2007年10月08日・21日       もくじへ戻る トップページへ戻る 
    歌舞伎座 夜の部   三階B中央の席

  *通し狂言 怪談 牡丹燈籠
    二幕

  *奴道成寺
    常磐津連中
    長唄囃子連中


通し狂言 怪談 牡丹燈籠
 三遊亭圓朝原作
 大西信行脚本
 戌井市郎演出

 伴蔵:仁左衛門
 三遊亭圓朝・船頭・馬子久蔵:三津五郎
 萩原新三郎:愛之助
 お露:七之助
 女中お竹・酌婦お梅:壱太郎
 お米:吉之丞
 お国:吉弥
 飯島平左衛門:竹三郎
 宮野辺源次郎:錦之助
 お峰:玉三郎

第一幕
第一場 大川の船
舞台は大川 医師・山本志丈の案内で旗本・飯島平左衛門の娘・お露と、乳母・お米が気晴らしの舟遊びをしています。
お露は 父・平左衛門の後添え・お国と折り合いが悪く お米と共に柳島の寮で暮らしていましたが 山本志丈の仲立ちで萩原新三郎と会ってからは、新三郎に想いを寄せ、恋煩いで臥せっていました。
気晴らしの舟遊びでも 想う事は新三郎のことばかりで 舟の櫓を扱う山本志丈は 新三郎に会いたいと話すお露に、近いうちに会えるようにすると約束します。
折りしもここへ もう一艘、舟がやって来て すれ違います。
こちらの舟に乗っているのは 平左衛門の後添え・お国と お国の不義の相手、飯島家の隣家の次男・宮野辺源次郎でした。
源次郎と不義を重ねるお国は 邪魔な平左衛門を殺害して飯島家を乗っ取ろうと企み 源次郎をそそのかしています。
すれ違う 互いの舟の様子を気にする お露、お米 と お国、源次郎 でございました。


第二場 高座
舞台は寄席の高座 三遊亭圓朝が”正本怪談ばなし牡丹燈籠”の続き読みをしています。
噺はちょうど大川での舟遊びの後です。
『お露は新三郎を想うあまり、とうとう病でこの世を去り お米もお露の後を追って自害してしまいました。
この話を山本志丈から聞いた新三郎は お露を哀れに想い、俗名を書いた位牌をつくると 毎日、線香を手向けています。
ちょうどお盆の、この日も経を読んでおりました。』


第三場 新三郎の家
舞台は新三郎の家 お盆の十三日 新三郎がお露の位牌に手を合わせているところへ お露とお米が訪ねてきます。
志丈からお露とお米は亡くなったと聞かせれていた新三郎は二人の訪問に喜びます。
お米は 新三郎に、お国の指図で志丈が嘘をついたのだと言い お露に、今宵は新三郎の家に泊めてもらうよう勧めます。
再会を喜ぶ新三郎とお露は隣座敷へ向かうのでした。
折りしもここへ 志丈が、新三郎の世話で暮らしている伴蔵と一緒に 様子を見に来ます。
しかし 人魂が飛ぶのを見て志丈が逃げてしまったので しかたなく家の中を覗いた伴蔵は 骸骨と抱き合う新三郎を見て腰を抜かしてしまうのでした。


第四場 平左衛門の屋敷
舞台は飯島平左衛門の屋敷 お露が亡くなり、跡継ぎがいなくなったので お国は源次郎を養子にするように平左衛門に言いますが 平左衛門はこれを許しません。
屋敷内で忍び逢う お国と源次郎は 釣りに出かけた折、平左衛門を川に落として殺害する計画を思いたちます。
折りしもここへ平左衛門が現れ 不義密通で忍び逢うお国と源次郎を見つけ、手討ちにしようと槍で突きかかります。
剣術が得意でない源次郎は 平左衛門に槍で足を突かれてしまいますが お国の加勢でなんとか平左衛門を斬ります。
ところが 跡継ぎの決まらぬうちに当主である平左衛門が死んでしまえば飯島の家は改易となり お国と源次郎の企みは失敗してしまうのでした。
計画が失敗し このままでは平左衛門を殺した罪で捕らえられる事になってしまった お国と源次郎は有り金を盗んで屋敷を出ることにします。
しかしここへ 何も知らない、女中・お竹がやって来て平左衛門の遺骸を見つけます。
事の発覚を恐れたお国と源次郎は、お竹も殺害し 奈落の底まで一緒だと、二人で屋敷から逃げるのでした。


