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| 歌舞伎座 昼の部 一階中央東よりの席 |
*御所桜堀川夜討 弁慶上使(べんけいじょうし) 一幕 *猩々(しょうじょう) 長唄囃子連中 三社祭 清元連中 *盲目物語 三幕六場 |
御所桜堀川夜討 弁慶上使(べんけいじょうし) 弁慶:橋之助 侍従太郎:弥十郎 腰元しのぶ:新悟 花の井:竹三郎 おわさ:福助 舞台は義経の正室・卿の君の乳人・侍従太郎の館です。 卿の君は義経の子を懐妊し 侍従太郎の館で静養しておりました。 頼朝は平時忠の娘を妻とした義経に疑いを持ち 卿の君の首を差し出すように命じます。 この使者として館に来たのが弁慶でありました。 出迎えに出た 卿の君や侍従太郎夫婦と共に弁慶は奥の間へ入ります。 母・おわさが館に来ていると知り 館に仕えている娘のしのぶが おわさを捜していると ちょうどそこへおわさがやってまいります。 久しぶりに対面した二人が喜びあっていると 奥から侍従太郎夫婦が現れ しのぶを 卿の君の身替りにしたいと言います。 しのぶは主人のためと承諾しますが おわさがこれを止めます。 おわさは、娘・しのぶに 顔も名も知らない父親と対面させるまでは待ってほしいと言うの でした。 十八年前の月待ちの夜に出会った稚児との間に産まれたのが、しのぶでありました。 どこの誰とも知れない稚児が残したのは ちぎれた振袖の片袖だけで これを頼りに おわさは十八年前の稚児、しのぶの父親を捜していたのです。 そうして しのぶと父親を対面させるまでは しのぶは差し出せないと言うのでした。 話を聞いた侍従太郎ではありましたが どうしても主君のためと、止めるおわさからしのぶ を奪おうと奥の間へ行こうとします。 二人が争っていると 襖越しに弁慶がしのぶを刀で刺してしまいます。 そうして弁慶が片肌脱げば そこにはおわさの持つ振袖と同じ振袖がありました。 弁慶こそがしのぶの父親でありました。 刺されたしのぶは父親との対面もできないまま息絶えます。 弁慶はしのぶに父親であると明かせなかった事を嘆き大泣きするのでした。 いよいよ頼朝方の梶原景時に首を差し出す時刻となり 侍従太郎はしのぶの首を切ると 身替りに疑いを持たれぬようにと、切腹して自らの首も共に差し出すように言うのでした。 しのぶと侍従太郎の二人の首を受け取り弁慶は館を去るのでした。 猩々(しょうじょう) 猩々:勘太郎 猩々:七之助 酒売り:弥十郎 舞台は唐の国。 親孝行な酒売りが 夢のお告げのとおり揚子の市で酒を売り 富貴な身となりました。 いつもやって来る客に いくら飲んでも顔色ひとつ変えない客がおります。 酒売りが名を尋ねると 水中に住む猩々だと言うのでした。 これを聞いた酒売りが酒を用意し潯陽の江で待っておりますと 猩々が現れ酒売りに勧め られて酒を酌み交わし 猩々舞を舞い始めます。 やがて猩々は酒売りに 汲めども尽きない酒の壷を与えると姿を消し 酒売りの家は後々 までも栄えたのでした。 三社祭 悪玉:勘太郎 善玉:七之助 あらすじはこちらからどうぞ 盲目物語 弥市 藤吉郎後に秀吉:勘三郎 柴田勝家:橋之助 浅井長政:薪車 侍女真弓:笑三郎 お茶々後に淀君:七之助 お市の方:玉三郎 序幕 清洲城内お市の方の館 舞台は清洲城内お市の方の館です。 お市の方は夫・浅井長政と長男・万福丸を亡くし 弥市の療治などに慰められながら日々 を過ごしておりました。 この様なお市の方に 柴田勝家と木下藤吉郎が想いを寄せております。 冷たい態度のお市の方が 実は柴田勝家に心ひかれている事を 亡き夫・浅井長政の 亡霊に見抜かれ お市の方は柴田勝家に輿入れすることを決めます。 琴を奏でるお市の方のところへ弥市が療治にやってまいります。 弥市はお市の方に これから後、どのような事になっても 必ず自分を傍に置いてほしい と言い お市の方は弥市の療治や唄いに心安らぐのでした。 弥市がお初たちと奥へ行き お市の方がお茶々と話をしているところへ 藤吉郎が忍んで やって来ます。 藤吉郎はお市の方への自らの想いを語りますが お市の方は夫・浅井長政と長男・万福 丸の命を奪った藤吉郎を許す事はなく、藤吉郎の無礼に怒り 柴田勝家に輿入れすること になったと言うのでした。 第二幕 第一場 柴田勝家の城の天守 織田信長のいなくなった後 柴田勝家は木下藤吉郎と争う事となりますが 戦いに敗れ今 や落城寸前となっておりました。 城の天守では勝家をはじめ家臣たちが集まり 侍女真弓の琴の音に、お市の方とお茶々 が舞い 沈みがちな皆を元気付けるように弥市も瓢箪踊りなど踊るのでした。 敵が迫り、家臣たちは戦いのため天守を離れます。 