2008年08月17日           もくじへ戻る トップページへ戻る 
    歌舞伎座 第三部   三階B中央の席

  *新歌舞伎十八番の内 紅葉狩(もみじがり)
    常磐津連中
    長唄連中
    竹本連中

  *野田版 愛陀姫(あいだひめ)
    一幕


新歌舞伎十八番の内 紅葉狩(もみじがり)
 更科姫 実は 戸隠山の鬼女:勘太郎
 山神:巳之助
 右源太:高麗蔵
 左源太:亀蔵
 侍女野菊:鶴松
 腰元岩橋:市蔵
 局田毎:家橘
 平維茂:橋之助


  あらすじはこちらでどうぞ





野田版 愛陀姫(あいだひめ)
 濃姫:勘三郎
 愛陀姫:七之助
 木村駄目助左衛門:橋之助
 多々木斬蔵:亀蔵
 斎藤道三:彌十郎
 祈祷師荏原:扇雀
  々  細毛:福助
 織田信秀:三津五郎

第一場
時代は戦国 舞台は美濃国、稲葉山城城下 二人の祈祷師、荏原と細毛が怪しげなお告げで見物に壷を売りつけています。
折りしもここへ 斎藤道三の使いで多々木斬蔵がやって来ます。
道三は隣国・尾張の織田信秀を責めるため、美濃軍の総大将を占いで決めようとして 斬蔵を差し向けたのでした。
しかしここへ道三の息女、濃姫が駕籠でやって来ると 斬蔵を追い返し、荏原と細毛に総大将に木村駄目助左衛門の名を挙げるよう頼みます。
濃姫は駄目助左衛門に想いを寄せており、手柄を立てさせようと考えています。
荏原と細毛は濃姫と共に稲葉山城へ向かいます。



第二場
舞台は稲葉山城 尾張国で捕らえられ濃姫の端女になっている愛陀に想いを寄せる駄目助左衛門は 織田軍が美濃へ進軍しているという話を聞いて 総大将になり手柄を立てて愛陀を妻にしたいと思います。
ここへ城下から戻った濃姫が現れ、駄目助左衛門の本心を探ろうとするのですが 愛陀の姿を見て驚く駄目助左衛門の様子を不審に感じます。
一方、互いに想いを寄せる駄目助左衛門と愛陀は 濃姫に想いを悟られぬようふるまうのでした。



第三場
同じく舞台は稲葉山城 信秀が美濃国へ攻め入ったことを聞いた道三は 二人の祈祷師、荏原と細毛に総大将を占わせ 駄目助左衛門が総大将に決まります。
駄目助左衛門と濃姫は、それぞれの思惑からお告げの結果を喜びます。
しかし愛陀は打ち沈んでしまいます。
実は愛陀は信秀の娘で 駄目助左衛門が総大将となれば、父・信秀と争うことになるのでした。



第四場
舞台は長良川岸辺の合戦場 ついに美濃軍と織田軍は合戦を始め 美濃の巫女たちは勝利を祈念します。


第五場
舞台は美濃軍の勝利に沸く稲葉山城 駄目助左衛門の勝利を喜ぶ濃姫は 悲しむ愛陀の様子を見て、愛陀の駄目助左衛門への想いを確信し 愛陀に詰め寄ります。


第六場
舞台は美濃国 国中が喜ぶ中、織田軍を討ち破った駄目助左衛門が捕虜を連れて凱旋します。
捕虜の中に信秀の姿を見つけた愛陀は驚きますが 信秀は素性を隠すと命乞いをします。
道三の命で捕虜の処分を占う二人の祈祷師・荏原と細毛に、濃姫は捕虜は死罪にするよう占えと言います。
しかし、愛陀が道三に命乞いをし また、駄目助左衛門も捕虜の命を助けて欲しいと言います。
二人の祈祷師は、捕虜を許せば復讐されると占いますが 道三は戦に勝利した駄目助左衛門に、どのような願いも聞き届けると約束したので 武士として約束どおり駄目助左衛門の願いを聞き 捕虜の命を助ける事にします。
さらに、その約束の証として 濃姫を駄目助左衛門の妻に与えると言うのでした。
これを聞いて、濃姫は喜ぶのですが 互いに想いを寄せる駄目助左衛門と愛陀は落胆します。
そうして ことのなりゆきに命拾いした信秀は 再び戦をする決心をします。



第七場
濃姫と駄目助左衛門の婚礼前夜 濃姫は駄目助左衛門の想いを自らのものにしようと 祈願のため社へ向かいます。
するとここへ 祈祷師の荏原と細毛が社中から現れます。
荏原はインチキ祈祷師であることが知られる前にこの場を去ろうと言うのですが 細毛は人の顔色を見れば、望みが分かるようになったので ここを去る必要は無いと言い 二人はこの場に留まる事にします。


