2006年02月26日           もくじへ戻る トップページへ戻る 
    歌舞伎座 夜の部   一階後方中央の席

  *梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)
    (石切梶原)
    鶴ヶ岡八幡社頭の場
    一幕
  *京鹿子娘二人道成寺(きょうかのこむすめににんどうじょうじ)
    道行より鐘入りまで
    竹本連中
    長唄囃子連中
  *人情噺小判一両(にんじょうばなしこばんいちりょう)
    二幕三場


梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)
 梶原平三景時:幸四郎
 梢:芝雀
 俣野五郎景久:愛之助
 青貝師六郎太夫:歌六
 大庭三郎景親:彦三郎
  舞台は鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮 その社頭へ、大庭三郎景親と、先ごろ源頼朝との合戦で
  軍功を挙げた俣野五郎景久の兄弟 さらには、梶原平三景時が参詣に訪れ ともに酒宴
  となります。
  するとそこへ青貝師六郎太夫が娘・梢をともなって 金策のために大庭三郎景親がかねて
  より所望の名刀を売りに来ます。
  刀を買いたい大庭は 俣野の、買うのであれば刀を吟味してからの方が良いとの勧めから
  梶原に刀の鑑定を頼みます。
  梶原の鑑定の結果、刀は名刀であるとわかるのですが 俣野はさらに斬れ味を試すよう
  に勧めます。
  そうして 罪人を二人重ねて胴体を斬るという「二つ胴」の試し斬りをすることとなります。
  ところが死罪になる罪人が一人しかいません。
  これを知った六郎太夫は 持参の刀で以前「二つ胴」を試したことがあり その時の折紙
  があるので 梢に家に戻って持ってくるよう言います。
  しかし六郎太夫は梢が家に戻ると自らが「二つ胴」の試し斬りで斬られると言い出します。
  俣野が試し斬りをしようとするところを 梶原は、目利きをした自分が試し斬りをするものだ
  と言います。
  折りしも梢が戻って来て 六郎太夫の様子に驚き、止めようとするのですが 足軽に押さ
  えられて気を失ってしまいます。
  そうして梶原は罪人と六郎太夫を二人重ねて「二つ胴」の試し斬りをするのですが 斬ら
  れたのは罪人と六郎太夫を縛った縄のみでありました。
  これを見て大庭は刀を買うことなくこの場を去ります。
  金策にも失敗し、刀も名刀でないと知った六郎太夫は自害しようとしますが これを梶原が
  止めます。
  梶原は刀の目利きをした時 刀にある「八幡」の銘から 六郎太夫と梢は源氏にかかわる
  者と気付き 自らも石橋山の合戦で頼朝を救った事を明かすのでした。
  さらに梶原はこの刀は名刀であるといい 手水鉢に写る六郎太夫と梢の影を「二つ胴」に
  見立てて試し斬りをすると 見事に手水鉢が二つに割れるのでした。
  梶原はこの名刀を 六郎太夫の望みの三百両で買い上げると言い 六郎太夫と梢をとも
  ない屋敷へと帰って行くのでした。






京鹿子娘二人道成寺(きょうかのこむすめににんどうじょうじ)
 白拍子花子:玉三郎
 白拍子花子:菊之助
  今回の「京鹿子娘二人道成寺」のあらすじは、道行から鐘入りまで
  「京鹿子娘道成寺」と同じでございます。





人情噺小判一両(にんじょうばなしこばんいちりょう)
 笊屋安七:菊五郎
 小森孫市:田之助
 茶店の娘おかよ:松也
 凧売吉六:権十郎
 浅尾申三郎:吉右衛門
  舞台は今戸八幡門前の茶屋 茶店女のおさく、おたね、茶店の娘のおかよが話をしてい
  るところへ このあたりの笊屋の安七が笊を天秤棒で担いでやってきます。
  おさくやおたねに声をかけられたので安七は茶店に立ち寄り腰掛けると いろいろ身の上
  話を始めるのでした。
  女房、子供を亡くして自棄となり放蕩の身となって親の死に目にも会えないしまつだった
  が 後に父親が死の床で、堅気になるようにと小判一両を残してくれたのを知って 心を
  入れ替え堅気の笊屋になったと話します。
  そうして いまは、お守りにしている一両小判を見せるのでした。


