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| 歌舞伎座 夜の部 一階後方中央の席 |
*暗闇の丑松(くらやみのうしまつ) 三幕 *新古演劇十種の内 身替座禅(みがわりざぜん) 常磐津連中 長唄囃子連中 *二人夕霧(ににんゆうぎり) 一幕 |
暗闇の丑松(くらやみのうしまつ) 丑松:幸四郎 お米:福助 祐次:染五郎 お熊:鐵之助 杉屋遣手おくの:歌江 板橋の使い六造:幸右衛門 杉屋妓夫三吉:錦吾 潮止当四郎:権十郎 岡ッ引常松:友右衛門 四郎兵衛:段四郎 お今:秀太郎 序幕 浅草鳥越の二階 舞台は鳥越のお熊の家の二階 折りしもお熊が嫌がる娘・お米を妾奉公に出そうと折檻を 繰り返しているところへ 丑松が戻ってきます。 お米は奉公先で丑松と出あって一緒になった恋女房でした。 お熊はお米の見張り役に雇った浪人・潮止当四郎に下階の丑松を斬って欲しいと頼みま すが 丑松は自分を斬りに階下に一人で降りてきた潮止当四郎も 後から様子を見に降り てきたお熊も どちらも手にかけてしまいます。 お米が階下を気にしているところへ 丑松が上がってきます。 丑松は二人を殺害してしまったことから自首しようとしますが お米がこれを止めるのでし た。 二人は丑松の兄貴分・四郎兵衛を頼って逃げることにします。 そうして丑松は お米を四郎兵衛に預け 一人で旅に出たのでした。 二幕目 第一場 板橋杉屋見世 舞台は一年後、板橋の杉屋 宿場女郎が客と言い争いになり 妓夫の三吉や遣手の おくのが仲裁に入っているところへ旅姿の丑松がやって来ます。 丑松は三吉に女郎の手配を頼むと 二階に案内されるのでした。 二幕目 第二場 二階引付部屋 二階に案内された丑松が落ち着くと 建具屋の熊吉が、料理人の祐次に追われて逃げて きます。 驚いている丑松でしたが 後から追って来た祐次は旧知の料理人でした。 しかし祐次は丑松の事情を知らない様子です。 そこで安心した丑松は祐次に喧嘩の事情を聞き 短気は良くないと言うのでした。 祐次たちが座敷を後にすると 相方になる女郎がやって来ます。 が、見れば その女郎は丑松の女房・お米でありました。 丑松は、お米に男ができたと思い お米を責めます。 お米は事の次第を話し 四郎兵衛に騙されたのだと言うのですが 丑松は、お米の言う事 を信じないのでした。 そこへ、三吉が祐次たちの騒ぎを静めてくれた礼だと言って酒を持ってやって来ます。 三吉が丑松に酒を勧めていると 傍らに居たお米が丑松に酌をして欲しいと頼みます。 お米は丑松の酌で酒を飲むと座敷を後にするのでした。 座敷に残った丑松は三吉にお米の素性を訊ね お米の話した事が真実であった事に気付 きます。 折りしも、外が騒がしくなり お米が大きな銀杏の木で首を吊った事が知らされるのでし た。 丑松はお米の話を信じなかった事を悔やみ 四郎兵衛への怒りを強くするのでした。 二幕目 第三場 元の見世 丑松は騒ぎの中 一人、杉屋を後にします。 しばらくすると ようやく銀杏の木から下ろされたお米が戸板に乗せられ運ばれてくるの でした。 大詰 第一場 本所相生町四郎兵衛の家 舞台は本所の四郎兵衛の家 料理人たちが片付けなどしているところへ岡ッ引の常松 がやって来て 丑松の事を聞いて行きます。 しばらくして お今と四郎兵衛が起きてくると そこに板橋から使いの六造がお米の死を知 らせに来ます。 四郎兵衛とお今は縁もゆかりもないからと、六造を帰すのですが 丑松の事が気になるの でした。 四郎兵衛が朝湯に出かけ お今一人になったところへ丑松がやって来ます。 何とかして助かろうとするお今でしたが 丑松はお今を手にかけその場を逃げて行きま す。 大詰 第二場 相生町の湯釜前 舞台は松の湯の釜場 お今を手にかけた丑松は人目を忍んでやって来ると 忙しく働く 番頭・甚太郎の隙を見て 湯に入っている四郎兵衛を刺し、逃げて行くのでした。 