第五場 伴蔵の住居
舞台は伴蔵の住居 お峰に仕事の世話をしてもらった礼にやって来たお六が、酒を置いて帰ると 入れ違えに伴蔵が帰ってきます。
伴蔵は先刻、お六が置いていった酒を飲み始めますが あたりを気にするように、いつもと様子が違います。
心配してお峰が仔細を尋ねるのですが 伴蔵は明日になって明るくなってから話すと言うのでした。
あたりが暗くなり お峰は夜なべの針仕事を始め 伴蔵はお峰が吊った蚊帳の中で酒を飲み始めます。
するとどこからともなく牡丹燈籠が飛んできて 蚊帳の中の伴蔵が誰かと話を始めます。
様子のおかしい伴蔵に気付いたお峰が声をかけると牡丹燈籠は消えてしまいます。
お峰は伴蔵が話していた相手を気にして、伴蔵を問い詰めるので 伴蔵はしかたなくこれまでの経緯を話すのでした。


あれ以来、新三郎はお露とお米に逢い続けていましたが 占い師が新三郎に死相が現れていて、このままでは取り殺されてしまうと言うので 新播隨院の和尚に祈祷をしてもらい、家の出入り口にお札を貼り、海音如来の金無垢のご尊像をお守りにいただきました。
ところが このために新三郎に逢えなくなってしまったお露とお米が お札を剥がして、お守りのご尊像を奪って欲しいと伴蔵に頼みに来たのでした。


この話を聞いて、お峰は 幽霊を相手に、どうしたら良いのか困っている伴蔵に これからの暮らしが立つように、幽霊が百両くれれば お札を剥がしても良いのではないかと言います。
百両が手に入らなければ今までどおり新三郎の世話をして暮らせばいいし 幽霊が百両を持ってくれば、それを元手に楽な暮らしをすれば良いと言うのです。
新三郎への義理もあり しかし、幽霊に取り殺されるのも恐ろしい伴蔵は お峰の提案を聞いて 幽霊と取引することにします。
しばらくして ふたたび牡丹燈籠と共にお露とお米が現れ 伴蔵は百両を貰えるなら、お札を剥がしてお守りのご尊像を奪う と、約束するのでした。


第六場 高座
舞台では圓朝が高座で噺をしています。
噺は伴蔵がお露とお米に百両と引き換えの約束をした翌日の事でございます。
『お峰と伴蔵は新三郎のもとを訪ね 何かと理由を付けて、新三郎に行水を勧め その手伝いをします。
お峰が新三郎を手伝う間に 伴蔵は海音如来のご尊像と瓦の不動明王を入れ替えてしまいます。』


第七場 伴蔵の住居
伴蔵とお峰の二人は 新三郎から金無垢の海音如来のご尊像を奪い 伴蔵の住居の片隅に これを埋めます。
しばらくすると どこからともなく牡丹燈籠が飛んできて 伴蔵とお峰の頭上から百両の金子が落ちてきます。
大喜びで金子を数える二人でしたが お露とお米が現れたので、伴蔵は約束どおりに新三郎の屋敷のお札を剥がしに行きます。


第八場 萩原家の裏手
舞台は新三郎の屋敷の裏手 伴蔵はお露とお米と共に屋敷の裏手にやって来ます。
目につくところのお札は剥がせないので裏手にある小窓のお札を剥がしに来たのです。
伴蔵が梯子に登り、高窓のお札を剥がすと お露とお米は屋敷の中に入って行くのでした。


第九場 新三郎の家
舞台は新三郎の家 伴蔵がご尊像を奪い、お札を剥がしたので お露とお米は再び新三郎のもとにやって来ます。
何も知らない新三郎は 亡霊であれば屋敷に入ることはできないが、こうしてお露もお米も訪ねて来たのであれば 二人はやはりこの世の者であったと喜び お露も久々の対面に喜びます。
そうしてお露は新三郎への想いから ついに、新三郎を取り殺してしまうのでした。



第二幕
第一場 野州栗橋の宿はずれ
舞台は伴蔵の郷里、栗橋の宿はずれにある土手 平左衛門とお竹を殺害して逃げた源次郎とお国でしたが 途中、平左衛門に槍で突かれた傷が熱を持ち源次郎が動けなくなり さらに、有り金を全て盗まれてしまい 源次郎は物乞いになり、お国は笹屋とうい店で酌婦をしています。
折りしも お国が仕事の合間に、土手の蒲鉾小屋に居る源次郎に会いに来ています。
源次郎はお国を贔屓にしている関口屋の伴蔵が気になり 座敷に出て欲しくないと言うのでした。
しかし、お国は これも源次郎の足の傷を治すためだと言います。


関口屋の伴蔵というのは お露とお米から百両を貰った伴蔵のことで あれから、伴蔵とお峰は 百両を元手に、伴蔵の郷里・栗橋で関口屋という荒物屋を始め成功していました。

お国と源次郎が人目を忍んで逢っているところへ伴蔵が通りかかり お国に声をかけます。
お国は慌てて、父親の施餓鬼のために物乞いに施しをしていたと言いつくろいます。
これを聞いた伴蔵は お国の親なら自分には舅も同然と言いながら 源次郎に施しをするとお国と共にこの場を去るのでした。


