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| 新橋演舞場 昼の部 三階上手よりの席 |
*平家女護島 俊寛 一幕 *連獅子 長唄囃子連中 *人情噺文七元結 二幕四場 |
平家女護島 俊寛 俊寛:勘三郎 丹波少将成経:勘太郎 千鳥:七之助 平判官康頼:亀蔵 瀬尾太郎兼康:彌十郎 丹左衛門尉基康:扇雀 あらすじはこちらでどうぞ 連獅子 狂言師 後に 親獅子の精:勘三郎 狂言師 後に 仔獅子の精:勘太郎 狂言師 後に 仔獅子の精:七之助 僧蓮念:亀蔵 僧遍念:彌十郎 舞台は清涼山の石橋のあたり、三人の狂言師が手獅子を携えてやってまいります。 狂言師は、石橋のいわれや清涼山の風景などを舞い 続いて清涼山に住むと言われる文殊菩薩の使者である獅子を舞い始めます。 親獅子は仔獅子を谷に突き落とし 駆け登ってきた仔獅子だけを育てると申します。 やがて狂言師は 仔獅子を谷に落として見守り、上がってこない仔獅子を気遣う親獅子の様子や 落とされて川面に写る親獅子を見て駆け登る仔獅子の様子を踊って見せます。 勢いのある舞を見せた後 蝶に戯れ姿を消します。 舞台は間狂言で「宗論」になります。 はるばる清涼山へやってまいりました法華の僧・蓮念と浄土の僧・遍念が 道連れができたと喜ぶのもつかの間 互いの宗派が違うので言い争いになってしまいます。 自分の宗派の方が優れていると言い争ううち とうとうお互いのお題目と念仏を取り違えてしまうのでした。 舞台は後シテ 能装束に隈取で 白の毛の親獅子の精、赤の毛の仔獅子の精が舞い始めます。 牡丹の花と戯れ 勇ましく‘髪洗い‘‘菖蒲打ち‘‘巴‘などの毛振りを見せ豪快に舞い納めるのでした。 人情噺文七元結 左官長兵衛:勘三郎 女房お兼:扇雀 手代文七:勘太郎 お久:芝のぶ 鳶頭伊兵衛:亀蔵 和泉屋清兵衛:彌十郎 角海老女房お駒:芝翫 あらすじはこちらでどうぞ |
初日に見に行きました感想など書きます。 じつは、初日という事もございまして それほど出来上がった舞台を期待しておりませんでしたが かなり良かったです。 勘三郎丈ももちろんですが 舞台は一人では成り立ちませんので 他の役者さんの完成度も高かったのだと思います。 おそらく、これからさらに練れてくると面白くなるのではないかと期待できます。 ☆「俊寛」は勘三郎丈の三島村硫黄島での上演もあり 今回もその折のお衣装での上演という事で 上演前から思い入れを感じる舞台です。 幕開きは浅葱幕で竹本は清太夫のオキで始まります。 浅葱幕を振落として後 舞台下手奥から俊寛・勘三郎丈の出となりますが まず、第一印象は‘若い俊寛‘でございます。 足元はふらついておりますが 老けていてふらついているのではなく‘今居る場所が過酷な条件の所であるゆえ この様になっている‘っという感じです。 まあ・・・今までに何人か拝見いたしました俊寛の中では一番元気な俊寛でございます。 ですが、この事で違和感を感じる事はございませんで 竹本とのイキはとても良く、決まり決まりがしっかりキッパリしています。 舞台の進行全体ではダレル事がなく 私にはちょうど良いテンポでありました。 特に前半は 俊寛の悲壮さだけではなく この様な状況にあっても成経と千鳥の祝事に心休まる雰囲気も伝わり より、後半との振幅の大きさが出るような気がいたしました。 いつも「俊寛」を見ると前半が辛い事が多いのですが 今回は、テンポの良さと元気でのりきってしまった感じです。(^^ゞ ただ、祝の舞で転ぶところ ここはチョッと元気に転びすぎかもしれません。 で、後半 瀬尾と対してからがとても良いと思いました。 瀬尾に赦免状を見せられ、名前がない事をしったところの「ない、ない、ない」の台詞からがとても良いのです。 悲壮な叫びと申しましょうか 成経、康頼が許され、自分一人が残される無念さと申しましょうか 落胆と申しましょうか そういったものがお腹の中から沸き上げってくる、搾り出すような叫びなのです。 ここからの清太夫の語りもスゴクて床から転げ落ちそうな感じで この時の勘三郎丈の俊寛とぴったりイキがあっています。 