかかり、梅玉丈・丹左衛門の出になります。
大きさ品格十分で歌舞伎座の丹左衛門です。
さらに台詞に時代物の台詞の大きさがございます。
聞いておりまして思わず‘これよ!これ!義太夫狂言、時代物の台詞だわっ!‘とか思ってしまいました。(^^ゞ
重盛の恩情で俊寛も赦免になります。
で、ワタクシ この後の流人三人と瀬尾のやり取り 何回見ても瀬尾の言うとおりに思えまして おおまけに譲歩したとしても丹左衛門の‘後で迎えにくる‘というところまでかと思えてしまいます。
「われわれも都へは帰らぬ帰らぬ」って・・・なんだか駄々っ子の我がままに見えてしまうのですね。
結局、千鳥一人を残して俊寛たち三人は船に乗せられることになり 丹左衛門も‘そりや役人の我がまま‘から痛いところを突かれてしまいます。
船に戻る梅玉丈・丹左衛門 乗る前と乗ってすぐの二回の思い入れ、クッと小さく見せるだけですがキッチリ決まっていて義太夫狂言の面白味がございます。

一人残された七之助丈・千鳥 「鬼界ヶ島に鬼はなく」からのクドキ、切々とした感じが伝わります。
竹本に乗って情がしっかり伝わりまして ここは七之助丈、大健闘です。
もう少し見た目でなく心情が伝えられるともっと良いのかと思いますが 前回、演舞場で拝見いたしました時より 所作(形)と情のバランスが良くなっていると思います。

嘆き悲しむ千鳥の様子に自ら船を下りる俊寛とそれを追う瀬尾 瀬尾からすれば俊寛は我がままにしか思えないよね〜 とか思ってしまいます。(笑)
俊寛と瀬尾の立ち回り、刀を手に小屋の柱にかかって決まるところ ここはしっかり決まってスゴク良いです。
勘三郎丈・俊寛 お話が進むにつれてどんどん大きさが増してくるようでした。

船が出るところは綱を引く事はせず、「未来で〜」っと絞るような一言で 未練を引きずらないやり方です。
ですので、わりとすぐに船が遠ざかるように感じられ ここからケッコウ勢い良く舞台が展開していきます。
間の空くタメがないので 舞台前面中央で「お〜い」と叫ぶまでの勢いと ふっつりと途切れる覚悟 湧きあがるあきらめ切れない想い 「思いきっても凡夫心」というところが目の前に見えてきます。
さらに船を追いかけ、波に遮られ、岩を登りながらの「お〜い」と叫ぶ声には、はじめの頃の「お〜い」にはない寂しさ、懸命さが感じられます。
多くの台詞があるわけではなく 「お〜い」とハラで見せていく俊寛の心情の変化 ここは勘三郎丈さすがです。
幕切れ前は岩の上でじ〜っと沖を見つめる勘三郎丈・俊寛の表情がとても良い顔です。
あきらめでもなく、悲しみでもなく、今ある全てを受け入れた瞬間というような表情に見えました。
受け入れて心を決めて次へ っという感じです。
ですので、勘三郎丈の「俊寛」は幕切れ前に‘前向き感‘を感じまして 舞台を見た後、後味の悪さが残りません。
それが解釈として良いとか悪いとかではなく これから一人で生きていく決心をした俊寛に見えまして、前向き感のある幕切れでワタクシ的にはわりと好きだったりいたします。



全体には、時代物の義太夫狂言という事ではさっくりした舞台ですが お話が進むにつれて勢いが増し幕切れ近くでは一気に見せきる感じです。
「俊寛」というお話にしては、見終わってから後味が良い舞台だと思います。

勘三郎丈の「俊寛」を拝見いたしますのは今回で2回目になります。
前回は演舞場で拝見いたしまして、今までにない俊寛の雰囲気がとても良いと思いました。
で、それは今回も同じなのですが、どことなく舞台全体が軽めに感じます。
たぶん・・・良し悪しではなく、今回は歌舞伎座での上演だからではないかと思いました。
歌舞伎座が要求する芸格の大きさが知れるようでした。











