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| 新橋演舞場・花形歌舞伎 昼の部 三階正面の席 |
*番町皿屋敷 一幕二場 *歌舞伎十八番の内 勧進帳 長唄囃子連中 *弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ) 浜松屋見世先 より 稲瀬川勢揃いまで 一幕二場 |
番町皿屋敷 青山播磨:松緑 放駒四郎兵衛:猿弥 腰元お仙:松也 並木長吉:薪車 柴田十太夫:亀蔵 渋川後家眞弓:家橘 腰元お菊:芝雀 第一場 麹町山王下の場 舞台は麹町山王下 桜見に来た町奴の並木長吉らが茶屋で休むところへ 旗本の青山播磨が奴を供にやって来ます。 するとここへ、同じ町奴の放駒四郎兵衛も現れ 町奴が共にかねてより犬猿の仲の幡随長兵衛の身内と知れ 播磨と町奴は睨み合いになります。 しかし通りかかった播磨の伯母・渋川後家・眞弓が中に入り 播磨を諌め、四郎兵衛らに頼み この場を収めます。 四郎兵衛ら町奴がこの場を去ると 眞弓は身持ちが修まらないのは独身ゆえと、縁談の話を勧めます。 しかし腰元・お菊を想う播磨には その気はないのでした。 第二場 番町青山家の場 舞台は青山播磨の屋敷 折から、水野十郎左衛門を迎える宴のために 腰元のお菊と、お仙が家宝の皿を用意しています。 お菊はかねてより播磨と想い合う仲でしたが 播磨の縁談の話を聞き、気にかけていました。 お仙が皿の確認を終え、この場を去ると 思案していたお菊でしたが 播磨の本心を確かめるために、家宝の皿を割ってしまいます。 皿が割れた事を知った用人・柴田十太夫は慌てますが 帰館した播磨はお菊を許します。 お菊と二人になった播磨は 皿を割ったのがお菊ゆえ許すのだと言い、お菊の母親を屋敷に引き取り、お菊を嫁にするつもりだと話します。 するとここへ柴田十太夫が現れ、お菊がわざと皿を割ったのをお仙が見ていたと言います。 十太夫を退がらせた播磨は、お菊に真実を尋ねます。 そると、お菊は縁談の話に動揺し 皿と自分とどちらが大事なのか、播磨の心を試そうとした事を話します。 これを聞いた播磨は お菊を真実想っていた心を疑われたことに怒ります。 心を疑われた播磨の怒りは収まらず お菊を手討ちにしようとします。 播磨の本心を知ったお菊は 罪を認め、潔く播磨の手にかかり お菊を失った播磨は喧嘩の加勢のため館を駆け出して行くのでした。 歌舞伎十八番の内 勧進帳 武蔵坊弁慶:海老蔵 富樫左衛門:菊之助 亀井六郎:男女蔵 片岡八郎:猿弥 駿河次郎:段治郎 常陸坊海尊:市蔵 源義経:芝雀 あらすじはこちらでどうぞ 弁天娘女男白浪 弁天小僧菊之助:菊之助 南郷力丸:松緑 忠信利平:男女蔵 赤星十三郎:松也 浜松屋伜宗之助:梅枝 鳶頭清次:團蔵 浜松屋幸兵衛:家橘 日本駄右衛門:左團次 第一場 浜松屋見世先の場 舞台は浜松屋の見世先 ここへ振袖姿の武家娘・お浪が若党・四十八を供にやって来ます。 店の者は婚礼を間近にしたお浪を丁重にもてなしますが お浪が、あたりを気にしながら懐へ緋鹿子の小布を入れるのを見咎めた手代が、これを番頭に告げます。 番頭はお浪が万引きをしたと思い算盤で額に傷を負わせます。 しかし、お浪の懐中から出てきた小布は他の店の品でした。 浜松屋の若旦那・宗之助らは慌てて謝りますが 供の若党・四十八は聞き入れません。 来合わせた鳶頭・清次が中に入って話しますが やはり、事は収まらず 主人の浜松屋幸兵衛が十両を包んで詫びようとします。 しかし、四十八は百両を要求するのでした。 幸兵衛から百両を受け取りお浪と四十八が店を立ち去ろうとすると 奥から玉島逸当と名乗る侍が現れ、お浪が男だと見破ります。 正体を見破られたお浪は、振袖を脱ぎ胡坐をかきながら刺青を見せると 盗賊・弁天小僧菊之助 四十八は南郷力丸であると名乗ります。 これを見た浜松屋幸兵衛は二十両を渡し 菊之助と南郷はこの場を去ります。 二人が立ち去ると浜松屋幸兵衛は玉島逸当を奥へ案内するのでした。 玉島逸当は盗賊の首領・日本駄右衛門でした。 弁天小僧菊之助と南郷力丸も姿を現し 先刻の強請りは浜松屋の財産を全て奪うためのものでした。 しかし、話すうちに 宗之助は日本駄右衛門の、菊之助は幸兵衛の実子である事が知れます。 親子が再開を果たすところに日本駄右衛門一味に追手が迫った知らせがあり かねてより日本駄右衛門の手下・悪次郎が注文してあった小袖を幸兵衛が餞別に渡すと 日本駄右衛門らは浜松屋を去るのでした。 第二場 稲瀬川勢揃いの場 舞台は稲瀬川の堤 春雨の中 揃いの小袖を着た日本駄右衛門達は、大勢の捕手に囲まれ 次々に名乗りを上げると 捕手に立ち向かうのでした。 |