ここで、思いっきり嘆く事で この後の丹左衛門基康が差し出す赦免状で、とりあえず鬼界ヶ島を出られる事を知っての喜び、ホッとした安堵の様子が生きてきます。 思えば この「俊寛」という舞台は、俊寛の感情の起伏がスゴク大きくて 喜びと悲しみの振幅が端から端なわけで その切り替えが勘三郎丈の俊寛は台詞一つ、あるいはホッとする息一つで 見ていて分かる様に切り替わります。 千鳥の乗船が許されず 瀬尾から東屋の事を聞き驚く俊寛ですが ここは、後ほどほど書きますが彌十郎丈の瀬尾が良いです。 一度、船に乗り再び浜に戻ってからは 瀬尾に「御両使、ひとへに頼み存ずる。この女乗せてたべ。」と言いつつ 眼光鋭い感じで、俊寛の気持ちは決まっているのが分かります。 関羽見得(俊寛が顎鬚を引いて刀をついて決まるところです)も大きく決まっていたと思います。 船が出る時、綱は船に揚げてしまいます。 ですので俊寛が綱を未練で引くことはありません。 キッパリ、独りで島に残る事を決めています。 この後、初めの3回ほど「お〜い」の声が船から小さく聞こえます。 聞こえるうちは 俊寛の心は変りません。 舞台中央前面まで出て「お〜い」と叫びます。 でも、心はマダ動いていません。 ここまで 綱を未練で引かないのでテンポ良く進みます。 また、初めの3回ほどの船から聞こえる小さな声が 聞こえなくなった時の効果を大きくしていて 舞台中央前面まで出て「お〜い」と叫んだ後に効いていると思います。 船からの声が聞こえなくなり 舞台中央前面での「お〜い」の後 静になった舞台で 客席に背を向けてからの間が絶妙です。 独り残ってしまった事がどの様な事であるのか、一瞬にして現実が見えた っと、いう感じです。 ”思ひ切つても凡夫心”という語りの‘も‘を見る感じの間なのです。 ここから振り返って花道付けまで出ての「お〜い」が、なんとも切羽詰った感じで 必死が見えてきます。 岩によじ登るところの必死と 松の枝が折れて、沖を見つめての茫然自失状態まで一気に進みます。 勘三郎丈らしい俊寛だと思います。 で、チョッと思ったこと・・・‘汗で落ちてしまった髭を気にしなければもっと良かっただろうな‘ と ‘松の枝が折れて前のめりに岩から転げそうになるところは、転げ過ぎじゃないでしょうか‘・・・どちらも余計なところでハラハラしてしまいます。(^^ゞ 彌十郎丈の瀬尾が良いです。 骨太な感じの瀬尾で 押があり憎々しさもあり 大きいです。 ですが ただ憎々しいだけではございませんで 京・清盛への忠臣からの行動である事も感じさせます。 「そりや役人のわがまゝ・・・」からの台詞や「左様に自由になるならば、赦し文もお使ひも詮なし。」のところなど ‘清盛公の知らないところで勝手を言うな‘の心情がくみとれます。 また、義太夫とのイキも良く 勘三郎丈の俊寛を相手に グングン押していくのが良いと思いました。 っと、申しましょうか はじめの赦免状を見せるところなどは瀬尾の方に視線がいくことの方が多かったです。(^^ゞ 勘太郎丈と七之助丈は純愛風で初々しい成経と千鳥です。 ですが七之助丈が少し声がかすれておりまして気になりました。 扇雀丈は良いと思いますが、やはり女形ですので線が細くてキッパリとした捌き役は辛いかもしれません。 亀蔵丈、脇をしっかり押さえていると思います。 ☆「連獅子」は中村屋のお三人での舞台で 通常の左近、右近の二人での連獅子とは舞台面での見た目がチョッと違います。 ですが 幕開きは大薩摩で、舞台の展開は左近、右近の連獅子と同じです。(なので、よけい迫力の違いを感じます。) 私はお三人での舞台を拝見いたしますのは今回が初めてなのですが 迫力が違いますね。 もともと勘三郎丈の舞台は元気ですけれど 親子三人そろいますとスゴイです。(^^ゞ また とにかく、三人の所作が綺麗でピッタリそろっているのに驚きます。 一糸乱れぬ っと、言うのは こういう事かしらっと思います。 回数を重ねた舞台だという事がわかるのですが それでも、初日とは思えない完成度です。 前シテの狂言師での踊も 白と赤の獅子頭を手にして三人の息がピッタリ合い さらに、キビキビしたテンポのいい運びで 見ておりましてとても楽しいです。 >かかる嶮岨(けんそ)の巌頭(がんとう)より >剛臆(ごうおく)ためす親獅子の恵みも深き谷間へ 長唄のたぶんこのあたりだったと思うのですが 親獅子が仔獅子を谷に落とす前のところ 3度ほど決まるところがあると思うのですが 岩の上から三人で谷底を見下ろす感じが 決まり決まりでとても美しく見えます。 三人というのは居所が見た目に カッコよく決まるのですね。(^^ゞ 勘三郎丈が両脇のお二人の肩をポンっと叩いて 次の >蹴落とす仔獅子は ころ ゝ ゝ から >木陰にしばし休らいぬ で、仔獅子、勘太郎丈と七之助丈が花道に出るまで スゴク勢いが良くて軽快ですが所作に重みがあり 登る、落とすのせめぎあいに 見応えがございます。 仔獅子、勘太郎丈と七之助丈が花道に出ますと 舞台は勘三郎丈だけになります。 >登り得ざるは臆せしか ここから、サスガ勘三郎丈 上手いです。(^。^) ワタクシ素人ですので 見た感じ、感覚でしか書けませんけれど 前の‘動‘とのコントラストが見事で 静だけれど緊張感がございまして 所作がとても綺麗です。 >あら育てつるかいなやと >望む谷間は雲霧に 不安と、気がかりが 谷底を覗き込む様子から見えてきます。 こういう雰囲気・・・身につまされてわかるのですね。(^_^;) >水に映れる面影を >見るより仔獅子は勇み立ち ここから一気に花道にいた仔獅子が舞台に上がります。 >駈け上りたる勢いは 目覚ましくもまた勇ましし っと続くのですが まさにこのとおりでございまして 勘太郎丈、七之助丈の勢いは客席で見ておりまして嬉しくなってしまいます。 >胡蝶に心和(やわら)ぎて >花に顕われ葉に隠れ から舞台中央で差金の蝶を使って勘三郎丈の所作になります。 ここも、前の‘動‘から‘静‘になるところです。 勢い良く動くところではございませんので 自力の見えるところかと思います。 この後 蝶を追って お三人が花道から鳥屋へ入ると 舞台は間狂言になります。 間狂言は「宗論」で 彌十郎と亀蔵丈がお勤めです。 全体に「連獅子」の中での舞台っというバランスが良いです。 間狂言ですので 面白いわけですが ただ、おかしいという事ではございませんで 砕け過ぎているわけでもなく、かと言って品がよすぎてつまらないと言うわけでもなく 「連獅子」という長唄舞踊の中の一コマというバランスが良いのです。 再び大薩摩で >それ清涼山の石橋は っと唄い 静寂の中での、牡丹の雫の‘トントン‘っという太鼓の音で後シテになります。 ここの出は「鏡獅子」などでも同じですが 何度聞いてもワクワクします。 >獅子団乱旋(とらでん)の舞楽のみぎん ここから獅子の狂いとなるわけですが お三人の‘巴‘がスゴイのですね。 速くて、ピッタリ合っていて美しいこと!!! 見ていて嬉しくなってしまうくらい豪快で圧巻です。 え〜もう、ここは理屈ではなくてですね‘見てください‘としか言いようがないです。(^^ゞ この一幕は 歌舞伎をゼンゼン知らなくてもゼッタイ面白いと思う舞台でしょね。 で、全体に見ておりまして七之助丈が良いですね。 まあ、好みもございましょうけれど(笑) 女形で線が細いですが、所作のキレが良くてキッパリ感があり 決まった時の形がとても綺麗です。 ☆「人情噺文七元結」の今回の舞台はシネマ歌舞伎を意識した舞台で 山田洋次監督が補綴し、落語三遊派宗家監修(ワタクシ存じ上げませんで どの様なお方なのかと思いまして、チョッとぐぐってしまいました。この様なお方なのですね。)ということで 歌舞伎の「文七元結」より落語の「文七元結」に沿った展開の様なのですが 勘三郎丈のニンのお役という事もあるのでしょう、それほど違和感を感じる事はございませんでした。 また、舞台の大道具なども 長兵衛の家など普段見慣れておりますものと少し感じが違いますが このあたりも気になるほどではありません。 それよりも やはり、この座組みで世話物で面白味のある舞台ですので 笑いを取りに行く場面が多々ございまして どちらかと言えば、その方が目に付きました。(^_^;) 昼の部ラストの演目ですが この舞台も初日とは思えないほど段取りや台詞がシッカリしておりました。 