第二場 高座
舞台は圓朝の高座 圓朝は伴蔵とお峰のこれからを暗示する言葉を残します。
一度は人が天に勝ったかに見えましたが やはり天がこれを許すはずはなく 天は人に勝っているようでございます。


第三場 関口屋の店
舞台は関口屋 折りしも、ここへ 伴蔵とお峰が江戸に居た頃の知り合い、お六が訪ねてきます。
お六は亭主に先立たれ お峰を頼って来たのでした。
今では江戸の頃の面影はなく、すっかり商人の女房らしくなったお峰でしたが 内心は、あまり気心の知れた者のいない土地で寂しく思っていたので お六の身の立つ様に伴蔵に頼むことにします。
お峰に奥の部屋で休むように言われ お六は荷物を置きにこの場を去ります。
ふと、お峰が外を見ると 馬子・久蔵が馬を引いて通りかかるのが見えます。
お峰は久蔵を店に呼ぶと 酒や小遣いを与え 伴蔵の浮気相手の事を、それとなく聞きだします。
始めは、なかなか話したがらない久蔵でしたが お峰が上手く持ちかけるので、全て話してしまうのでした。


第四場 関口屋夜更け
舞台は夜更けの関口屋 昼間、訪ねて来たお六が伴蔵に挨拶しようと お峰と共に伴蔵の帰りを待っています。
しかし 江戸から着いたばかりのお六を気遣い お峰は先に休むよう言います。
お峰は針仕事をして帰らぬ伴蔵を待ちながら 以前の江戸での貧しい暮らしが今は懐かしく思え、伴蔵の手綱が取りにくくなった と、お六に寂しい気持ちを話します。
お六が先に休むために、座敷を去ると 酌婦のお国たちに送られて伴蔵が帰宅します。
不機嫌に怒って戸を開けたお峰が お国との浮気を知っていると気付いていない伴蔵は 帰宅が遅くなった事を詫び、お峰の機嫌を取ろうとします。
しかし、お峰に お国との仲を指摘され お国には侍の亭主がいて 伴蔵との事が知れれば、ただではすまない と、言われてしまいます。
お国との事を全てを知っているお峰に 伴蔵は驚きますが、お国にはもう逢わないゆえ許して欲しいと謝ります。
これを聞いたお峰は 伴蔵を許し、これからも頼みにしている と、言うのでした。
伴蔵の謝罪に 機嫌の直ったお峰は、亭主に先立たれたお六が訪ねて来たので身の立つ様に雇う事にしたと話します。
しかし これを聞いた伴蔵は 態度を一変します。
江戸での事を知る者が近くに居たのでは せっかく成功している土地で、以前の事が知られてしまう危険があるので お六には多少の金を与えて、ここから遠ざける様に言います。
お峰は 知り合いの居ないこの土地での暮らしは寂しいが、江戸での暮らしは貧しいながらも幸せであったと言います。
そして どうしても別れたいのなら、幽霊から貰った百両を手切れ金に渡すよう言い 怒って大声で伴蔵が百両を得た時の経緯を叫ぶのでした。
身の危険を感じた伴蔵は、慌ててお峰の口を押さえ お峰を落ち着かせるために 急いで謝り、お峰の今までの苦労に感謝しているのだと言います。
伴蔵の言葉に ようやく落ち着き、これからも一緒について行く と、言うお峰を 伴蔵は床に誘うのでした。
しかし お峰が灯りを消すと 奥が騒がしくなり、幽霊の様な手つきをしたお六が現れます。
江戸で伴蔵がお札を剥がした時に お米がお露に言った言葉を話すお六を見て 伴蔵とお峰は恐怖に抱き合うのでした。


第五場 夜の土手の道
舞台は源次郎の蒲鉾小屋のある土手 伴蔵を送った お国、お絹、お梅が通りかかり ここでしばらく涼んでいくことにします。
お絹が在所の事など話すうち お梅の姉が源次郎とお国に殺害されたお竹で 今日が一周忌である事が分かります。
驚くお国でしたが お梅に先刻貰った伴蔵からの小遣いを渡すと 先にお絹とお梅を店に帰します。
二人がこの場を去ると 源次郎が蒲鉾小屋から現れ 一年前を振り返り、身の不運を嘆きます。
しかし、お国は気丈に 源次郎が自分一人のものである事が嬉しいのだと言い 源次郎を誘います。
ところが どこからともなく現れた たくさんの蛍の群れが二人に近づき 驚いた源次郎は刀を抜いて蛍を追い 自らの刀に貫かれてしまいます。
暗闇の中 源次郎を捜すお国も よろめく源次郎に抱きつき 源次郎の体に刺さった刀に突かれ 二人とも息絶えるのでした。


