| |
| 歌舞伎座 昼の部 三階B上手よりの席 |
*松竹梅 長唄囃子連中 *平家女護島 俊寛(へいけにょごのしま しゅんかん) 一幕 *歌舞伎十八番の内 勧進帳 長唄囃子連中 *六歌仙容彩 喜撰(ろっかせんすがたのいろどり きせん) 清元連中 長唄囃子連中 |
松竹梅 松の巻 在原業平:梅玉 舎人駒王:橋之助 竹の巻 奴光内:歌昇 雀笹平:信二郎 雀藪平:松江 雀雪平:高麗蔵 梅の巻 梛の葉:魁春 化粧坂の少将:孝太郎 大磯の虎:芝雀 近江の国、野路の玉川に在原業平が舎人・駒王を供にしてやって来ると 秋の風情を思いながら優雅に舞はじめます。 駒王が軽妙に踊り やがて業平と駒王が華やかに舞い納めると 野路の玉川を眺めつつ立ち去ります。 奴光内と雀の精が賑やかに 吉原雀の様子を踊り 続いて、竹のめでたさを華やかに舞い納めると この場を去るのでした。 富士の裾野の近く 工藤祐経の奥方・梛の葉(なぎのは)が 傾城の大磯の虎と化粧坂の少将とともにやって来ます。 そして夫・工藤祐経が河津三郎祐安を討ち取った様子を話します。 話し終えると 梛の葉、大磯の虎、化粧坂の少将は賑やかに舞い納めます。 平家女護島 俊寛(へいけにょごのしま しゅんかん) 俊寛:吉右衛門 千鳥:福助 丹波少将成経:東蔵 平判官康頼:歌昇 瀬尾太郎兼康:段四郎 丹左衛門尉基康:富十郎 あらすじはこちらからどうぞ 歌舞伎十八番の内 勧進帳 弁慶:幸四郎 富樫:梅玉 義経:芝翫 あらすじはこちらからどうぞ 六歌仙容彩 喜撰(ろっかせんすがたのいろどり きせん) 喜撰:勘三郎 お梶:玉三郎 舞台は満開の桜 ここに、ほろ酔い加減の喜撰法師がやって来ます。 すると被衣を被った茶屋女・祗園のお梶が通りかかり 喜撰法師はあまりの美しさに驚きます。 お梶に一目惚れの喜撰法師は軽妙に踊り お梶をかき口説こうとします。 お梶がこれに応えて艶やかに踊ると 喜撰法師もまた、賑やかにチョボクレを踊ってみせるのでした。 喜撰法師が踊るうち お梶はこの場を去り かわりに、所化たちが喜撰法師を迎えにやって来ます。 所化たちは賑やかに住吉踊りを踊り、喜撰法師は女の真似を踊ると 華やかに舞い納め 所化たちを引き連れ戻って行くのでした。 |
☆この「松竹梅」はご祝儀舞踊でございますが 以前(2006年06月25日)拝見いたしました「君が代松竹梅」とは異なりまして 新作舞踊でございます。 松・竹・梅の三段返で長唄の舞踊です。 松は‘業平‘ 竹は‘奴と雀‘ 梅は‘曽我物‘ を元にしています。 幕開きは暗転からで パッと明るくなりますと板付きで梅玉さんと橋之助さん 背景は金雲と松 それに長唄のひな壇、これは前面が金雲と同じになっておりまして いつもの紅毛氈で全部を被ったものではございません。 背景とあわせた様です。 梅玉さんの業平が やはり、ピッタリの感じでございまして とても優雅な風情です。 橋之助さんの駒王は舎人ですので女性ではないのですね。 まあ、あたりまえですけれど・・・。 所作の中で 業平に対して女性風の所作がございますけれど それならいっそ舎人ではなくて女性のお役の方が華があったのではないかしらっと思いました。 単に私の好みですけれど(笑) 梅玉さんの業平には風情の良い艶っぽさが似合うかな〜などと思ったのでした。(^^ゞ 長唄の曲の感じはゆったりと優雅な感じです。 花道からお2人が引っ込みますと 舞台後方の背景が上がって竹の背景に変わり 雀が下手から出てきます。 この雀は頭に力紙を付けまして ちっちゃかわいい雀です。 ここに奴の歌昇さんが花道からの出で加わります。 