祈祷師の二人が社中に戻ると 中から濃姫が現れます。
濃姫は、駄目助左衛門と愛陀の想いを確かめようと互いの名で偽文を送り 物陰に隠れて様子を見る事にします。


折りしもここへ 濃姫が送った、駄目助左衛門の偽文を受取った愛陀がやって来ます。
愛陀が駄目助左衛門への想いと故郷への想いの板挟みで悩むところへ 父・信秀が現れ 美濃への復讐のため、愛陀に協力するよう言いつけます。
驚く愛陀でしたが 父・信秀に従う決心をします。
濃姫の偽文を受け取った駄目助左衛門が現れたので 信秀は物陰に隠れます。



第八場
愛陀は駄目助左衛門に、共に美濃から逃げて欲しいと願います。
駄目助左衛門は愛陀への想いと祖国への忠誠の板挟みに悩みますが 思い悩むうち美濃軍が尾張へ攻め込む道筋を教えてしまいます。
するとここへ信秀が現れ 駄目助左衛門に共に来るよう話します。
しかし 隠れていた濃姫が姿を現したので 信秀は愛陀を連れてこの場から逃げ 祖国を裏切ったことに苦しむ駄目助左衛門は捕らえられてしまいます。



第九場
美濃と尾張は再び戦となり 美濃が勝利します。
機密を漏らした駄目助左衛門は裁きを受けることとなります。
濃姫は駄目助左衛門を助けようとしますが 愛陀が生きていると聞かされた駄目助左衛門は愛陀の無事を祈ると、自らは死を選びます。
駄目助左衛門の様子を見て、濃姫は どう説得しても駄目助左衛門の愛陀への想いは変える事ができず 嫉妬心から駄目助左衛門を死に追いやり 自らの想いが成就することは無いと嘆きます。



第十場
裁きが始まり 祈祷師細毛は駄目助左衛門を生き埋めにするようお告げを伝え さらに、濃姫を織田信長に嫁がせるよう告げます。
道三はお告げに従い 駄目助左衛門を生き埋めにし、濃姫を信長に嫁がせる事にするのでした。



第十一場
舞台は稲葉山城 裁きに従った駄目助左衛門が生き埋めにされるため牢に入れられると そこに愛陀が待っています。
愛陀は駄目助左衛門と共にあり続けるため この場に戻って来たのでした。
そうして同じ頃、濃姫の行列は織田家へ嫁いで行くのでした。




☆「紅葉狩」は能の「紅葉狩」を基にした黙阿弥作の舞踊で、1887年(M20)初演 (九)團十郎が振付したとされています。
新歌舞伎十八番のひとつで 常磐津、長唄、竹本 三方掛け合いの演奏で演じられます。


幕開きは、一声山おろし 下手に常磐津、上手奥に長唄、上手床に竹本。
下手常磐津のオキから 竹本、長唄と渡って後 竹本のオキから花道に維茂一行の出になります。

橋之助丈、立派な維茂なのですが 少し線が太い感じで、強い維茂に見えますが あまり艶を感じません。

勘太郎丈・更科姫 多少、台詞の声がかすれる感じもございましたが、品があって楚々とした更科姫です。
ワタクシ、もっとゴツイ感じをイメージしておりましたので(笑) 存在感はございますが、体格の大きさを感じさせないところが良いと思いました。
前シテの踊りは 丁寧ですが、一つひとつをきっちり踊っているのがわかる様な感じで おおらかさと申しましょうか、可愛げと申しましょうか そういう感じに欠けるように思います。
また、所作にのびがなく 踊が縮こまっているようで 全体に踊りの大きさが感じられません。
二枚扇の所作も もう少しゆとりが欲しいように思います。
丁寧で一生懸命な雰囲気が伝わるので チョッと残念な気がいたします。
前シテ後半、鬼であると事を見現すあたりも もう少し加減があっても良いかもしれないと思いました。
鬼ですが鬼女ですので。(^_^;)

更科姫一行が舞台上手に入ると 巳之助丈・山神が出ます。
まだ声がかすれるところがございますが 頑張っていらっしゃいました。

山神が花道より引っ込んで 舞台は、山おろしから大薩摩のオキで後シテの出になります。
後シテの勘太郎丈・鬼女は、橋之助丈・維茂との所作立てが大きくて良かったです。


他、鶴松丈・侍女野菊が綺麗でした。
すっかり大きくなって(^^ゞ 可愛いから綺麗 っと、言う感じになってきましたね。
また、高麗蔵丈・従者右源太が やはり踊に艶があって良いと思いました。


全体には 真面目で一生懸命な舞台であるのは伝わるのですが 前シテの勘太郎丈・更科姫の柔らかさ可愛げ艶が少し足りず 橋之助丈・維茂はドッシリとした重圧感はあるのですが 艶のある上品な雰囲気が欲しいと思いました。
高麗蔵丈、鶴松丈の踊りが良く、巳之助丈が頑張っていました。





