2006年11月23日           もくじへ戻る トップページへ戻る 
    歌舞伎座 夜の部   三階A中央の席

  *鶴亀
    長唄囃子連中

  *良弁杉由来(ろうべんすぎのゆらい) 二月堂
    一幕

  *雛助狂乱
    長唄囃子連中
   五條橋
    長唄囃子連中

  *天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな) 河内山
    二幕 質見世より玄関先まで


鶴亀
 女帝:雀右衛門
 鶴:三津五郎
 亀:福助

舞台は新春の宮廷 節会が催される中、現れた女帝は 数多の役人や公卿の拝賀を受け、集まった民衆も礼拝します。
拝賀の後、嘉例によって長寿の舞を鶴亀が舞い 女帝自らも国土繁栄を願って舞うと、めでたく舞い納め 長生殿に還御するのでした。






良弁杉由来(ろうべんすぎのゆらい) 二月堂
 渚の方:芝翫
 良弁大僧正:仁左衛門

舞台は春日大社 ここへ、日々 東大寺の良弁大僧正は参拝し、二月堂の傍らにある杉の大木に礼拝しに来ます。
良弁大僧正は幼い頃に大鷲にさらわれましたが この杉の大木に落ち、引っかかったところを助けられたのでした。
長年の修行の末、現在では大僧正になりましたが 今でも、親への思いはつきません。
そのようなある日 杉の大木に‘幼い我が子を大鷲にさらわれ捜している‘という貼り紙に気付き 貼り紙を貼った老婆と会います。
話を聞けば この、老婆こそ長年慕い続けた母親・渚の方でありました。






雛助狂乱
 秋田城之助:菊五郎

雪の降る中、秋田城之助が佐野源左衛門の館にやって来ます。
秋田城之助は狂乱している様に見えるのですが 館の内を気にして様子を窺っています。
すると秋田城之助に気付いた捕手たちが打ちかかり、立ち回りとなります。
しかし、扇を手にした秋田城之助は 降る雪を振り払う様に捕手たちを振り払います。
秋田城之助は館に潜む悪人の様子を見に来たのでした。



五條橋
 武蔵坊弁慶:富十郎
 牛若丸:鷹之資

舞台は五條橋 折りしもここへ、天神へ願掛けをした弁慶が 満願の日とあって、やって来ます。
弁慶は 近頃、五条橋に現れるという武芸に優れた少年に対決を挑むためにやって来たのでした。
やがて薄衣を揚げた女性が現れますが 実はこの女性が、弁慶が待っていた少年でした。
弁慶は薙刀で斬りかかりますが 少年は軽々と身をかわし ついには弁慶を打ち負かします。
この少年が鞍馬山にいる牛若丸であると知った弁慶は主従の誓いをするのでした。






天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな) 河内山
 河内山宗俊:團十郎
 松江出雲守:三津五郎
 宮崎数馬:友右衛門
 腰元浪路:門之助
 後家おまき:右之助
 北村大膳:弥十郎
 和泉屋清兵衛:歌六
 高木小左衛門:段四郎

序幕
上州屋見世先の場
舞台は質屋・上州屋 ここへお数寄屋坊主の河内山宗俊が木刀を質種に五十両を要求し 番頭に断られると、後家のおまきを呼ぶように言います。
河内山と女中が押し問答になるところへ おまきが現れ 松江侯の屋敷に名を浪路と改め、奉公している娘が松江侯に見染られたが 許婚のある浪路がこれを断ると 松江侯は浪路を一間の内に押し込めてしまい どうしたものかと皆で思案している事を話します。
これを聞いた河内山が 良い考えがあるから二百両出すように言うと 折から奥で様子を聞いていた 上州屋の親類・和泉屋清兵衛が前金百両を出し、浪路を救って欲しいと頼むのでした。