全体には鳴り物が強くなって、笛が強いので リキのある感じの舞台です。 雀と奴がセリで下がると 再び後方の背景が上がり、今度は舞台上方から紅白梅が下りて 梅の舞台に変わります。 ここは曽我物を意識した舞台でございまして お正月らしさを気にした所作事になっているようでございます。 魁春さん、孝太郎さん、芝雀さんがそれぞれ 梛の葉、化粧坂の少将、大磯の虎で 曽我のお話の工藤と河津のくだりを所作で見せていきます。 ところどころに‘対面‘を思わせるところなどもあります。 三段目のところでございますので曲の感じもテンポの良い華やかな雰囲気です。 それぞれにメリハリが良く 長唄の曲の感じも異なり 舞台を見ておりましても華やかですけれど 耳にも楽しい舞台です。 もともと私は長唄の舞踊が好きなのですが 朝一番の舞台でとても華やかで明るい感じの舞踊です。 ☆「俊寛」は1719年初演の全五段からなる時代浄瑠璃「平家女護島(へいけにょごのしま)」の二段目の切にあたります。 ご参考に、こちらで「六波羅の段」と「鬼界ヶ島の段」を読むことができます。 (TOP:http://homepage2.nifty.com/hachisuke/index.htm) こちらにございます「六波羅の段」を見ますと 舞台の中で瀬尾が言っておりました、あづまやの事が書かれております。 で、「鬼界ヶ島の段」が >もとよりもこの島は、鬼界が島と聞くなれば、鬼ある所にて、今生よりの冥途なり。 っと始まりまり ここが今回の舞台の「俊寛」という事になります。 平家女護島・俊寛の舞台は1177年の鹿ヶ谷事件(ししがたにじけん)から約3年後の話です。 鹿ヶ谷事件の折の罪で俊寛、康頼、成経の3人が鬼界ヶ島に流されて3年経ったところで 高倉天皇の中宮・徳子(清盛の孫娘です)の懐妊による恩赦があり 使者の船が来るわけです。 今回の舞台の義太夫は清太夫で 吉右衛門さんの俊寛にピッタリの語りでございます。 舞台は幕が開きますと‘もとよりもこの島は・・・‘っとオキになりまして浅葱幕が落ちて浜辺の俊寛の小屋の場面になります。 上手奥から俊寛の吉右衛門さんが出ていらっしゃいますが もう、ヨロヨロ。 後から舞台に来ます康頼、成経の2人から比べると 一人、ヨロヨロボロボロな感じです。 ですけれど 康頼、成経の2人が熊野権現を勧請して祈願していても 俊寛は別行動でありますし このあたりは俊寛の現状に対しての思いがより深刻なのかと思えます。 で、吉右衛門さんの俊寛ですが 現状に対して持つ失意や屈辱と これに相対する仲間への思いや優しさが ヨロヨロとした足取りでありながら、‘なぜ訪ねてくれなかった‘っと悲しみ また、成経と千鳥の話を‘聞きたい聞きたい‘っと嬉しそうに尋ねる様子に滲んで見えます。 とくに、成経と千鳥の話を聞きたがる俊寛のほのぼのとするほどの優しそうな雰囲気は 逆に、現状の厳しさを見るようでもあります。 吉右衛門さんの俊寛は、哀愁漂うと申しましょうか 優しい感じで、それゆえなおさら結末が辛くなります。 千鳥に父親になって欲しいと言われた時の 吉右衛門さんの俊寛の嬉しそうな感じが 後半に自分だけ名前がなく「とくに捨身し死したらば、この悲しみはあるまじき。」となる 嬉しさと悲しみのコントラストが 前半のほのぼのとするほどの優しさと後半の驚きとしぼり出すような悲しみによってクッキリ見えてきます。 さらに あずまやの死から 瀬尾を斬って千鳥の代わりに一人残る決心をする 急展開な心情の変化を過度にならない、しかし篤みのある舞台で見せてくれます。 