第六場 幸手堤
舞台は幸手堤 お峰は伴蔵がなにかと優しくしてくれるので上機嫌です。
しかし伴蔵は 昨夜のお六の様子から このままでは江戸での悪事が発覚するかも知れないので 急いでこの地を離れ、他の土地でやり直そうと言います。
これを聞いて お峰は伴蔵と共に、もう一度やり直す事にします。
路銀にするため 伴蔵は江戸から持ってきて堤に埋めて隠してあった、新三郎の海音如来のご尊像を掘り出します。
お峰にあたりの見張りをさせて 堤を降りご尊像を掘りはじめる伴蔵でしたが 隙を見てお峰に斬りかかります。
お峰は やはりお国と一緒になるつもりなのか っと、伴蔵の刃から逃れようとしますが 伴蔵は、昨夜の様に百両の事を話されては命取りになる と、言い ついにお峰を斬り殺してしまうのでした。






奴道成寺
 白拍子花子 実は 狂言師左近:三津五郎

舞台は紀州の道成寺 折から、鐘供養が行われるということで 大勢の所化がやって来ます。
そこへ白拍子の花子が鐘を拝ませて欲しいと訪ねてきます。
女人禁制の道成寺ですが 所化たちは、舞を見せるのであれば入山しても良いと言います。


道行はなく 舞台中央から、烏帽子姿での出となります。
ですので 舞い始めから長唄です。
>花のほかには松ばかり
烏帽子を着した花子が現れ 乱拍子など能がかりに舞い始めます。


>鐘に恨みは数々ござる
ここから三味線が入り、少し砕けた踊りに移ります。
この一節、最後のところで烏帽子が落ちて 花子が実は男で狂言師・左近であることが知れます。
左近は舞台中央奥で衣装を改め 続けて踊りを披露する事となります。


>まず春は花の本
>金縫箔の小袖幕
>酌む盃の小波は
>立つや吉野の花筏
ここで下手に常磐津が出て 長唄との掛け合いとなります。


>恋のわけ里
>武士も道具を伏せ編笠で
肌脱ぎで枝垂桜の衣装になり 羽子板で羽根を撞く様子や 鞠をつく様子を踊り 所化との絡みもある 変化に富んだ踊りを見せます。


>梅とさんさん桜は
>いずれ兄やら弟やら
花傘での所化の踊りとなります。


>恋の手習い つい見習いて
>誰に見しょとて紅鉄漿つきょぞ
>みんな主への心中立て
左近は おかめ、大尽、ひょっとこの三つ面を使い分け 廓の遊女、客、幇間の様子を踊り分けます。


>おもしろの四季の眺めや 三国一の富士の山
>雪かと見れば 花の吹雪か吉野山
この場の山尽くしでは 左近が鞨鼓を付け花四天との所作ダテとなり 華やかな舞台となります。
ここは衣装も紅葉の模様に替わります。


やがて花四天を振り切った左近は鐘に上がり宝鏡と鉄杖を持ち、赤地に枝垂桜の衣装がぶっかえって 花四天を睨み、幕となります。



○8日観劇の感想
☆「怪談 牡丹燈籠」は三遊亭圓朝の原作で、歌舞伎に移されましたのは1892年(M25)です。
これが、河竹新七の脚色で (5)菊五郎の初演、歌舞伎のための脚本です。
今回の舞台は、上記の脚本ではございませんで 大西信行脚本の文学座に宛てて書かれた脚本での上演です。
こちらの脚本での初演は1974年(S49)です。
で、当時 文学座のために書かれた脚本で お峰を杉村春子さんがお勤めですので これは、杉村春子さんに宛てて書かれた脚本であるのだと思います。
十二月に上演予定の「ふるあめりかに袖はぬらさじ」も同様ですが 玉三郎丈は杉村春子さんのお勤めであった女優のお役を とても上手に女形に変換しています。
これは、新派で泉鏡花の舞台などをお勤めになるよりさらに進んだ変換術であると思います。
新派は初めは女形がおりましたから。
もしかすると 歌舞伎→新派→新劇の舞台をお勤めになりながら 新劇の女優→新派の女優→歌舞伎の女形 っと、いったような ある意味、逆をたどる変換をこれほど上手く舞台の上で見せる事ができるのは玉三郎丈だけではないかと思ったりいたします。
それで、私は玉三郎丈が変換した女形での舞台が好きだったりするのです。(^^ゞ

前回(チラシによりますと19年ぶりだそうです)演舞場で見た時の印象が、とても‘生‘な感じがいたしまして とくに、幕切れ前の陰惨な雰囲気が残って それが、ずっと続いておりました。
なので今回の上演もワタクシ的には少し引いた感じがございました。
ですけれど 事前のネットなどでの情報で 今回は幕切れ前の場面が、より歌舞伎味のある演出になっているらしいと知りまして ケッコウ思い切ってチケットを2枚取りました。(それほど、前回の舞台は私には辛い結末だったのです。)
開演前まで幕切れ後のどんよりした重たい感じを覚悟していたのですが 最高に良い感じで裏切られました。
今回ほど、チケットを2枚買っておいて良かったと思ったことはございません。
スゴク良い舞台です。
まず感じましたのが もとはどうあれ、この舞台は歌舞伎の舞台だという事です。
どんなに伴蔵とお峰が貧しくても それは歌舞伎風に貧しいのであって‘生‘な感触がございません。
芝居であって現実味がないのです。
だから、見ていられます。