☆今回の「口上」は(十七)勘三郎二十三回忌追善の口上です。
体調がよろしくないということで芝翫丈が休演でしたが 他十四名の役者さんが舞台に並びました。

下        中         上
手        央         手

我秀福橋錦七勘勘仁玉三魁左梅
當太助之之之三太左三津春團玉
  郎  助助助郎郎衛郎五  次
             門  郎



片しゃぎりを打上げて幕開き、東西声から勘三郎丈のご挨拶になります。
勘三郎丈が口上のご挨拶をなさいました後、仁左衛門丈から上手の梅玉丈へ 下手にまいりまして我當丈から錦之助丈へ十七代目の思い出話しなどが紹介されました。
以下、さっくりと記憶に残るところなどメモってみました。
仁左衛門丈は先代の勘三郎丈の思い出の他に当代の勘三郎丈のエピソードもお話になっていらっしゃいました。
以前「ぢいさんばあさん」をお勤めの際に休演してしまい、当代勘三郎丈が代役をお勤めになった時の面白いエビソードがあるのですが それは当代の二十三回忌追善で っと、おっしゃっていらっしゃいました。(笑)
鼻と花のエピソードですね。(^^ゞ
玉三郎丈は(十七)勘三郎丈と共演した際 鳥屋で出を待つ時のエピソードを話していらっしゃいました。
左團次丈は「松浦の太鼓」の其角を 梅玉丈は「俊寛」の成経を とても丁寧に教えていただいたと話していらっしゃいました。
我當丈のご挨拶で知ったのですが(十七)勘三郎丈と(十一)仁左衛門丈は従兄弟なのですね?
秀太郎丈はチョコレートケーキの差し入れのお話をなさっていました。
錦之助丈は「爪王」の庄屋は初演の時は先代錦之助が勤めていたお役だとおっしゃっていました。











☆「ぢいさんばあさん」は森鴎外原作、宇野信夫脚色・演出、1951年(S26)初演の新作の歌舞伎です。
古典ではございませんし、特別変わったところのある舞台でもなく しどころ見どころという舞台ではございませんが それゆえ、お勤めになられる役者さんの風情、雰囲気が舞台に反映されると思います。
今回は仁左衛門丈・伊織と玉三郎丈・るんのお二人で とても雰囲気の暖かな舞台になっていたと思います。



琴の音で幕開き 舞台は伊織の家 玉三郎丈・るんと翫雀丈・久右衛門の出 もう出だしから玉三郎丈・るんのしっとりとして艶っぽい感じが良いな〜 っと、思ってしまいます。(笑)
で、こういう新作の歌舞伎 玉三郎丈も翫雀丈も安心して見ていられると申しましょうか、とても良いのですよね。(^_^;)

仁左衛門丈・伊織と勘三郎丈・下嶋は下手の門からの出になります。
舞台に出たところで仁左衛門丈・伊織、優しそうで艶っぽくてイイオトコです。
勘三郎丈の下嶋がなかなか良くて 悪い人ではないけれど辛辣な物言いをするような人で こういう人って居そうだな〜 っという感じです。
ワタクシ・・・舞台を見ておりましてチラッと(ほんの少し、超少し、チラッと)、楽天の前監督を思い出してしまいました。(^_^;)

仁左衛門丈と玉三郎丈が並ぶだけで、なんとなくワクワク嬉しくなってしまいます。
玉三郎丈・るんの台詞や雰囲気 幕開き間近の翫雀丈・久右衛門に対する時と仁左衛門丈・伊織に対する時 実に自然に違いが出ておりまして上手いな〜っと、思います。
仁左衛門丈・伊織の前に居る時の玉三郎丈・るんの可愛いことったら、もう最高です。
あの甘ったるい台詞がなんとも・・・。(^^ゞ