  するとここへ凧売りの吉六に追いかけられて近所の浪人の子・小市が逃げてきます。
  吉六は、落とした商売物の凧を小市が拾って持っていったので 返せと言います。
  安七は吉六に凧をやってくれと言いますが聞き入れません 小市に返すよう言いますが
  こちらも聞き入れません。
  今日はまだ笊が売れずに凧の代金ほどの小銭の持ち合わせがないので 仕方なく、先ほ
  どの一両で凧を買ってやろうとするのですが 今度はおつりがありません。
  安七と吉六が言い争っていると 茶店の娘のおかよが安七に凧の代金を渡してくれるの
  でした。


  吉六から小市のために凧を買ってやった安七でしたが 二人はつり銭の事でまた喧嘩を
  始めてしまいます。
  それを小市を捜しに来た父親・小森孫市が仲裁に入るのですが 今までの経緯を聞き 
  子供のした事と、皆にあやまり 浪々の身となった事情を話すのでした。
  これを聞いた安七は小市に一両小判を持たせます。
  孫市は返そうとしますが 安七は無理に小判を持たせるのでした。


  孫市親子が帰ると この一部始終を見ていた侍・浅尾申三郎が安七を呼びとめ 川岸の
  料亭で、酒を振舞いながら先刻の安七の行いを褒め称えるのでした。
  しかし安七は浅尾申三郎に なぜ、見ているだけで孫市に声をかけなかったのかと尋ね
  ます。
  すると、はじめは声をかけないことが武士の情けだと言っていた浅尾申三郎も思い直し、
  情けに遠慮はいらないはずであろうからと 二人で孫市親子を訪ねる事にするのでした。


  安七と申三郎が孫市親子の家へ行ってみれば 孫市はすでに切腹して果てた後でした。
  驚く安七と申三郎でしたが 我が子も養えず安七から小判をもらう身が不甲斐ない と書
  かれた書置きを見て 申三郎が言った、情をかけない方が情けだということの意味が今わ
  かったと安七は嘆きます。
  申三郎は残された小市は自分が養育すると言いますが 安七は小市に自分は仇だと言う
  のでした。




☆「梶原平三誉石切(かじわらへいぞうほまれのいしきり)」は1730年初演の時代浄瑠璃「三浦大助紅梅たづな(漢字がでません)」の三段目の切にあたる舞台だそうです。
 元は浄瑠璃なので文楽なのですが 文楽の方では上演が絶えてしまって、今は歌舞伎の「梶原平三誉石切」が一幕物として残っているのだそうです。
 幾つか型があるそうで 東京では舞台は鶴ヶ岡八幡宮、上方では星合寺 また、手水鉢を切るのも吉右衛門型は後ろ向き 羽左衛門型は正面向きなのだそうです。
 で、今回の舞台は 東京の型の舞台で吉右衛門の型でありました。

 この舞台、とても良かったと思います。
 まあ、今月は昼は「幡随長兵衛」、夜は「二人道成寺」とありましたので 話題がそちらばかりでありまして チョッと話題にならなかったのですけれど 私といたしましては、次回もまた観てみたいぞっと思わせる舞台でありました。
 マズ、梶原景時が新鮮です。
 いつも敵キャライメージの梶原景時がカッコイイ武将に描かれて、違和感ないです。
 歌舞伎のキャラクター的には‘立派な武将‘(実事師、捌き役)です。
 鬘は‘生締‘ 衣装は黒、白、金の配色で 下の小袖の地が白で綸子の模様 裃、袴の地が黒、そこに金で矢羽、白で唐草模様(と言うのでしょうか)なのですが 見ただけでもう歌舞伎といった感じでございます。
 これは決まりの衣装なのかな〜っと思って観ておりましたが 後に見ました、過去の舞台写真も同じ衣装の様なので おおかた決まりの衣装の様な気もいたします。