一幕目は九場あります。
佃の合方で大川の船のすれ違いから始まります。
この様な場面は歌舞伎の舞台ではよく見られる成り行きで ここでもう、舞台面と下座が一気に歌舞伎にしてくれるわけで 雰囲気十分です。
全体には二幕十五場の長い舞台ですが 途中々々で三津五郎丈の圓朝がお話を進めるのでダレルところがございません。
三津五郎丈の圓朝はキッパリした雰囲気が江戸風で良いです。
さらに一幕目は吉之丞丈・お米がスゴク良いです。
震えるような声が怖くて 頼れて、存在感と押しがある幽霊なのです。(^^ゞ
七之助丈・お露も幽霊になってもなお楚々としたお嬢様で これなら、新三郎は一緒にあの世でもいいんじゃない? とか、無責任に思ってしまいます。
愛之助丈・新三郎も余計なところがなく 優しくすっきりとした感じがございました。
また、二幕目までお話の続きます 吉弥丈・お国と錦之助丈・源次郎が 幕開きすぐの大川の場から 平左衛門を殺害して転がるように落ちていく展開がとても良いテンポで進みます。
吉弥丈のお国は源次郎を引っ張る女の強さがあり、これがけなげさにも見え 錦之助丈の源次郎は、ある意味‘かわいい男‘の雰囲気がございます。
まあ、のび太クン的な雰囲気かもしれませんが 錦之助丈の源次郎、すごくピッタリしていたように思いました。(^^ゞ
歌女之丞丈のお六が渋くて、一番‘らしい‘感じがあります。

で、仁左衛門丈・伴蔵と玉三郎丈・お峰が これが、もう最高です。
一幕目はとにかく笑わせてくれます。
笑いを取りにくるのではなくて 自然に見ている客席を笑わせます。
なので、わざとらしさがなく 引くことがありません。
たたみ掛ける様なノリとテンポで さらに、舞台の密度が高いです。
客席で見ていて引き込まれてボサボサしている間がありません。
仁左衛門丈、玉三郎丈 それぞれがどうのという事ではなくて お二人のイキの良さ、ノリの良さ、コンビネーションがスゴク良いのです。
どちらかといえば 軽いノリでお話が進みます。
一幕目は実際に幽霊が出る幕ですので ここで、内面の暗さを出さない、陰を見せない事で ‘湿‘な感じを舞台に漂わせる事がなく また、二幕目になってから 見た目の笑いと裏腹にそれぞれのキャラクターの内面の暗さ・陰が見えてきた時 それを際立たせる事ができると思います。
ですので 目の前に幽霊が現れているにも係わらず 伴蔵は見ていて笑えますし お峰にいたっては幽霊と取引しようと言い出したりするわけです。
ここも‘あっ、そうだ!‘っといったノリで軽いのです。
貧しい暮らしをしていて生活が苦しくても お峰は寂しくもないし辛くもないのだと思えます。
伴蔵と暮らしている事が幸せなのだと思えるので 二幕目の‘寂しい‘が生きてくるのだと思います。
それと、ここは 貧しい暮らしのわりに 伴蔵もお峰もあか抜けているのです。
存在感はあるけれど生活臭を感じない いかにも歌舞伎っといった感じです。
それにしても・・・押入れに隠れたって 相手は幽霊ですからね。(笑)
押入れに入っている時 伴蔵に酒の肴を持ってきてくれと言われて ”暗いから嫌だ”というところ 子供の頃、電気の点いていない部屋に入る時、ドキドキした感じを思い出しました。
で!!!お峰の”ちゅうちゅう”が耳から離れません!!!

二幕目は六場です。
ここからは前の幕での成り行きの結末が展開していきます。
伴蔵とお峰 お国と源次郎 どちらも切ないのですね。
でも、もしかすると お国と源次郎の方が救われるのだろうな〜っと、思ったりいたしました。
この二人、特にお国は純愛でしょ。
夜の土手で蛍の飛ぶ中での吉弥丈のお国 すごく綺麗でした。

関口屋の店の場では まず、玉三郎丈がスッキリと素敵です。
訪ねて来たお六に対する時もキッパリとした感じが 今は‘おかみさん‘っと奉公人から言われる人なのだなっと思わせます。
で、ここで旧知のお六に ほっと本音を明かすところ また、後に夜が更けてから再びお六に‘手綱が取りにくくなった‘っと言うところ 暮らしは楽になったけれど そのぶん、伴蔵が遠ざかった様な寂しさが見え隠れします。
一幕目の軽さから ‘陰‘が見え、グッと重みの出るところで 台詞と内面からの雰囲気で これを伝える玉三郎丈はスゴイな〜っと思います。
三津五郎丈の久蔵は‘人の良い感じ‘です。
ここの場面のお峰の可愛いこと。
ねほりはほり伴蔵とお国のことを聞きだすわけですが 見ていて、いじらしいと言いましょうか 伴蔵を想うお峰の心情がとても可愛らしく思えます。
たぶん、ここでお峰を可愛いと思えるのは玉三郎丈だからです。