特に、印象に残りましたのは最後 船を追って岩に登ったところからです。 登りきって客先から見ると松の枝の向こう側で ほんの一瞬決のほど良い間から 枝に手をかけ折れるところ 俊寛のあきらめきれない心情を過度にならない歌舞伎の範疇で、なおかつ十分に客席に伝えていると思います。 さらに枝が折れて岩の淵まで来て ここでようやく「お〜い」っと一言です。 これも なんと申しましょうか すがるような感じなのです。 あきらめた、思い切ったはずなのに 現実はあきらめきれない、思い切れないギャップが見えます。 自分が選んだ孤独と過酷な生が 現実として目の前にある事に呆然とする様な感じです。 吉右衛門さんの俊寛は ガンガン声を限りに叫んで手を差し出すのではいのですが それゆえ、よけいにどうにもしようのない寂しさを感じます。 叫ばない分、手を伸ばさない分 心が叫んで前に出て見え 一言の「お〜い」がどうしようもないほどの孤独感を伝え 呆然とした無言の視線が絶望感を伝えます。 この幕切れはかなり印象に残りました。 それから段四郎さんの瀬尾に‘義‘を感じました。 このお役は‘赤面‘で憎まれ役ではあるのですけれど 単純に‘悪‘ではなくて‘自分の勤め‘の線上で‘義‘あるいは‘清盛の力への義‘を振りかざすための周囲との不具合の様に思われるのです。 ここが鬼界ヶ島であるための 京ではないゆえの不具合といった感じです。 で、段四郎さんの瀬尾はハラがしっかりあって 瀬尾が鬼界ヶ島に来た理由を押さえているので 憎々しさもさることながら、ここに‘力への義‘を感じるのでございます。 なので 俊寛の申し立てに対する瀬尾の態度が単純に‘嫌なやつ‘という事ばかりではなく見えるので 舞台に深さ篤さが出ます。 また、富十郎さんの丹左衛門との心情の違い ここへくるまでの経緯の違いが見えてきます。 で、段四郎さんの瀬尾と対して 富十郎さんの丹左衛門が単に裁き役というばかりではなく やはり鬼界ヶ島へ来るまでの状況や経緯を感じさせます。 富十郎さんの丹左衛門はキッパリとしかし分別があり 情もあるが流されない ケジメの見える丹左衛門です。 「船路関所の通り切手、二人とある二の字の上に、能登殿が一点加へて三人とせられしさへ私なるに、四人とはどなたの赦し。所詮六波羅の御館へ渡すまでは我々が預り、乗らぬとて乗せまいか。」 ここの台詞の時の 瀬尾・段四郎さんと丹左衛門・富十郎さんが、清盛と重盛の様子を舞台に浮き上がらせます。 お2人の相乗効果と言った感じです。 この舞台でたった一つの華が千鳥なのですが 福助さんの千鳥、2箇所ほど?のところがございます。 前半はわりと良かったと思います。 単純に可愛いばかりではなく元気があって チョッとオキャンピーな感じですが それがかえって千鳥は島の海女なのだなっと思わせて良いと思います。 で、後半「武士は、ものの哀れ知るといふは偽りよ、虚言よ。鬼界が島に鬼はなく鬼は都にありけるぞや。」の一連の台詞まではとっても良くて せつなさ可愛いさの中にシッカリ時代浄瑠璃としての舞台であったのですが ここから後、癪を起こして「あっ痛!」ってここが この台詞が、どうしてオチるんでしょう。 まさか、ここで笑いを取ろうという事ではないと思うのですけれど・・・。 それとさらに後の場面で 俊寛と瀬尾が争うのを竹杖で俊寛に加勢するところも どうもイマヒトツです。 他の場面が良かったので 何だか、とてももったいない感じすらいたします。 ☆「勧進帳」は能の「安宅」を元にした舞台で 1840年の初演で歌舞伎十八番の一つでございます。 