新古演劇十種の内 身替座禅(みがわりざぜん) 山蔭右京:菊五郎 太郎冠者:翫雀 小枝:梅枝 千枝:松也 玉の井:仁左衛門 あらすじはこちらからどうぞ 二人夕霧(ににんゆうぎり) 伊左衛門:梅玉 後の夕霧:時蔵 四九兵衛:團蔵 おきさ:東蔵 先の夕霧:魁春 舞台は京・大仏馬町の伊左衛門の住居 放蕩が過ぎて勘当された藤屋の若旦那・伊左 衛門はなじみの傾城・夕霧が病で亡くなり 今は、身請けした二代目の後の夕霧とともに ‘傾城買指南所‘を開いて暮らしています。 伊左衛門と身請けした後の夕霧が米を研いでいるところへ 傾城買いの指南を受けに弟 子たちがやって来ます。 指南を始める伊左衛門でしたが なかなか上手くいかない弟子に、後の夕霧も手伝って の教授となります。 しばらくして、先刻の米が炊けたところで夕霧は買物に出かけるのでした。 すると、入れ代わって借金の取立てに三つ物屋四九兵衛がやって来て 家財や着物まで 持って行ってしまいます。 この騒ぎに弟子たちも慌てて帰り 一人、紙衣姿の伊左衛門が寒さに震えていると 吉田 屋の女房・おきさが訪ねて来ます。 伊左衛門がおきさとともに亡くなった先の夕霧を偲んでいると 突然、亡くなったはずの先 の夕霧が現れます。 先の夕霧は、身請け話を逃れるために死んだ事にしたのだと話し 後の夕霧と暮らして いる伊左衛門に心の内を話します。 この様子を買物から帰った後の夕霧が外で聞いていて 伊左衛門を間に、とうとう恋の争 いになってしまうのでした。 おきさが間に入り 三人が和解したところに 伊左衛門の妹・お歌が勘当が解けた事を知 らせにやって来ます。 そうして 先の夕霧も、後の夕霧も ともに伊左衛門の妻に迎えられることとなります。 |
☆「暗闇の丑松(くらやみのうしまつ)」は長谷川伸の作品で1934年(S9)に六世菊五郎で初演されました。 長谷川伸は「瞼の母」「一本刀土俵入」などを書いた作家で この「暗闇の丑松」も‘義理人情‘とか‘市井の生活者‘とかを描いた作品です。 初めに作品が発表されましたのは昭和6年、初演が昭和9年ですから この舞台は昭和の歌舞伎の舞台なのでございます。 で、そこで描かれているのは‘大衆‘とか‘庶民‘とかなのですけれど これが、今回の舞台を見ましても とても昔の、ある意味‘異質‘に感じる様な雰囲気を持っていたりします。 義理、人情、任侠、大衆、庶民、民衆 こう言った言葉そのものが今の世の中では異質に感じられるのでございます。 それは 例えば幕開きすぐのお熊の家に リアルだけれど、どことなく映画の世界の様な空気を感じたりする事なのだと思います。 全体にはとてもいい舞台でした。 ‘暗闇‘と言うのがピッタリな‘陰‘な雰囲気がなんとも良いのです。 それがリアルに展開するのですが、でも、ビジュアルに全てを出さない部分があって そこが‘イメージ‘とか‘想い‘を引き出すのです。 うまい舞台だと思いました。 ですけれど気になったところも幾つかございました。 「二幕目第二場二階引付部屋」のところ、やって来た女郎がお米であったことが知れた時の丑松の一声”ナンタルコッタ”、これギャグに聞こえてしまいました。 みょうに軽いのでございます。 ホントニ、そう思っていないでしょう・・・と言った感じです。 ‘ここは笑うところじゃないんじゃない?‘っと思うところで客席から笑い声が聞こえる事がよくございますけれど それでも、ここの”ナンタルコッタ”は軽かったような気がいたします。 ここは、客席も笑う場面ではないと思いますし(たぶん・・・) 笑いを取る場面でもございませんでしょう。 だって・・・お米の心情を思ったら‘つらい‘以外ないですもの。 後を向いて顔を隠すように座るお米が、どれほどの心情でいるのか それをイメージしておもんばかって 丑松のお米に対する態度を見守っているのに 思い詰めた感情にスルット肩すかしするような感じの台詞なのです。 なんで、ここで軽くしなきゃいけないんでしょうね・・・。(-_-;) それから 「大詰第二場相生町の湯釜前」っと申しますより「最後の引っ込みのところ」ですけれど ここもはじめの7・3あたり、客席から笑い声が聞こえました。 まあ・・・ここでの笑いは 舞台ではなくて客席の‘ツボでない笑い‘の様な気もします・・・。 ここも、笑うところではないと思うのですけれどね・・・。 