☆「番町皿屋敷」は岡本綺堂作の新作歌舞伎で1916年の初演です。 題名は怪談噺と同じですが お皿を割るというシチュエーションの他は違った展開のお話しです。 旗本の青山播磨という一本気な青年と いかにも‘恋する娘‘といった感じの腰元お菊の ある意味不器用な恋のお話です。(^^ゞ 幕開きスグの薪車さん、雰囲気がとてもよかったです。 少し前の‘長兵衛‘の時も、町奴のキッパリした感じがとても良かったのですが 今回も、スッキリキッパリした風情が江戸の町奴ってキットこんな感じだったのだろうなっと思わせます。 薪車さんって上方の方ですけれどね〜。(笑) 松緑さんの播磨は、いかにも青年っという感じがストレートに出ています。 若い感じが前面にあるので 後半のお菊に対しての‘なぜ疑うのだ!‘っと言う切ないほどの感情が見ていて違和感なく入ってきます。 許せない、やり過ごせない思いが ‘若い‘を理由に納得できるのでございます。 で、この‘若い、青年らしさ‘が 眞弓に対している時や 皿を割ったお菊を許し、母親を連れて来るように言う場面で効果的に出ていて それなので、最後の結果に より以上の‘やるせなさ‘を誘います。 お菊から、自ら皿を割ったと聞かされて お菊を想う心を疑われた事に気付いた時の 播磨のなんとも無念な悲しい悔しい感じが‘クット‘顎を引くような表情に見事に出ます。 「疑われた播磨の無念は晴れぬ。」っと言う台詞に ともすれば、客席で見ていて‘融通の利かない奴だな〜。‘とか‘女心と受け止めてやんなよ。‘とか‘ふところの小さい奴だ。‘とか・・・思ってしまう事もあったりするのですが(笑) 今回の松緑さんの播磨は 若さゆえの真っ直ぐさが‘疑い‘を許さないのだと思えるのです。 上手いと思います。 お菊を斬った後、井戸の淵に片足を掛けて ふっと、息を付くようにして井戸の中を見るように決まる感じの姿が なんだか色気があって良いのです。 ただ、‘許さない‘と叫んでいるだけではなくて 愁いがある雰囲気なのです。 芝雀さんのお菊は、可愛い感じの抜けない娘の雰囲気がございます。 精神的にマダ若くって、思い込んで煮詰まってしまった感情が見えてきます。 お菊はお菊で、やはり真っ直ぐに思いつめていて 精神的に大人の‘ゆとり‘とか‘遊び‘とかがない感じです。 で、この‘若い感じ‘の真っ直ぐさが伝わるので ‘恋する人の心を試す‘とか‘その方法に、なぜか皿を割る‘とか そこまでしておきながら‘最後には手を合わせて斬られる‘とか チョッと考えると?な部分が ‘若さゆえ‘っと、わりと違和感なくスンナリ入ってくるのでございます。 他、家橘さんが私のイメージの家橘さんでございました。 ☆歌舞伎十八番の‘あの‘「勧進帳」でございます。 「旅の衣はすずかけの 露けき袖やしほるらん 時しも頃は如月の きさらぎの十日の夜 月の都を立ち出て これやこの 行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂の 山かくす 霞ぞ春はゆかしける 波路遥かに行く舟の 海津の浦に着きにけり。」 マズは、海老蔵さんですけれど・・・大きくって見た目は‘いかにも‘弁慶なのですけれど どうしてでございましょうね 声が裏返ってしまうような感じで 何を言っているのかよくわからないのでございます。 勧進帳の弁慶の呂の声が裏声になってしまうこと度々で また、台詞が素になってしまうことも度々で 舞台を見ていてケッコウ辛かったです。(^^ゞ 花道からの出のところから 義経の問いに答える弁慶の超低音の声がマズ、聞こえません。(T_T) で、元々「勧進帳」というのは能の「安宅」を素材にしているわけで 歌舞伎の舞台であっても能を意識した展開になっています。 