二幕目 幕開き舞台は京 伊織が買い求めた古刀の披露をしています。
この場の仁左衛門丈・伊織 みんなと仲良くできる良い人の感じですが、難くせを付ける下嶋に対してどことなく優柔不断な感じもいたします。
完璧に良い人ではなく 屈託がなく明るくて良い人だから鼻に付くような感じかもしれません。
勘三郎丈・下嶋はストレート過ぎて嫌がられてしまう感じ 寂しい人に見えてきます。
仲間に入りたいけど入れない 一人で居れば気が楽なのに、それはイヤっという感じでしょうか・・・。
勘三郎丈の下嶋の見せ方にもよるのかもしれませんが 今回の舞台では、この場面の伊織と下嶋はどっちもどっちに見えます。
なので、さらっとしたこの舞台に人の心の陰影が見えていたと思います。


三幕目 幕開き舞台は三十七年後の伊織の家 橋之助丈・久弥と孝太郎丈・きくの台詞で舞台を進めますが、十分歌舞伎味がございまして良いです。
時代劇っぽくなってしまう事もあるのですが ちゃんと歌舞伎の舞台になっています。
そういえば少し前に三越劇場で橋之助丈と孝太郎丈で伊織とるんをお勤めでしたね。

若夫婦と入れ違えに仁左衛門丈・伊織と玉三郎丈・るんが三十七年ぶりに帰ってきます。
はじめに帰ってくるのが仁左衛門丈・伊織ですが 拵えは老けていますが、気持ちは老けていません。
とても自然に、あふれるような嬉しさが見ていて暖かさが伝わります。
三十七年の歳月は見た目を変えたけれど、変わらない心情が見えてきます。
変わったものと変わらないものの対比が時間経過を感じさせ舞台に奥ゆきが出ていると思いました。
仁左衛門丈・伊織が輝いて見えました。
玉三郎丈・るんはいつまでもず〜っと可愛いるんです。
ただ・・・チョッと拵えが老け過ぎかもしれません。


全体には 老いてからの伊織とるんのほのぼの感が良く、これまでの時の流れを感じさせる奥ゆきがある舞台です。
この舞台、仁左衛門丈と玉三郎丈で見たいと思っておりましたので見ることができまして良かったです。
できれば・・・後半の場面がもっと地のままでできる歳になった時に、またこのお二人の舞台を見てみたい気がいたしました。(^^ゞ


















☆現行の「壷坂霊験記」は、「観音霊場記」をもとにした1887年(M20)初演の世話物の人形浄瑠璃です。
明治以降に作られた新作で、沢市とお里の夫婦の情愛を見せる舞台です。
翌年1888年(M21)に加筆され歌舞伎に移されましたが、現行では人形浄瑠璃に忠実に上演されています。


舞台は一幕で‘沢市の家‘と‘壷坂寺の観音堂‘の場面 登場するのは沢市とお里と観世音菩薩だけというシンプルな舞台です。(文楽ではこの前に‘土佐町松原の段‘があります)
もとが人形浄瑠璃ですので竹本でお話が進む舞台ですが、世話物ですので時代物のようなガッツリした感じではございません。



在郷唄で幕開き 舞台は沢市の家 「夢が浮世か 浮世が夢か」上手出語り竹本のオキから福助丈・お里が舞台正面の暖簾からの出になります。
姉さん被りも可愛らしく思える控えめな感じです。
三津五郎丈・沢市は三味線を弾いて上手の一間からの出 思い悩んでいるので暗い沢市です。
お二人とも特別に際立って何かするという事もないのですが 夫を思う控えめで優しいお里と、お里の行動に疑問を抱き暗い表情の沢市のそれぞれの様子や心情が余計なことなく自然に見えてきます。
ですが現代劇のようなリアルさではございませんで しっかり義太夫狂言の篤みのある舞台で 台詞の感じがとても良いです。