夜更けて、伴蔵が戻ってくるところ 仁左衛門丈・伴蔵は花道でお国たちと立ち話で 舞台では玉三郎丈・お峰が着物を縫ったりしています。
ここは3階からですと ほとんど視線は舞台に向きます。(花道はほとんど見えませんので声のみです。)
玉三郎丈のお峰が一人で寂しい感じなのです。
あ〜・・・待っているんだな〜っという感じです。
お峰の伴蔵に対する想いは以前と変らないのだとわかります。
そういう意味では お峰も純愛だったりするのでしょうね。
戻って来た伴蔵は、はじめはお峰に頭が上がりません。
ここの夫婦喧嘩は超盛り上がります。(笑)
玉三郎丈の矢継ぎ早の台詞に場内から拍手です。(^^ゞ
ですが、お六の話しになった時 二人の気持ちのズレが見えます。
以前と変らないお峰と、今に生きようとする伴蔵 その様な感じでしょうか。
もう一騒ぎになりますが 結局、お峰は伴蔵と仲直りする事を選ぶわけです。
以前と今の暮らしの中から生じる隙間・寂しさを埋めるのは お六ではなくて伴蔵なのです。
ここ・・・サスガに仁左衛門丈と玉三郎丈のお二人!チョッと他のペアでは見る事のできないほど自然で(これが、なんとも・・・)良い感じでドキドキものなのです。

幕切れ前の幸手堤は 玉三郎丈・お峰の、着物を買ってもらったとかおいしい物を食べさせてもらったとかの喜ぶ台詞が スゴク、せつなく聞こえます。
ここだって、ほんとに嬉しそうだし 玉三郎丈のお峰は可愛いのですもの。
結末を知っているからなのですが お峰は伴蔵が好きなだけなのだし、これからだってきっと一緒についていくのだろうと思うし・・・。
その想いが とても可愛いし、いじらしく思えるのです。
最後に、お峰は”やっぱりお国と”って言うのですが お国はこの時にはもう居ないのです。
さらに、伴蔵はお国の事で お峰を刺したわけではなくって 過去を知るお峰を欲のために刺したのです。
欲が絡んだ、スゴイすれ違い・・・。
お峰を殺してしまった伴蔵は ハッと我に返る様に、死んでしまったお峰を抱きかかえて”お峰”っと叫ぶのですが この時 とても、本当にとても愛しいそうにするのです。
だったら!殺すんじゃね〜!!! っと、思ってしまうのですが 何で、こうなっちゃうかな〜っと、せつなくなるのです。
最後まで、お互いに想い合う気持ちはあるのだと思います。
なので幕切れ前に伴蔵は”お峰”っと叫ぶのだと思うのです。
でも、スタンスが違ってしまった、欲に流されて一番大事なものを失くしてしまった・・・そんな感じです。

この幕切れ前の場面、今回は歌舞伎の殺しの場のやり方で 決まり決まりで型を作ってキッチリ見せていく方法です。
なので残忍さが残りません。
かえって、お二人の決まりの形の美しさに感激いたします。
これは良いと思いました。
さらに、前回の様に‘殺されたお峰の手が川の中から出てきて伴蔵を引きずり込む‘っという様な演出ではなく(‘ほうおう‘のあらすじはこちらになってますね) お峰も伴蔵も、本当はお互いに想いあっていたのだという幕切れなので せつない感じは残りますが 陰惨な感じは残りません。
とても良いやり方だと思います。





○21日観劇の感想
☆本日は2回目の夜の部「牡丹燈籠」の観劇だったのですが 歌舞伎座場内を写真撮影なさっていらっしゃる方がおりましたね・・・何かあるのでしょうか?
まあ・・・それはさておき 「牡丹燈籠」2回目の観劇感想を書かせていただきます。