なのに、どうして あんなに表情豊かな 劇画タッチの弁慶なのでございましょうね〜。 目を剥いて、歯を剥いて、体をブルブル震わせて・・・激し過ぎる感じがいたします。 何もかにも飲み込んでハラの中でグッと押さえた強さ篤さ落ち着きがないのでございます。 対する、菊之助さんの富樫は 今回が初役ということで まだ、初日から5日でございますから 頑張ってはいらっしゃるのでしょうけれど・・・あっさりしすぎで緊張感が少ないです。 富樫が義経一行を通すという事は、自分も命がけなわけですから 命の重さを感じる緊張感がないと心情としてのリアリティーが出てきません。 弁慶が勧進帳を読み上げて これを、見に近づいてハットしたところで 弁慶と富樫の間に火花が散るのが見えないとスカな感じです。 パシッとスパークするものが欲しいです。 また、この後 続けて弁慶が勧進帳を読み上げている間 どうも、ただ見ているだけに見えてしまうのでございます。 富樫に、この間とくべつに大きな動きはないので 中側から出てくる緊張感をどれだけ客席に伝えてくれるかっと言う事の様な気がいたします。 前半のラスト、富樫が上手の臆病口に入る前にクット顔を横(上)に向けるところも 見た目美しく決まるのですが 軽い感じがするのです。 命がけ、自らの死があるわけなのに それでも、弁慶の思いに動かされて義経と知っていて関を通す決意が見えてこないのです。 とっても、ドライな富樫です。(^^ゞ 義経の芝雀さんと、四天王の段治郎さんが良かったと思いました。 芝雀さんの義経は「判官恩手を取り給い」のところから すっと前に出て、そっと手を差し出すところなど ほんの少し顔を傾ける感じで優しくて 弁慶を気遣う思いが伝わります。 段治郎さんは 寄せ合いの場面で表情にチョッと感情が出すぎかしら?っと思うところもございましたけれど 台詞がシッカリとしていて良く、歌舞伎味のある駿河次郎でございます。 で、弁慶の花道の引っ込みの時ですが なぜだかわかりませんが、かなり大きな声で、女性の笑い声が聞こえました。 私は3階にいたのですが‘キャッキャ‘という笑い声が聞こえてきました。 何かあったのでございましょうか??? とりあえず 今回の「勧進帳」は全体的には‘シーチキンライト‘でございました。 美味しいけれど、軽いから、お腹に溜まらない・・・そんな感じでございます。(^^ゞ ☆「弁天娘女男白浪」は 1862年初演の黙阿弥の世話の舞台です。 今回は‘浜松屋見世先‘と‘稲瀬川勢揃い‘の舞台なので「弁天娘女男白浪」ということでの上演です。(通しの時は本外題で「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」となります。) 昼の部、一番の舞台ではないかしらっと思いました。(笑) シッカリ見せていただきました。 浜松屋見世先は マズ、菊之助さんの弁天が良いですね、女形は綺麗だし。 (富樫がウソのようでございます。m(__)m) 松緑さんも菊之助さんと息がぴったりで良いです。 (水を得た魚のようでございます。m(__)m) で、もうお一方ピッタリと思ったのが家橘さん。 眞弓といい、幸兵衛といい、私の中の家橘さんのイメージです。(^^ゞ それと、團蔵さんの鳶頭がキッパリしていて‘江戸‘の感じってこんな風かしら、っと思わせます。 この見世先は‘いかにも‘っといった世話の舞台で 番頭与九郎の台詞などは昔の雰囲気のままだそうです。 他にもケッコウ細かいところまでシッカリできていて 足を拭いてから座敷に上がるとか 力丸の台詞の間の弁天の煙管や手拭を使っての所作など 世話の舞台らしい、また菊之助さんの舞台らしい舞台です。 全体に、初日からまだ間がないと申しましても シッカリと流れの良い舞台になっています。 稲瀬川は、マズ花道に並んだところから カッコイイです。 紫地の衣装が素敵で 何度見てもカッコイイです。(笑) で、あたりまえですけれど 左團次さんと男女蔵さんの声が似ておりまして 花道に並んで台詞を話していると‘あれ?‘っと思ってしまいます。 今のはドッチだろう?って・・・。 3階からは花道が全部見えませんので。(^^ゞ この場面は様式的に一つひとつ決まって見せる舞台ですけれど アンサンブルの調った、見ていて安心していられる舞台です。 |