福助丈・お里の「三つ違いの兄さんと言うて暮らしているうちに」のクドキ しっとりと艶っぽいです。
クドキと申しますと心情を顕に強く見せるという印象があるのですが お里のクドキは竹本に乗ってしっとりとしていて、訴える想いが切々と伝わります。
コッテリ感は少ないですが、この場のお里の心情が伝わりとても良いと思いました。
それとこのクドキの後半「今も今とて恨んでいた」っというところ 耳で聞くと「いんまもいまとて・・・」っと聞こえるのですが ここの言い回しが耳に面白と思いました。

三津五郎丈・沢市 お里を疑う沢市ですが、少しも嫌味が無く すごく純粋な雰囲気がございます。
ですので、沢市の切ない気持ちがしっかりと伝わります。



後半、舞台は壺坂寺の山中 場内が暗くなりまして、チョッと意識が遠のきかけました。(^_^;)
ホント、場内が暗くなると辛いです。

福助丈・お里は、沢市が身を投げた事を知ったところからのクドキが竹本に乗って無念とか悲しさとか申し訳無さとか、嘆きの心情が切々と伝わります。
ここもクドキですがガッツリした感じでは無く 身につまされるような雰囲気がございます。

幕切れ間近、竹本に乗って見せる沢市とお里の嬉しい様子 三津五郎丈・沢市のキッパリとした所作が嬉しい気持ちを上手く伝えています。
また幕外ではほのぼのとして、沢市の目が見えるようになった嬉しい気持ちが伝わり 暖かな雰囲気の幕切れでした。

三津五郎丈のきっちりとして真面目な沢市 福助丈の甲斐甲斐しく可愛いお里 ともに昔話のようなほのぼの感がございまして良かったです。
竹本でお話が進む舞台ということもあり、台詞などはしっかりしている舞台だと思います。











☆「高坏」は1933年(S8)初演の長唄舞踊で、タップダンスを取り入れた狂言風の舞台です。
初演は(六)菊五郎でしたが、後に(十七)勘三郎が復活上演しました。


片しゃぎりを打上げて幕開き 狂言風ですが狂言をもとにしているのではなく、オリジナルな歌舞伎の長唄舞踊ですので(笑) 舞台は満開の桜です。
正面奥に長唄囃子の雛壇、長唄七挺七枚 下手御幕から彌十郎丈・大名某と亀蔵丈・太郎冠者の出になります。
狂言風ということで大名が名乗り座で状況説明などすることもなく、花見をしようという事で勘三郎丈・次郎冠者が呼ばれます。
橋之助丈・高足売は花道からの出 舞台に出たところで勘三郎丈・次郎冠者と出会います。

お話しはここからなのですが すみません、ワタクシ勝手にもっとおもしろい舞台だと過剰に期待しておりました。(^_^;)
おもしろいと申しますのは笑えるという事ではございませんで おおらかと申しましょうか、明るいと申しましょうか、のびのびしていると申しましょうか もっと広がりのある舞台を想像しておりまして 実際の舞台が何かイマヒトツ物足りなく感じました。
ですが、何が良くないという事ではないのです。
高下駄でタップ風に踊るところはタップではなく踊りになっていて、足の使い方なども柔らかさがあり練れた感じでサスガ上手いな〜 っと、思いました。
なので・・・もしかしたら、踊りになる前の酒に酔っていく過程におおらかさが感じ取れなかったのかもしれません。(21日の2回目の観劇では、酒に酔っていくところ、そこはかとない艶が感じられまして 舞踊として楽しめる舞台なのだと改めて感じました。)

橋之助丈・高足売は時間的には短いですが、キッパリとして切れの良い楽しい踊りでした。
他、彌十郎丈と亀蔵丈 周りもしっかりしていて十分に楽しい舞台です。

全体には明るく楽しく、また練れた感じだと思います。











☆「籠釣瓶花街酔醒」は妖刀籠釣瓶による吉原百人斬りを題材にした世話物の舞台で (三)河竹新七作、1888年(M21)に初演されました。

今回は2005年(H17)の勘三郎襲名の舞台以来の勘三郎丈、玉三郎丈、仁左衛門丈、お三人の舞台で 見る前からかなり楽しみにしておりました。
特に、ワタクシ的には玉三郎丈の八ツ橋は心待ちでございました。(^^ゞ