幕開きは大川ですけれど ここから吉弥丈・お国がスッゴク艶っぽいのですね。
前回見たときも思ったのですが 更に、色っぽくて綺麗なのです。
それと、前半の吉之丞丈・お米が、やっぱり怖いです。
ですけれど、お露を想う気持ちが伝わりまして お露ともども寂しい哀れな雰囲気があり とても良い幽霊だと思います。(^^ゞ
後半の三津五郎丈・久蔵と玉三郎丈・お峰のやり取りも 更に、イキがピッタリでした。
ここ、玉三郎丈のお峰も良いと思いましたが 三津五郎丈の久蔵がスゴク良いです。
このお役、崩しすぎると見ていて引いてしまいますが 真面目すぎず、崩しすぎず 笑いを取るばかりでなく 歌舞伎座の客席を笑わせるツボを押さえていて 可笑しいのに品がある・・・難しいですが 上手いです。
それと、圓朝のマクラですが 前回は、時事ネタで‘あべかわ餅と大福‘でしたが 今回は‘医者が見捨てた物は坊主が拾う‘っと言うものでした。
どれくらい話を用意してあるのでしょうね?
今月 周りが良くて、大きく見える舞台が他にもございましたが この舞台も周りがとても良いです。

前回、見ました時は 前半と後半が半々に見えたのですが 今回は3:7もしくは2:8くらいに感じました。
後半がスゴク良くなっているのだと思います。
玉三郎丈の台詞の感じが多少変わっていたように感じました。
早口は変らないのですが 台詞と台詞の間が休符を意識したようにキッチリしていて 言葉が勢いでザザッと流れる事がなくなっています。
ですので すらすらっと過ぎてしまう心情の変化が前回よりもキッチリ見えてきます。
特に、後半の細かい心情の変化がよく伝わるのだと思います。
‘関口屋夜更けの場‘での伴蔵とお峰のやり取り お国の事で伴蔵をやり込めるお峰ですが それでも‘よろしくお願いします‘っと言い お六の事で再び夫婦喧嘩になって過去の事を持ち出し・・・つまり、これは伴蔵に対して、ジョーカーを持っているという事なわけで お峰は、おそらく意識していないのでしょうが 伴蔵は命取りのジョーカーの存在に気付くわけです・・・伴蔵に百両を要求しても やはり‘どこまでもついていきます‘と、離れがたい心情が 行きつ戻りつの細かい振幅で見えてきます。
これが、お峰の場合は欲でついていくのではなくて 伴蔵を想ってついていくのがわかるので とてもいじらしく思えるのです。
で、お峰の細かい心情の揺れに対して たぶん、伴蔵は白黒なのですね。
けしてお峰が嫌になったわけでも嫌いになったわけでもなく お峰の持つジョーカーを奪いたかったのだと思います。
幕切れ前 死んでしまったお峰をとても愛しい感じで抱きかかえて 前回は「お峰!」っと叫んだだけだったと思うのですが 今回は「お峰!」「堪忍してくれ!」っと叫ぶのです。
欲に流され利己的な伴蔵には違いないのですが 過去を知っているお峰を、しかたないと自分に言い聞かせて殺してしまった感じで 自分のためにお峰を犠牲にした事への後悔はあるのです。
このあたり・・・新七本ですと後に何か残る様な終わり方をせずにスパッと終わってしまうわけですが 大西本で仁左衛門丈・玉三郎丈ですので 一味違った感じになるのでしょう。
平成元年の演舞場での上演では 幕切れ前が違っておりまして、川からお峰の手が出て伴蔵を引きずりこんで 最後に圓朝の高座で幕だったと思うのですが その時の陰々滅々とした雰囲気より 私は絶対こちらの幕切れの方が良いです。
それにいたしましても・・・仁左衛門丈、玉三郎丈 お二人はドキドキものですね〜。
‘関口屋夜更けの場‘・・・歌舞伎チャンネルが楽しみだな〜。





○8日観劇の感想
☆「奴道成寺」は「道成寺物」のひとつで「娘道成寺」を娘ではなくて男の狂言師が踊るというものです。
三津五郎丈は襲名披露の時にお勤めになっていらっしゃるのですが 私は、はじめて拝見いたします。
踊の流れはおおかたは「娘道成寺」と同じです。

所化の花道からの出の後
>花のほかには松ばかり
で、舞台から烏帽子の白拍子姿で三津五郎丈が出ます。
ここからしばらくは能風に謡いと共に踊ります。
ゆっくりな所作ですがキッパリきれが良いです。
乱拍子を踏むところもドカドカせず スッキリして、見ていてとても綺麗です。

烏帽子を取って狂言師である事がばれてしまいますが ここで、玉雪丈と功一丈の名題昇進の口上がございます。
口上の後、下手に常磐津が出て長唄との掛け合いになります。

>恋のわけ里
からが鞠唄になり 所化との絡みになります。
中央に出ての絡みは 隼人丈、新悟丈、萬太郎丈、右近丈、壱太郎丈、は確認できました。
それと ツンとたところが可愛い鶴松丈、鞠と間違われるのが小吉丈だったと思います。
背の順に並んで微笑ましいです。(^。^)
すみません・・・ここは可愛い所化に視線が向いてしまいました。