 幕が引かれますと舞台は浅葱幕でこれが落ちて紅白の梅満開の八幡宮になります。
 歌舞伎らしい美しい舞台です。
 で、幸四郎さんの梶原がカッコイイんですね。
 懐紙をくわえて刀の目利きをして「みごと」で、懐紙が落ちて決まり!です。
 いいタイミングで‘お〜‘と観ていてニヤッとしてしまいます。
 ここの場面、目利きを始めるまでの段取りが一つひとつキッチリございまして どうも、この段取り 例えばわざわざ手を清めるために座を立つとか、下げ緒を刀の柄に丁寧に巻いていくとか 型である様なのですけれど じっともくもくと舞台上で進んでまいりまして それをじ〜っと観ているわけなのですが ヒジョウに‘背筋が伸びる‘感じがいたします。
 いい感じの緊張感があるのでございます。
 なので、「みごと」っで決まった時が超カッコよく思えたりするのです。
 この舞台の梶原景時は颯爽とした武士でございまして こういう武士は腕も立つわけで 二つ胴の試し斬りなんて事になっても それなりに上手く収めてくれるのだろうな〜などと思いながら観ているわけでございます。
 ここは六郎太夫と梢の一生懸命さがつらい場面のはずなのですが 囚人役の秀調さんが軽くしてくれます。
 私はお酒を飲まないのでチンプンカンプンなのですが お酒の好きな人には楽しい台詞だと思います。
 これって、勤められる役者さんによって出てくるお酒の名前が違っていたりするのでしょうかね・・・?(笑)
 で、石切の前の梶原・幸四郎さんの‘のり‘の台詞の面白いこと!
 歌舞伎ってミュージカルなんですね。(笑)
 石切は客席に後ろ向きの型でした。
 ここでもやはり刀の目利きの時の様に 手水鉢を試し斬りするまでに いろいろ段取りが一つひとつキッチリあるようで 六郎太夫や梢の立つ場所や手水鉢を切るときに刃こぼれを防ぐために懐紙を置くなどの手順を踏んで舞台が進みます。
 こういうとき 流れがダレないのはやはり舞台上の役者さんの力かと思います。
 幕外の花道の引っ込み!いい顔していました!
 重すぎず、軽すぎず、武将だけれどチョッと粋な感じさえするカッコよさがある そんな梶原景時でございます。

 それから、歌六さんがすごいです。
 フケ役なんですけれど、芯があって この舞台は歌六さんが引っ張っていました。
 梶原ほか居並ぶ武将相手に舞台を展開するわけなので かなりの力量がないと客席にとどく物がないのでしょうけれど 舞台からのエネルギーがガンガン来てましたから。
 娘の梢を帰すあたりから 後半、梶原の話を聞くあたりまで 町人だけれど芯のある人物を演じきっていたかしらと思いました。
 六郎太夫の青貝師と言うのは 螺鈿細工の職人さんのことだそうですが この後のお話で、六郎太夫は実は三浦大助の長男であるとわかり 父親の身代わりとなって死んでしまうのだそうです。
 つまり六郎太夫はただの青貝師ではなかったということで このことも含んでの‘町人だけれど芯のある‘六郎太夫であったと思います。

 あと、愛之助さん骨太でした。
 なんかモット細い?感じを持っていたので‘へ〜スゴイがっしり骨太だ〜‘と思いました。





☆今月の話題の舞台が「京鹿子娘二人道成寺」でございました。
 元々は「京鹿子娘道成寺」でございまして これを二人で踊るのでございます。
 このやり方は1835年にはじめて舞台になって 江戸での初演は1840年なのだそうでございます。
 で、今まで二人の場合 白拍子は‘花子‘と‘桜子‘なのですけれど 今回は二人とも‘花子‘なのです。
 これは‘花子‘を陰陽で玉三郎さんと菊之助さんが踊るという趣旨からのもので 確かに、舞台は「京鹿子娘道成寺」の‘花子‘の舞踊でございます。