二幕目
第一場 松江邸広間の場
舞台は松江邸 腰元たちが心配しているところへ浪路を追って松江出雲守がやって来ます。
松江出雲守は意に従わない浪路を手討ちにしようとしますが近習の宮崎数馬がこれを止め諫言します。
しかし、宮崎数馬を良く思わない北村大膳は 宮崎数馬と浪路が不義の仲だと言うのでした。
北村大膳の言葉を信じた松江出雲守が宮崎数馬を問いただすところへ家老・高木小左衛門が現れ宮崎数馬を助けると 松江出雲守に諫言するのでした。
怒った松江出雲守が高木小左衛門を斬ろうとしますが 折りしもここへ、使僧・北谷道海が入来したと告げられます。


第二場 松江邸書院の場
使僧・北谷道海と名のるのは実は河内山宗俊 応対に出た高木小左衛門に松江家の興廃にかかわる事だと言い 病を口実に姿を見せない松江出雲守を呼び出します。
松江出雲守が姿を見せると、河内山は 碁好きの御門主は浪路の親類・和泉屋清兵衛と碁敵でなので、浪路を連れ戻して欲しいと頼まれ こうして自らが使僧として来たのだと言います。
なかなか承知しない松江出雲守に 河内山は、老中に言上すると脅しをかけ 承諾させるのでした。
河内山を使僧・北谷道海と思い込んでいる松江出雲守は家臣にもてなしの用意をさせますが 河内山は山吹の茶を所望すると言い、金子を受け取るのでした。


第三場 松江邸玄関先の場
舞台は松江邸玄関先 浪路を助け出した河内山が立ち去ろうとするところを 北村大膳が呼び止め 高頬の黒子を証拠に河内山と見破ります。
しかし河内山は若年寄へ差し出せば今日の仔細を話すと脅し居直ります。
ここへ高木小左衛門が現れ北村大膳を制し 河内山を使僧・北谷道海として帰すのでした。




☆「鶴亀」は長唄の祝儀舞踊で謡曲をそのまま長唄にしたのだそうでございます。
まあ、あまりよくわからないのですけれど(笑) 夜の部初めの演目でございますので 華やかに見られれば良いかな〜などと思いつつ拝見しておりました。(^^ゞ

片しゃぎりで幕が開きまして 舞台は松羽目物の舞台で、長唄囃子のひな壇が出ています。
そこへ、雀右衛門さん三津五郎さん福助さんがセリで上がってまいります。
とても品の良い華やかな舞台です。

雀右衛門さんは、お元気なご様子に見えました。
もう楽に近い時分でもございますので調子も上がっているのでございましょうか わりと、立ったり座ったりの回数もあり 舞踊の振りも回るところなどもございますけれど どれも、やはり綺麗で なにより、吸引力がございます。
三津五郎さんは昼の部に引き続きご苦労様でございます。
やっぱり、動きの線がメチャ綺麗です。
福助さん、またチョッとすっきりしたのかしら?っと思いましたけれど・・・。
品の良い舞台でございました。





☆「良弁杉由来(ろうべんすぎのゆらい) 二月堂」は1887年(M20)初演の人形浄瑠璃で、後に歌舞伎に移された舞台でございます。
明治期の仏教排除の動きに対して、仏教保護の目的も担った 観音霊験記を集めた長編のお話ですが 後に、人気のある演目のみが残りました。
壺坂霊験記や、この二月堂が 残った舞台でございます。
「良弁杉由来」は‘良弁大僧正が幼少の折、大鷲にさらわれ 義淵に助けられ養育さらた‘と言うお話を元にしています。
お話の流れはケッコウ単純でございまして どちらかと言えば たぶん、お話の展開を見るというよりキャラクターの心情をくみとる舞台ではないかと思います。

で、仁左衛門さんの良弁大僧正は マッタク良弁大僧正その人でございます。
も〜ピッタリです。
仁左衛門さんって 与三郎の様なアウトローなキャラクターも良いですし 昼の部の八汐の様なキャラクターも良いですし 菅丞相や、この二月堂の良弁大僧正の様なキャラクターもぴったりで ほんと!上手いです。
幕開きは花道から供侍の松之助さん、蝶十郎さん、三津右衛門さん、三津之助さんの出で さきぶれの後、舞台の二月堂から僧の列が出てきます。
で、大三重の三味線で仁左衛門さんの良弁大僧正の出になります。
ここ、ほんと‘おごそか‘という雰囲気でスゴイ貫禄なのですけれど 姿がとっても綺麗なのです。
衣装が綺麗とかではないのですけれど 品格もさることながら、とにかく美しい姿なのでございます。
杉を見上げて涙するところなど 染み出るような切ない想いが伝わります。