鞠の後から所化の傘を使っての踊になり クドキの‘恋の手習‘は三ツ面(おかめ、お大尽、ひょっとこ)を使っての踊になります。
ここの踊りわけは とても楽しく、またキッチリ綺麗です。
後見とのイキがピッタリです。(ここは三津右衛門丈でしょうか?)
それにしても・・・見た目には簡単そうにお面を付け替えて踊り分けているのですけれど もちろん、難しいわけで それがその様に見えないところがスゴイな〜っと、感心してしまうのです。

この後 たぶん・・・
>面白の四季の眺めや
から、肌脱ぎで紅葉の衣装を見せて鞨鼓をつけての踊になります。
ここは花四天が出て所作立てです。
花四天の衣装は‘花かつみ‘をアレンジした模様です。
一気に舞台面が賑やかと申しましょうか 眼が覚めると申しましょうか(笑) その様な感じです。
それで鞨鼓はほとんど叩かないのですね。(^^ゞ

花四天を左右にやり過ごして鐘入になります。
で、ここは「京鹿子娘道成寺」では蛇柄の衣装でぶっかえりなのですが 今回は赤地に枝垂桜で目に鮮やか、素敵です。
こういうのもアリなんだ!っと思いました。
スゴク印象に残る幕切れです。
さらに 手には鏡を持っているのですね。
これ・・・初めて見ました。
「京鹿子娘道成寺」でも「男女道成寺」でも見なかったと思いますので この鏡は「奴道成寺」の演出なのでしょうか?
筋書きに書いてあるかしら・・・。





○21日観劇の感想
本日の「奴道成寺」は、前回よりさらに場内が盛り上がりました。
日曜日だからでしょうか 掛け声も多くて、最後の演目とは思えないほどの盛り上がりです。
三ツ面の踊り、最後のところで‘あざやか!‘っと声がかかりましたが これは、そのとおり!っと、思いました。(^^ゞ
三津五郎丈はもちろんですが 今月のショケーズがすっかり流れも良くなっています。
良くも悪くもとび抜けて見える所化もなく 皆様、綺麗にそろっておりました。
小吉丈と鶴松丈は見た目でスグわかるわけですが(^^ゞ 萬太郎丈が良かったな〜。(オバサンの好みを書いてもしかたございませんが・・・)
それにいたしましても・・・”般若湯を聞こし召し” って、今月のショケーズを見てOKなのは誰かしら?っとか思ってしまいました。(笑)





おまけのメモ
どうしても ‘まず春は花の本・・・‘の一節と ‘宝鏡‘が気になりまして 調べたのですが イマヒトツ、気に入りませんでした。(^_^;)

‘まず春は花の本・・・‘からの一節は常磐津と長唄の掛け合いのところでございまして ここは常磐津のパートなのですね。
ですので 長唄の‘京鹿子娘道成寺‘には ここの部分の歌詞がございません。
はっきり覚えていないのですがm(__)m たしか‘都育ちは蓮葉なものじゃえ‘のところの 頬杖の所作はあった様に思いましたので この後から入る部分だと思うのですが 全体の歌詞を見つけることができませんでした。
同じ歌詞が「男女道成寺」にもございまして こちらは地が常磐津になり ‘恋のわけ里‘から長唄と常磐津の掛け合いになります。
たぶん趣向としては同じ様な感じなのだと思うのですが う〜ん、全体の歌詞の流れが分かりません。


‘宝鏡‘は 筋書きには‘宝の鏡‘と書いてございます。
で、これが何だかよくわかりません。(私だけかもしれませんけれど・・・)
お寺などでは‘宝鏡‘(単に‘鏡‘とか‘神鏡‘)というのは 神仏一体という考えがあった頃 神様のお姿を映し出すという事で‘ご神体‘でございます。
また、千手観音の右手の持ち物でもございまして‘知恵を得る‘という意味がございます。
舞台になっております道成寺には国宝の千手観音像がございます。
とりあえず 何か‘あらたか‘な物なのです。
ですが、なんで左近は鐘の上で‘宝鏡‘を持って決まるのでしょう?
この舞台の基は「道成寺思恋曲者(どうじょうじこいはくせもの)」というのだそうで 通称「双面(ふたおもて)道成寺」というそうです。
狂言師左近や三ツ面の趣向は「道成寺思恋曲者」から受け継いでいるのだそうです。
‘双面‘というのは花子と左近の事なのかな〜っと思いますが ‘思恋曲者(こいはくせもの)‘というのは これ、左近が‘曲者‘っという事なのでしょうか?
ですが左近は白拍子ではございませんが、鐘を意識して踊るわけですので 鐘に対しての執着というのは変らないのでしょうね。
で、あれば単純に‘曲者‘で鏡を奪ったわけでも無いのかしら・・・?
新しい鐘ができたので 鐘を怨念から守るために‘宝鏡‘を鐘の中に隠したけれど 鐘への執着心が強い左近(清姫)は、これをものともせず‘宝鏡‘を奪い 鐘に取り憑いた っと、いう感じなのでしょうか?
これも、チョッと調べてみたのですが よくわかりませんでした。(^_^;)






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