 マズ、何を書くより一番はじめに 見終わって真っ先に感じたこと、思ったことはと言えば・・・
 確かに、一人で踊る「京鹿子娘道成寺」より二人で踊る「京鹿子娘道成寺」の方が華やかです。
 でも、これって「京鹿子娘道成寺」でしょ。
 「京鹿子娘二人道成寺」ですけれど・・・私には「京鹿子娘道成寺」に思えました。
 なので・・・見終わってからの感想は『玉三郎さんの普通の「京鹿子娘道成寺」が観たい』でした。
 上手く言えないのですけれど 超美味しいご馳走をほんのチョッと味見して、モット食べた〜いって感じでしょうか・・・。
 すみません。
 やっぱり私は玉三郎さんの「京鹿子娘道成寺」が私の中では一番の舞台だと思っているのでございます。
 今回の舞台はあまりにも玉三郎さんの「京鹿子娘道成寺」に近いので(笑) これなら玉三郎さんの「京鹿子娘道成寺」が観たいじゃないっと思ってしまうのでした。

 で、まあ 気を取り直して観ていて思ったことを書きましょう。(^^ゞ
 今回の玉三郎さんと菊之助さんの「京鹿子娘二人道成寺」は平成16年に舞台になっているのですが 私が観るのは今回が初めてでございます。
 え〜何が何とどう言おうが ヤッパリ玉三郎さんの舞台でございましょうねぇ。
 ストーリーは「京鹿子娘道成寺」と同じで、たぶん踊りも振り出し笠を使っての踊りと所化の‘あやめかきつばた‘の踊りが一緒であったほかは 順番も内容もほぼ同じだった様な感じです。

 竹本の道行で はじめは花道から菊之助さんがお一人で出て ‘鐘も砕けよ撞木も折れよ・・・‘の後から玉三郎さんがスッポンから出て、ここでお二人そろっての道行の踊りになります。
 ‘着きにけれ‘で菊之助さんお一人で舞台に出て 玉三郎さんはスッポンに入ります。
 問答は菊之助さんお一人 ここで所化が‘はて?どこかで見たような‘という例の台詞は二人なのでありません。(笑)
 紅白幕が上がって長唄になって‘花のほかには・・・‘で舞台には菊之助さんが前、玉三郎さんが後ろで重なって登場 ここから烏帽子と中啓で能の雰囲気で踊り始めます。
 完全に歌舞伎舞踊になるのは烏帽子を取ってからですけれど 玉三郎さんは成駒屋型で釣鐘の綱に烏帽子をかけて 菊之助さんは音羽屋型で台に乗せます。
 で、手踊りの後 引き抜いて浅葱の衣装で里づくしです。
 菊之助さんが手鞠をついて舞台を上手から下手へグルッと大回り 舞台中央で玉三郎さんが小回り 二人上手に入って菊之助さんだけで振り出し笠の踊りと所化と‘あやめかきつばた‘の踊り ‘恋の手習い‘になって玉三郎さんが舞台へ ここからは玉三郎さんお一人の舞台です。
 手拭いにある紋は‘花かつみ‘と‘重ね扇‘です。
 私は今回の舞台の一番の見どころは やはり、この‘恋の手習い‘だと思ったりいたしました。
 どうしたって、ここは玉三郎さんでございましょう。
 恋の手習い最後に菊之助さんが舞台に出て二人で踊って 左右に分かれて上手下手へ入ってしばらく長唄の舞台です。
 ‘恋の手習い‘最後で、お二人になるのは 好きな男を挟んでの二人の女ということらしいです。
 下手に立つ玉三郎さんが向かい合う菊之助さんに‘イヤイヤ‘をするのは‘自分の好きな男を取っちゃいや‘ってことなのですね〜。
 衣装が藤色の衣装を肌脱ぎして黄色の地で幔幕と火焔太鼓の絵柄の衣装を見せて鞨鼓で踊ります。
 ここはお二人。
 海老反りは玉三郎さんが立って舞台奥で 菊之助さんが座って前です。
 この後、紺の地の衣装に変わって‘ただ頼め‘の手踊りは菊之助さんお一人。
 で、菊之助さんは引き抜いて白地の墨絵風の衣装に、玉三郎さんは下手から同じ衣装で舞台に出て鈴太鼓の踊りになり そのまま鐘へ・・・となります。
 幕切れ前の玉三郎さんのチョッとフット笑みを含んだ表情が最高にカッコイイです。
 ‘ど〜だ〜い。カッコイイだろ〜‘って感じが好きです。(^^ゞ