人を殺めて足が絡まってなかなか歩けない感じなのだと思うのですが どうもギャグに見えてしまう人がいるのでございましょうね〜。(~_~;) ラストの見所なのに・・・。 その前の場面は 舞台は釜場の場面です。 小さいくぐり戸があって その向こうに風呂があるのですけれど そこは客席からは見えません。 舞台で話される台詞を聞いて イメージで中で起こった出来事を思い浮かべるわけなのですが 台詞がかなりリアルなのでございます。 「湯船の中に誰か沈んでいる」とか「気付かずに足を入れたらグニャーっと踏んでしまった」とか・・・。 この当時の風呂はサウナのようであったのだそうで 湯気が出ないように密閉されていて中は暗かったのだそうです。 なんとなく思い浮かぶイメージは 薄暗い中で真っ赤な湯の底に沈む四郎兵衛って感じです。 やはり私などは固唾を呑んで舞台の展開を見守っているのです。 なのに、逃げ出す丑松に客席から笑いが起きちゃったら・・・。 何をやっても裏目裏目で ようやく江戸に戻ってきたのに また、罪を作ってしまった‘暗闇の丑松‘なのに。 何で、笑いが起きるのかな〜??? で、あともう一つ 「二幕目第三場元の見世」で戸板に乗せられたお米は見たくなかったです。 なぜかと言えば 福助さんのお米、スゴク美しかったのです。 とにかく、今にも消え入りそうなかすかな青い光のように美しいのです。 それがこの場面の前の場面で やはりかなりリアルな台詞で「大雨と強い風の中で大きな木に首を括ってしまった」とか「大雨と強い風で下ろしてやれない」とか「もうだめだろう」とか言っているんですね。 もう、これだけで十分でしょ・・・。 2時間ドラマのサスペンスじゃないんだから。 美しいものは美しいままにしておいて欲しかったです。 以上3つ、どうしても気になるところはございましたが それを差し引いても良かったと思う舞台だったのでございます。 マズ、舞台全体に流れる陰鬱な雰囲気に惹かれます。 お熊の鐵之助さんの意地悪さ、周りの家の遠巻きな野次馬根性、なんか昔に見た洋画の殺し屋の隠れ家みたいな感じなのです。(笑) で、丑松がお熊と浪人を殺してしまって二人で逃げ出す時 窓の障子を開けるとサッと青い月明かりが差し込んで 思わず驚く丑松とお米ですけれど ここの場面の福助さんのお米がとにかく、とても美しいのです。 青い月明かりに照らされた横顔がなんとも言えないくらい美しい。 これを見るだけでも幕見したくなります。 今回の「暗闇の丑松」は 私の場合100パーセント福助さんのお米でした。 杉屋の二階での福助さんも薄幸な感じのお米の美しさがございました。 それから染五郎さんが昼の部に引き続き頑張っていらっしゃいました。 後半、江戸に舞台が戻ってから友右衛門さんが岡ッ引常松で出ていらっしゃるのですが 存在感があるというのかホッとするというのか それまでの‘陰‘の中に明かりが見えるというのか そんな感じがいたしました。 で、幸四郎さんの丑松は どうしても‘一本気な料理人‘には見えませんで なんと申しましょうか・・・ただ、間が悪かったと言うか 巡り合わせが悪かったと言うか そんな感じに見えてしまいました。m(__)m ‘暗闇‘なのだから もっと、どっぷり暗くて、重くて、切なくて、人間臭くて そんな感じが欲しかったです。 ☆「身替座禅(みがわりざぜん)」は1910年(M43)初演の舞台で「新古演劇十種」の中の一つです。 作者は岡村柿紅で狂言の「花子」の歌舞伎バージョンです。 (こちらに↓チョッと興味深い事が書いてございます、ご参考まで。 http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/sakuhin60.htm) 舞台は片しゃぎりで幕が開き 幕開きが常磐津、途中から手前の松の背景が上に上がって後ろのひな壇が出て 常磐津と長唄の掛け合いになります。 菊五郎さんと仁左衛門さんのご夫婦はとってもいいです。 おかしい〜。\(^o^)/ おっかないけれど 仁左衛門さんの玉の井ってかわいらしいです。 右京の言葉にニコニコしたところなんて とっても嬉しそうだし ‘え〜ん、え〜ん‘って泣いたりするし。