「見染の場」
吉原騒ぎ(?)の内、暗転で幕開き 舞台は吉原仲之町 勘三郎丈・次郎左衛門と勘太郎丈・治六は花道からの出 我當丈・立花屋長兵衛は舞台下手奥からの出になります。
ここでのパッと見の印象は 勘三郎丈・次郎左衛門は人懐っこくて人の良さそうな感じ 我當丈・長兵衛は大きくてピリッと厳しさもある感じ 勘太郎丈・治六は足を曲げて腰を低くした体勢がチョッと辛そうに見えました。
たぶん、勘三郎丈・次郎左衛門の背丈に合わせたのでしょうね。(^_^;)

次郎左衛門と治六がウロウロしているところへ 上手から下手へ七之助丈・七越の道中が来ます。
若々しくて綺麗な七越です。
魁春丈・九重の道中は花道からの出になります。
提灯の紋は梅八ツ藤だったと思います。
玉三郎丈・八ツ橋の道中は舞台正面奥から満開の桜を回り込んで舞台中央に出ます。
提灯の紋は花かつみ、大きな傘を差しかけられた姿がすごくカッコイイです。
もう、圧倒的な存在感で全ての視線を集めてしまうような大きさがございます。
花道付けでの微笑みはとても自然で綺麗 ドキドキするような笑顔です。
存在感と自信が感じられる微笑 ここで既に‘仲之町を張る八ツ橋‘の格が伝わってきます。
いや〜、もう理屈無しでカッコイイ玉三郎丈・八ツ橋です。(^^ゞ

八ツ橋の道中を見送る次郎左衛門 舞台に残って花道を見つめる勘三郎丈、「宿へ行くのが嫌になった」というしぼるような台詞なのですが 今回の次郎左衛門は、ここからチョッと怖い感じかいたしました。
思い入れが強すぎるようで 人懐っこくて真面目だけれど思い込むと怖いタイプという感じがいたします。
八ツ橋に見惚れていると申しますより、もっと粘着質な雰囲気に見えました。



「見世先の場」
幕開き舞台は立花屋の見世先 彌十郎丈・権八は花道からの出でになります。
軽くていい加減、憎々しげという感じではございませんで 押しのある立派なゴロツキ(^_^;)という感じです。
この悲劇の発端になる大きさがございます。
秀太郎丈・おきつ こういうお役、雰囲気があってとても良いです。
しっかり感がありやり手な感じです。

この場の後半は次郎左衛門が同業を伴って立花屋にやって来ます。
ここの勘三郎丈・次郎左衛門は、腰の低さより鼻高々な感じに見えます。
これまで控えめであった人が何かをきっかけに人の目を引くようになるけれど どうしてもコンプレックスが払拭しきれずに滲んでくるような感じに見えました。
玉三郎丈・八ツ橋はここでも多勢を引き連れて存在感十分です。



「浪宅の場」
舞台が回って栄之丞の家 仁左衛門丈・栄之丞は花道からの出、後を追って彌十郎丈・権八が来ます。
舞台に上がった仁左衛門丈・栄之丞 すっきりとしてイイオトコです。(^^ゞ
ちょっとボンなところがあって、権八の話にコロッと騙されてしまう でも、可愛い男の感じです。
「ろくな噂も〜」っと、決まったところ 柝が入ってキッパリ舞台がしまります。
柔らかさとスッキリ感と、とてもバランスが良いです。
ホント上手いな〜 っと、嬉しくなってしまいます。