 2年前に上演されておりますし 私が観たのも楽日ですから もうタイミングなどは問題もなく だただた華やかで美しい舞台に見とれるばかりでございます。
 それにいたしましても玉三郎さんは‘やわらかい‘です。(^^ゞ
 腕から肩、胸、にかけて衣装のうえから見ていてもわかるくらい 波打つように体が動きます。
 それでやはり決まる時がスゴク美しいです。
 決まる時も このやわらかい線が美しくて、可愛らしくて ほんの少しの角度とかの違いなのでしょうけれど 客席から見ると艶っぽさが違って見えてきます。
 玉三郎さんは客席に目があるのですね。(笑)





☆「人情噺小判一両」の初演は1936年、昭和11年ですから この舞台はわりと新しい歌舞伎の舞台でありまして 初演からの‘菊吉‘ゆかりの舞台です。
  人情噺風に展開するのですが まあ、親切でした事が親切にならなかった といった感じのお話です。
 なんか午前中の教育テレビみたいな感じですね・・・。

 菊五郎さんの安七はウマイです。
 ‘ひ‘と‘し‘を違えて喋る台詞とか 浅尾申三郎に来いと言われて下手から上手に向き直る時の天秤棒とか 細かいところまで江戸の雰囲気でございます。
 対する吉右衛門さん ケッコウ軽いお侍さんなのですね。
 でも、このお話で重いと人情噺風にはならなくて モット深刻になってしまうかもしれません。
 安七のノリに合わせて この吉右衛門さんの浅尾は‘ちょうど‘だったように思います。
 吉右衛門さんの浅尾は武士ですからグッと強くなるところもあるのですが、ポイント的で全体には安七にあわせた感じがいたします。
 田之助さんは立役なのですよね。
 優しいお侍さんでございます。
 で‘人にあたりの優しい人ほど 芯は強くて厳しいの‘っといった感じでした。

 この舞台、お話の内容が後から考えてしまうような内容ですし また、舞台自体も派手な背景ではありませんので その時の舞台の役者さんのもって行きようで全体の感じがスゴク変わる様な気がいたしました。
 今回はやはり 菊五郎さんと吉右衛門さんの力が大きかったと思います。
 とくに、全体の舞台の雰囲気が暗く重たくならなかったのは 吉右衛門さんのさじ加減のなせる技ではないかと思います。
 また、田之助さんが小森孫市をお勤めになられたのが やはり、生きていたと思います。
 立役ですけれど 田之助さんの持つ柔らかな感じが、浪々の身となった小森孫市を‘やつれた‘感じではなく見せていました。
 惨めにやつれてボロボロになっていたのでは、切腹にいたる心情が見えてきません。
 浪々の身で子供に凧もあたえられないほどの暮らしと それでも持ち続けるプライドが ある意味上品な雰囲気さえあるくらいに伝わってきました。

 それと松也さん、男寅さん、良かったです。
 松也さんは石切梶原では大名で舞台に出ていらっしゃいましたし どちらもいい感じで好演であったと思います。
 に、いたしましても楽日でございましたから 最後、菊五郎さんオモイッキリやってくれまして 客席ドッカ〜ン!!!でございました。
 田之助さんも、菊五郎さんも、人間国宝で・・・しょ。
浅尾・吉右衛門さんに呼びかけながら 切腹してはてた小森・田之助さんの両腕を掴んで高々と上げてバンザイポーズでいきなり「だんな、イナバウア〜!」って やられた小森孫市の田之助さん切腹してて目を開けるわけにも笑うわけにもいかず 突っ伏して肩震わせてましたし ‘だんな‘って呼ばれた浅尾の吉右衛門さん、幕が閉まるのに客席の方を向けないでいましたよ。
 笑ってたんでしょうね。(爆)
 客席は はじめの「イナバウア〜!」でドッカ〜ン 肩震わせる田之助さんと後を向いたままの吉右衛門さんに再びドッカ〜ンでございました。
 この人情噺って 暗い終わり方をするお話なんでしたよね・・・。
 みんな、ふっ飛んでしまいました。(笑)
 まっ、楽しく終演 楽しく帰宅 良かったです。"^_^"






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