(^^ゞ やはり上方のやわらかさがあるのですね。 衣装が白地の着物に黒地の帯なのですけれど もともとスマートでいらっしゃるのでスッキリして 怖い顔しなければ(鼻も黒くしないで) じつは、とっても綺麗なんですよ〜。(笑) 仁左衛門さんの玉の井がにらむでしょ、チョッと下向き加減でキーット 怖いんだこれが。(笑) 菊五郎さんの右京はかわいいし。(笑) 後半、花子のところから戻ってきた右京・菊五郎さん 顔がほんのり(って、かなり(^^ゞ )赤いんですね。 花道に出てきたときの‘とろ〜ん‘とした 何とも幸せそうな(笑)表情がとっても良いお顔でございます。(^^ゞ それにいたしましても・・・“鼻は低うて、キョロキョロ目、色は真っ黒黒々と、深山の奥のこけ猿が、しょぼしょぼ雨にしょぼぬれて”って・・・チョッとひどくありません???(笑) 千枝・松也さん、小枝・梅枝さんのお二人も良い感じでした。 初々しくて、かわいらしくて、シッカリもので。 翫雀さんの太郎冠者もピッタリ。 上方の方ですからね、茂山家とも仲良しさんでございますし やっぱり笑いのツボを知っていらっしゃるのでございましょうね。 けして軽くなく でも、明るく楽しく柔らかな品のある太郎冠者でございます。(^。^) ☆「二人夕霧(ににんゆうぎり)」は1797年の初演でございまして、本名題を「傾城買指南所」と言い もとは「百千鳥鳴門白浪」というお家騒動を題材にした舞台の中の舞踊であったそうです。 今回の舞台は上演が途絶えておりましたところを1965年(S40)に復活したものなのだそうで お話は「廓文章」の後日談、パロディーになっています。 まあ、今の時代にこの舞台を見て どのくらいパロディーとしての面白さが伝わるのかは よくわかりませんけれど あまり考えずに楽しんで見ていればケッコウ面白く見ていられる舞台だと思いました。 舞台は中央に伊左衛門の家、左右に大臣柱があり 「傾城買指南所」の看板がかかっていて 欄間には役者さんの紋がございました。 古風な感じの舞台でございます。 この舞台、初日が開きましてしばらくして 新聞の記事に‘見る側に見識がないとわからない舞台‘っと言うような事が書いてございました。 なので、私など‘見識のない客‘でございますから イヤホンガイドを借りる事にいたしました。(笑) ちなみに この舞台の解説は小山觀翁さんでございまて ワタクシ、小山觀翁さんの解説ってケッコウ好きだったりいたします。(^^ゞ 舞台の「二人夕霧」は「廓文章」のパロディーで もともとが楽しい舞台です。 ですけれど 元をよく知らないとか 当時の「傾城買」とか、なじみがないので(って、あたりまえですが)どこが楽しいのか?なのでございます。 そこを、イヤホンで教えてもらいつつ舞台を観て 私は‘ニヤニヤ笑い‘と言ったところでありました。(^^ゞ でも・・・‘わかった‘かどうかは?でございます。(笑) まあ、あんまり込み入った理屈なしで‘昔のオタクなコミケネタの舞台‘っと言った感じで観てしまいました。 だいたい、時蔵さんの後の夕霧はず〜っと花魁の装いなのです。 これで お米を洗って、御飯を炊くって べつに、どうもないことですけれど 見た目に笑えます。 さらにこのままの姿で、お買物にいらっしゃる。 花魁の三枚歯下駄(少し小さめでしたけれど)を履いてポコポコ音を響かせながら‘蛸‘を買いに行くのですよ。(笑) 後半、チャンと買った‘蛸‘を持って花道をポコポコ歩いて舞台の伊左衛門のお家に帰ってきます。 花魁にこういうことをさせたらきっと面白いだろうな〜みたいなことをしているんですね。 コミケのファンジンみたいでしょ。(^^ゞ ですけれど舞台の雰囲気はチョッと古風な感じになっておりましたし オチャラケているわけでもございません。 和事味のある雰囲気ですし 紙衣姿の伊左衛門からは竹本になります。 梅玉さんもご自身のHPで >話は荒唐無稽でございますが、それが歌舞伎と楽しんでご覧いただきたく思っております。 っとお書きになっていらっしゃいますので 楽しく見られれば舞台からの意図は通じたのではないかと思います。 |