「遣手部屋の場」
舞台は兵庫屋の遣手部屋 ここは次郎左衛門と栄之丞がお互いに顔を会わせるところですが これからの展開の前にチョッと息抜きの場でもございます。
短い場面ですが歌女之丞丈の雰囲気が良いですし 子役ちゃんの按摩も可愛かったです。



「廻し部屋の場」
舞台が回って廻し部屋 柱に寄りかかる仁左衛門丈・栄之丞がとにかくカッコイイです。
すみません、もう理屈でなくカッコイイです。
八ツ橋が愛想尽かしする理由になりうる栄之丞だと思いました。
玉三郎丈・八ツ橋 この場はとてもかわいそうに思えました。
栄之丞を選んだ決心が垣間見えるのですが 強さと共に寂しさも見えてきました。
次郎左衛門への申しわけなさと、でも愛想尽かししようという決心と 揺れる八ツ橋の心情が伝わっていると思います。



「縁切りの場」
舞台が回って八ツ橋の部屋 ここは玉三郎丈・八ツ橋の存在感がスゴイと思いました。
玉三郎丈・八ツ橋がとにかく大きくて視界を全て持っていった感じです。
座敷に入って来たところの物思いな感じに、これからどうしようか悩む心情が窺えます。
胡弓の入る少し前の台詞、「主と顔をあわせるのが嫌でなりませんもの」っというあたり 心中の後ろめたさが見え隠れするようです。
うつむき加減で顔をそむける玉三郎丈・八ツ橋 なんとも艶っぽくて綺麗で、凛とした美しさがあって もっ最高です。(^^ゞ
次郎左衛門が栄之丞の存在に気付いた後の八ツ橋には 決心とか踏ん切りとか勢いとか、そういうものと一緒に愛想尽かしする事への辛さも見えてきます。
‘どうしても好きな人がいるからしょうがないの、ごめんなさい‘みたいな感じでしょうか・・・。 (21日、2回目の観劇では この場の玉三郎丈・八ツ橋の心情の変化 はじめの‘どうきりだしたらいいか‘っというところから、周りの人達が次郎左衛門を気遣いいろいろ言うことにイラっとなていく心情の変化がとてもよく伝わっていました。)
部屋を出るところ 次郎左衛門の前を通り過ぎる時の一瞬の躊躇や部屋を出る時に九重に謝る様子など 吉原の傾城としての強さの中に次郎左衛門への申しわけなさが見えて 奥ゆきが感じられます。

勘三郎丈・次郎左衛門はこの場を取り繕うようすに憐れを感じます。
「初手から言うてはくださらぬ」という次郎左衛門のやるせない思い 悔しさと寂しさが伝わります。
皆がいなくなってからの勘三郎丈・次郎左衛門は、すでにチョッと怖い感じがいたします。
今回の舞台でははじめから思い込みの激しい危ない雰囲気の次郎左衛門です。

他、魁春丈・九重の優しさが暖かく感じられて良いです。
鶴松丈、大きくなりましたね〜。
可愛くて綺麗でした。



「二階の場」
幕開き舞台は数ヵ月後の立花屋 勘三郎丈・次郎左衛門は長い箱を手にして舞台に出ますが、もうここから凄みがあってどことなく怖い感じです。
出迎えた人たちはどうして気付かないのかしら? っと、思うほどです。
八ツ橋を斬った後に顔を見るところも 今回は八ツ橋への想いと申しますより、ゾクッとする狂気のような感じがいたしました。

結末が分かっている事もございますが 玉三郎丈・八ツ橋はとてもか弱い感じです。
舞台に出たところから倒れるまで 八ツ橋の憐れをしっかり見せきっていると思いました。

それから、幕切れ間近に灯りを持ってきて斬られてしまう丈は(お名前が?です)、柱に縋りつくように倒れ、倒れる時に帯揚げ(?)をハラリと落とす小三山丈のやり方をなさっていらっしゃいました。 (21日2回目観劇の際には帯揚げではなく、小袖を出していたように見えました。)






もくじへ戻る     トップページへ戻る     五十音順へ戻る