今回の「勧進帳」は、どちらかと言うと‘見やすい‘「勧進帳」でございます。 コッテリ、ジックリはしていないのですが サラサラと軽いというより、テンポが良いという感じに見えました。 台詞がチャンと耳に入ってきて 言っている事がかなりハッキリ聞こえて理解できるのですね。 で、疲れません。(笑) 「勧進帳」を見た後って 舞台がドッシリ重いのでグッタリ疲れるのですけれど(笑) 今回は楽しく見る事ができました。 ノリの良い勧進帳でとても見やすいのです。 「勧進帳」はモット重いものだと言えば、そうなのでしょうけれど でも、これはこれで見応えのある舞台だと思います。 分かりやすい「勧進帳」です。 今月の様に 昼夜8演目、さらに結構ヘビーな演目の多い中 ちょうどの勧進帳でありました。 幸四郎さんの弁慶は上手いと思います、私は良いと思いました。 分かりやすい、あるいは見やすい弁慶です。 ですけれど けして軽くはございません。 はじめの花道の出のときの呂の一声「は〜」っと一言 これがとっても重い一声で とても良いのです。 この一言が 弁慶のハラだと思いました。 あ〜この弁慶はハラが深いなっと感じました。 舞台に出てから一貫して見えたのは この弁慶は‘とにかく少しでも早く義経に関所を通ってもらいたい‘という‘義経への思い‘でございます。 富樫とのやり取りも義経の関所越えの目的のためっという事が 舞台を見ていて伝わるのです。 なので、全ての事柄がこの思いを中心に発せられていて テンポの良さも、流れの速さも 許容できるのでございます。 はじめの一声から感じた深さ重さがあってこそ許容できうる流れの良さかと思います。 さらに幸四郎さんの延年の舞は、後半になって見ても上手いと思いました。 ミーハーの私など ともすれば後半、このあたりになるとスッカリくたびれてきてしまうのですが(^^ゞ その様な事もなく飽きる事もなく見きる事ができました。 それと花道からの六方での引っ込みの前のご挨拶ですけれど 幸四郎さんはスッと上方を向いて一礼なのですね。 場内を見渡さないのですけれど 意味合いとしてはこちらの方が理解しやすいので良いと思います。 梅玉さんの富樫は ケッコウ見たいと思っておりまして 今回ようやく拝見できました。(笑) 幸四郎さんとのバランスも良くて こちらも期待した甲斐のある富樫でした。 品格もあり やはりニンなのでございましょう。 それにいたしましても・・・舞台を見ておりまして こんなに緊迫感のある梅玉さんもあるのだな〜っと妙に感心してしまいました。(^^ゞ さらに はじめの上手からの引っ込みの時 スゴク泣いていまして クット斜め上方に顔を向けるだけではなくって その前にブルブルって感じで頭を振るんですね。 こんなに泣かなくってもっと思ったのですが こんなに感情を動作で見せる梅玉さんに‘へ〜、こういう事もあるんだ‘っと 変に感心してしまいました。(笑) で、芝翫さんの義経は御大将としての品格、重さ、深さがあって やはり舞台の篤さが増す感じです。 ☆「喜撰」は「六歌仙容彩(ろっかせんすがたのいろどり、うたあわせすがたのいろどり)」のなかの一つです。 「六歌仙容彩」は「化粧六歌仙(よそおいろっかせん)」という舞踊を元に 1831年に初演された舞踊です。 はじめの「化粧六歌仙」には簡単なストーリがございました。 小野小町に想いを寄せる深草の少将は小町が自分になびかないので 下男が5人の歌仙に変装して小町を口説きます。 最後の黒主に変装したとき、実はこの下男は五代三郎というもので謀叛を明らかにするために下男になっていたのだと分かります。 