それで、勘三郎丈のテンションが落ちていないのですね。 スゴイと申しましょうか どうぞ楽日まで頑張ってくださいっと申しましょうか お体にお気を付けくださいませっと申しましょうか その様に思ってしまいました。 幕開きは長兵衛内の場から始まります。 まだ薄暗い舞台の下手から勘三郎丈の出になるのですが 雰囲気があるのですね。 内に入ってお兼とのやり取りになるわけですが ここは勘三郎丈・長兵衛も良いですが 扇雀丈のお兼が良いと思いました。 ここで、お兼がシッカリと 長兵衛、お兼、娘・お久の関係を話し それゆえ、なおさらお兼がお久を案ずるのだという‘絆‘を明確にするので これから先のお話の展開に納得できます。 長兵衛を相手にしての台詞ですが 十分に心情が伝わります。 藤助が来てからの勘三郎丈の間は絶妙です。 けして笑いを取ろうとするのではなくて、それでも笑えるのですが その笑いが、こんな感じ(^_^;)の笑いなのです。 なので、この場面でお兼が転がるのはチョッと目に付きます。 この後も何度か同じ様なシチュエーションで転がるのですが・・・そんなに何度も転がらなくてもっと思ってしまいました。(笑) 山左衛門丈の藤助、軽妙な感じに好感が持てます。 角海老では、やはり芝翫丈のお駒が大きいです。 初日でチョッと台詞が危ない感じもいたしましたが 世話でキッチリした台詞ではございませんので あまり気になることもございませんでした。 角海老の女房としての大きさもあり また、お久に対する優しさもあり 気さくだけれどキッチリするところは曲げない カッコイイ感じがございます。 どうも今回の舞台は周りが良いのですね。 この場でも 芝のぶ丈・お久がとても良いです。 お久の台詞、世話にしても歌舞伎の感じとは少し違っている雰囲気がございまして 場合によっては、とてもムズムズする感じがするのです。 が、今回のお久は良かったです。 筋書きの中でここのところの台詞について書かれておりますが ふたりで泣き出したところの台詞もちゃんと歌舞伎になっていると思います。 それと鶴松丈、可愛いですね。 背が伸びたでしょうか? 拝見するたびに背が高くなっているような気がするのですが。(笑) とても丁寧に舞台をお勤めになっている感じがいたしました。 勘三郎丈の長兵衛 ここの場面は芝翫丈の‘それでね‘とか‘あ〜‘とか、微妙な間の台詞を受けて それでも、崩れることがございません。(^^ゞ 後半、しんみりしたところで 足がしびれて気分を変えますが ここの笑いも、こんな感じの(^_^;)笑いでございまして 加減が良いです。 女物の着物で袂を腕に挟むところなども ほんと、上手いです。 小山三丈、とっても可愛くって綺麗でした。(^。^) 大川端は今回の舞台で一番、勘三郎丈・長兵衛が良いと思った場です。 「命は金にかえられねえ。」 この一言が とっても良いです。 ここまでの積重ねがあって 懐の金の重みが十分に分かっていて さらに‘絆‘を持たない文七を目の前にして それで出た長兵衛の一言なわけで 生きている台詞に聞こえます。 長兵衛にはこういう価値観があるから他の事がトンチンカンでも見ていられるのだろうな〜などと思ってしまいました。(^^ゞ 勘太郎丈の文七は 全体には良いと思いますが、やはりなんとなくウケ狙いを感じてしまいました。 再び長兵衛の内になります。 ここは幕切れに向かってめでたしめでたしでお話を収めていくところですが 何で、長兵衛はいつまでも一人でボケているのでしょうか? 面白いとは思いますが そこまで引っ張らなくてもいいのではないのかしら? とも思います。 幕切れ前には 長兵衛も、文七の相手がお久だと気付くわけですから 笑いを引っ張っているように思えてしまうのです。 私は後から筋書きを読みまして‘長兵衛ひとりがよくわかっていない方がおかしいし悲しい‘っというところからきているのだろうなっと思いましたが 舞台を見ただけでは?でした。 さらに、その様な長兵衛が「命は金にかえられねえ。」なんて言うのかな?とも思いました。 このあたりは長兵衛のキャラクターの捉え方にもよるでしょうし また、舞台の展開の好みにもよるのだろうなっと思います。 |