☆「愛陀姫」は オペラの「アイーダ」をもとにした野田秀樹作・演出の舞台ですが これまで、野田氏ももちろんですが 串田氏、渡辺氏、蜷川氏など いろいろな‘これも、歌舞伎なの?‘っと思える舞台を見てまいりまして おかげさまで、すっかり‘歌舞伎らしくない歌舞伎‘に慣れてしまったようで(笑) 今回の舞台も、幾つか‘ふ〜ん‘っと思ったこともございましたが それほど違和感なく見る事ができました。(^^ゞ
音楽が録音で生でないのですが 今回の舞台がかなり従来の歌舞伎から遠いので(^^ゞ かえって、気になりませんでした。
トランペットなど 歌舞伎の舞台ではありえない楽器の使用もあるのですが これも、チェンバロがOKなのであれば良いんじゃない っと、思いましたし 像さんも、以前歌舞伎座で見たマンモスよりはゼンゼン違和感がございませんでした。(笑)
また、各キャラクターが自分の心情を台詞にして表面に出す手法は 歌舞伎ではあまり見られませんが この舞台が野田氏の舞台であれば、少しも違和感のない事だと思います。
私は夢の遊眠社の舞台で野田氏が浪々と話す自身の内なる台詞を聞くのが好きでした。(笑)
今回の舞台は野田氏の野田氏らしい作り方で出来上がった舞台だと思います。
ですが、この野田氏の舞台は 勘三郎丈が濃姫をお勤めになる事で みごとに歌舞伎になっているのだと思います。
歌舞伎役者が勤める舞台は歌舞伎だ とか 歌舞伎は役者を見るものだ とか 聞いたりする事がございますが そういう事では、今回の舞台は勘三郎丈の濃姫ゆえに歌舞伎になりえた舞台の様に思いました。
もとのオペラの「アイーダ」はアイーダとラダメスの悲恋のお話しですが 「愛陀姫」は勘三郎丈が濃姫をお勤めになる事で 性、自我、他我、そしてどうにもならない事が分かっていても止められない何か こういったとても人間臭いドップリとしたものが見えてきます。
タイトルは「愛陀姫」ですが この舞台は濃姫の葛藤の舞台で、オペラには無いラストになります。
駄目助左衛門はけして自分を見る事はありえないと思い知らされた濃姫は それでも、歩み続けていきます。
生き残ったものは生き続けなければならない 濃姫の突き抜けた強さを見るようです。
幕切れ間近 牢に入れられた駄目助左衛門を説得する濃姫 二人のやり取りの緊迫感は最高です。
駄目助左衛門が愛陀姫への想いを話す度に 打ちのめされ、思い知らされる濃姫が その辛さゆえ、これから先を生き続ける覚悟をするのだと納得できます。
「アイーダ」をもとにしていながら 視点がクッキリと異なる‘野田版‘の舞台 勘三郎丈に濃姫を配した人は超賢いと思います。(笑)
久しぶりに見た勘三郎丈のシリアスな舞台ですが サスガに上手いな〜っと、嬉しくなりました。



筋書きを読んで後、後日追記
七之助丈・愛陀姫、橋之助丈・駄目助左衛門はもちろん 三津五郎丈・信秀の重圧な存在感 福助丈・細毛、扇雀丈・荏原の怪しげでいい加減、それでいて凄みを感じる雰囲気 など、とても良いと思いました。
でも、やはり 見終わって残るのは勘三郎丈・濃姫 っと、いうのが 今回の「愛陀姫」だったように思います。
また、どうも筋書きに書かれた野田氏のコメントを読みますと 何となく、そこに書かれている事と実際の舞台とでは終着点が異なってしまったような気がいたしました。
少なくとも、愛陀姫も濃姫も ここに書かれているような人生のアマチュア、死の意味を知らないようには見えませんでした。
たぶん・・・私がそう感じたのは 歌舞伎の中では二世、三世があって これは歌舞伎が古典でない時代の物事の背景にある事で そういう‘お約束‘で舞台を見ていたからだと思います。
今回の「愛陀姫」は、愛陀姫と駄目助左衛門の心中話しなわけで 位置的に濃姫はおさんの感覚ではないかと思いました。
歌舞伎の中に登場する‘死んで本望‘っと思い込むキャラクターは 知らないのではなくて、何かしら信じるところがあって 行動を起こします。
今風に考えれば、それは無知なのかもしれませんが 歌舞伎芝居の中では、たとえ死んでしまっても 来世でちゃんと花も実もあるわけです。
歌舞伎芝居の中では 愛陀姫は知らずに死を選んだのではなくて 先々を考慮に入れて死を選んでるのだと思いますし 濃姫は受け入れられることのない想いに打ちのめされても その想いゆえに無常を知り強くなるのだと思います。
このあたりの感覚が 演劇的な野田氏と、歌舞伎芝居の実際の舞台とのギャップとして チグハグに見えたような感じでした。
少なくとも 勘三郎丈が濃姫をお勤めになった事で 舞台の濃姫には‘なり下がった‘感じはなく 人のぎりぎりのところでの強さを感じました。
それと・・・勘三郎丈・濃姫、七之助丈・愛陀姫で 二人の姫の物語には、たぶん初めからなりえないような気もいたします。
今回の舞台は 勘三郎丈が野田氏の目論見を外して しっかりと歌舞伎の舞台として見せたのだと思いました。






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