この様なあらすじでございますが これを(2)芝翫が単純な5つの展開を持った舞踊にしましたのが「六歌仙容彩」でございます。 「文屋」と「業平」については あらすじなどこちらにございます。 今回の舞台の「喜撰」の流れは下記の様な感じです。 神社の境内を思わせる様なお囃子が聞こえましてからの幕開きで 幕が開きますと清元(舞台下手)と長唄(舞台中央奥)の掛け合いの舞台となります。 清元 >わが庵は 芝居の辰巳 常盤町 しかも浮世を離れ里 ここはオキで ここから 清元 >世辞で丸めて 浮気でこねて 小町桜の詠めにあかぬ で花道から瓢箪をさげた桜の枝を担いだ喜撰がほろ酔い加減で出て 七三での踊りの後、舞台に出ます。 長唄 >もしやと簾をよそながら 喜撰の花香茶の給仕 で 舞台にお梶が出ます。 ここから清元と長唄の掛け合いになります。 喜撰が坊主頭に手拭で鉢巻をするあたりです。 長唄 >今日の御見の初昔 悪性と聞いてこの胸が 朧ろの月や松の影 清元 >わたしゃお前の政所 いつか果報も一森と 褒められたさの身の願い ここからがお梶のクドキになり眼目です。 端唄 >賤が伏屋に糸とるよりも 主の心がそれそれとりにくい ここはお梶の手拭を持っての踊り。 長唄 >やれ 色の世界に出家を遂げる ここから桜の枝を錫杖の代わりにして 喜撰のチョボクレになります。 長唄 >衆生 手だての歌念仏 念仏踊りで ここでお梶は上手に引っ込み 花道から喜撰の弟子の坊主たちが喜撰に意見という事で長柄の傘を持って 喜撰を迎えにやって来ます。 ここで弟子の坊主の住吉踊りになり 清元 >姉さん おん所かえ 島田金谷は川の間 で、喜撰の女形の悪身を見せ 清元 >来世は生を黒牡丹 おのが庵へ帰り行く で納めます。 ・オキ(置):幕が開いてから登場人物が出てくるまでの事で、長唄や浄瑠璃の導入部分です。 ・チョボクレ:願人坊主が錫杖を持って門付けに歌った歌です。 ・念仏踊り:太鼓・鉦(かね)などを打ち鳴らし、節をつけて念仏や和讚(わさん)を唱えながら踊ること。この舞台では喜撰とお梶が鉦を鳴らしています。 ・住吉踊り:願人坊主の踊りで‘かっぽれ‘の原型。住吉神社から出たもので 長柄の傘の周りを願人坊主たちが踊ったものです。 ・悪身(わりみ、わるみ):立役が女の振りで踊ることです。この舞台では喜撰が鴇色の姉さんかぶり(台形の被り物)をして踊ります。 で、今回の舞台の感想ですが・・・。 勘三郎さんの喜撰は花道の出のところから スゴク艶っぽい坊さんでございまして(笑) 軽妙な枯れた感じの色気と申しますより ソフトで白塗りの様な艶っぽさなのでございます。 ですけれど、ワタクシは この艶っぽさが好きだったりいたします。(^^ゞ ここに玉三郎さんのお梶ですから ドキドキするくらい色っぽくて艶っぽい舞台に見えました。 お梶は茶屋女でございますが 元は小町です。 玉三郎さんのお梶は 茶屋女にくだけてはおりますけれど しっとりした品の良さを感じさせる柔らかな雰囲気でございます。 この‘元は小町‘のお梶と ‘軽妙な‘喜撰坊主の コントラストが面白いのかもしれないのですが とりあえず今回の舞台は お2人の妙に色っぽい、けれど息のピッタリあった久しぶりの舞台をオモイッキリ楽しんでしまった と、言う感じです。 ホントニ、お2人とも楽しそうと言うか、ノリが良いと言うか そんな風に見えたのですけれど。(^^ゞ まあ、昨年7月以来の玉三郎さんの舞台でございますし 勘三郎さんも一年ぶりの歌舞伎座ですので 見ております私のほうのテンションが高すぎたのかもしれませんが・・・。(笑) |