芝翫さんの渚の方ですが お辻さんかと思ってしまいましたよ〜。(^^ゞ
可愛らしい御婆さんではございますけれど 後室って感じではなかったかもしれません。
っと、言うか とっても元気な渚の方だな〜っと思いました。
なので、染み出るような雰囲気の仁左衛門さんと くだけた感じのオチャメな雰囲気のある渚の方で それぞれは良いキャラクターなのですが、お二人ですと、どうもバランスが良くないと申しましょうか チョッと心情の表れ方が違うかもしれないと思いました。





☆「雛助狂乱」は解説などを読みますと 1799年に上演された「媚?雪世界(うつくしきゆきのせかい)」の二番目所作事だそうで 初演が(2)嵐雛助丈であった事から「雛助狂乱」と名が付いたのだそうでございます。(?の文字は変換できませんでしたが‘催‘の‘イ‘を‘白‘に替えた字です)

で、舞台の様子ですけれど 狂乱を装った秋田城之助が佐野源左衛門の館にやって来て、館に潜む悪人の様子を窺ううち 捕手が来て立ち回りとなります。
まあ、ある様なない様なストーリでございますけれど・・・‘秋田城之助‘って誰?‘佐野源左衛門‘ってどこの人?っと・・・このあたりが私にはマッタク?でございまして 帰宅後、チョッと調べてみたのですけれど 調べた範囲では‘秋田城之助‘と‘佐野源左衛門‘のつながりが見えてきませんでした。
前後の詳しい内容は不明なのだそうですけれど イマヒトツよくわからない感じの舞台でございます。(笑)

菊五郎さんの秋田城之助は紫地の裃長袴で、燕手の生締の鬘です。
燕手の生締の鬘って仁木と同じ鬘でございまして これ、敵役とか凄みのある役に使うことの多い鬘なのですが 悪人の様子を窺いに来た狂乱を装う人物にしては チョッと感じが違うかしら?などと見ていて思いました。
そもそも、物狂いに見えなかったですし・・・。(^^ゞ

幕開き、舞台は雪景色で上手に長唄囃子のひな壇がございます。
雪景色に合わせて黒とグレー調の衣装でスッキリしたひな壇です。
そこに、花道から菊五郎さんの秋田城之助が狂乱の様子で現れます。
で、サッソク捕手との立ち回りで 全体に、舞踊というより舞踊の所作立ての立ち回りを見る舞台の様でした。
どうも、私には舞踊にはイマイチ見えませんでした。(^^ゞ
もちろん 立ち回り自体は シッカリ決まって良かったです。
ちなみに、この舞台の立師は菊十郎さんだそうでございます。




☆「五條橋」は1901年(M34)に作られた曲で 所作は立ち回りを中心にしているのだそうです。
お話は牛若丸と弁慶の五條橋での対決という よく知られたものでございます。

舞台は月夜で正面に長唄囃子のひな壇、六挺六枚 上手に五條橋です。
ひな壇に傳左衛門さんがいらっしゃいました。
ご苦労様でございます。
まあ、鷹之資さんがお小さいのに頑張っていらっしゃるのね〜っと その様な感じで、ノンビリ拝見いたしました。
富十郎さんも弁慶というより‘お父さん‘でございまして 鷹之資さんを見ながら動いていらっしゃるのが分かります。(笑)
鷹之資さんは、一つひとつ丁寧でとても綺麗な所作であると思います。
とくに、腕を伸ばした時の肩から腕の線がスッとしていて綺麗に決まっておりました。
これから楽しみでございます。





☆「天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな) 河内山」は1874年(M7)初演の黙阿弥作の舞台です。
で、この舞台とっても見たい舞台だったのですが 直前の20分の幕間に意識がなくなりまして 気が付きましたら 河内山宗俊・團十郎さんが花道で 「ば〜かめ」っと・・・。
ワタシのこと?






もくじへ戻る     トップページへ戻る     五十音順へ戻る