残った勝家とお市の方は お茶々に逃げ延びるように言うと自害の覚悟を決めるのでし た。 第二幕 第二場 柴田勝家の城の四重 敵方に内通していた朝露軒が、藤吉郎の命でお市の方を助けに来ますが文荷斎と斬りあ いとなり相討ちとなります。 弥市は、この隙にお茶々を連れて逃げ出します。 第二幕 第三場 元の天守 家臣の者たちが止めるのも聞かず、藤吉郎は天守に上がって来ますが お市の方はすで に勝家と共に自害した後でした。 藤吉郎はお市の方故に勝家を攻めたのだと言い 自害したお市の方を無念の思いで抱き 起こすのでした。 第二幕 第四場 城外の広場 お茶々を背負った弥市が城外の広場まで逃げて来ます。 そうして お市の方に似たお茶々に お市の方にかわって自分をいつまでも傍に置いてく れるよう頼みます。 しかし、お茶々は弥市を残し 焼け崩れる城へ戻ろうとするのでした。 大詰 琵琶湖のほとり 藤吉郎は天下を取り豊臣秀吉と名も改め お市の方のかわりに娘・お茶々━淀君を側室 に迎え 自らの想いをとげたのでした。 舞台は5年後、琵琶湖のほとりです。 淀君が秀吉とともに父・浅井長政の供養にやってまいります。 淀君は供養のために物乞いたちに施しを与えるのですが その中に今はすっかり落ちぶ れてしまった弥市がおりました。 秀吉や淀君の一行が帰ると 弥市は一人、お市の方への想いを抱き三味線を弾きながら 唄うのでした。 |
☆弁慶上使(べんけいじょうし)は1737年に初演された浄瑠璃‘御所桜堀川夜討‘の三段目にあたります。 堀川御所で過ごしている義経に鎌倉の頼朝が疑惑を持ち これを義経の家臣や義経にみかたする者たちが回避するといったお話でございます。 頼朝が抱いた疑惑はふたつ、一つは平家の廻文を義経が差出さないでいること 二つ目は義経が平時忠の娘・卿の君を妻にしたことでありまして 今回の舞台は、二つ目の疑惑に絡んで弁慶を中心にした舞台でございます。 なんと言うのでございましょうか、豪傑の弁慶を泣かせてみたくてできた様な舞台でございます。 日本人って昔っからコミケネタみたいなお話が好きなんですね〜。(笑) まず、橋之助さんが大きいです。 そんなに体格のガッシリした方ではございませんのに ドッシリ骨太の弁慶で大きく見えます。 花道から呼びの声と共に出てくるのでございますけれど ‘鳥居隈‘‘毬栗の五本車鬢‘‘黒地の長い袴の衣装で大太刀を腰に‘っという感じのこしらえでございます。 お話としてはこの時の弁慶は、つらい命を受けていて暗い気持ちであるのでしょうけれど 形としては豪快に出てまいります。 ほんと つきなみですが カッコよかったです。 この豪傑が後に自分の子のために号泣するところに‘うぁ〜‘っと思うわけでございましょう。 「三十余年の溜め涙」っと言うのだそうですけれど 一つひとつキッチリ型で決まっていきます。 はじめの出のところ、卿の君に心得を説く長台詞のところ、そして しのぶの親として悲しみ号泣するところ、これらを豪快にキッチリ型として荒事の様式的な美しさの中で見せます。 弁慶が荒事でキッチリ美しく決まらないと おわさとの対比がくっきり見えてきません。 橋之助さんの弁慶は 大きくて豪快、‘いかにも‘っといった感じの弁慶でございました。 夜の部の「松浦の太鼓:両国橋の場」での大高源吾と共に 昼の部の弁慶はとてもよかったです。 対する、おわさ・福助さん 私はウマイっと思いました。 ‘技あり‘の舞台でございます。(笑) 一幕の中で場も変わらず しかしおわさの心情は大きな振幅で変化いたします。 これを 同じ舞台で一本の今・現実の事として 一つの流れの中で見せていくわけなのでしょうけれど とても上手く見せてくれたと思います。 場は‘今‘この時です。 けれど 話の中でおわさは過去へも行きます。 過去へタイムスリップした時に この場・しのぶが息絶えようとしている‘今‘ でありながら 舞台を見ている私にはイメージとして過去の‘月待ちの夜‘が映像として見えてきます。 まるで映画の回想シーンを見ているみたいにです。 福助さんのおわさは、この振幅が見事に見えて なので 捜し続けた弁慶に会えた嬉しさとしのぶを失った悲しさが おわさのどうにもしがたい心情としてつらく伝わってくるのでした。 ○マズ 娘・しのぶに会って、母の優しさ。 ○娘の命をもらいたいと言われ驚き慌て困惑。 ○忠義に死のうとする娘を せきたててこの場を離れようとする必死さ。 ○娘、可愛さに昔語り。 ここでは 舞台は変わりませんが イメージとして場面が月待ちの夜になっておりました。 なので、当時に戻っているのですから あの恥じらいもまた流れの範疇で見ることができます。 ここがマズ‘技あり‘なのでございます。 ○娘を斬られて驚きと怒り。 ‘元に戻して返せ‘って言うのですけれど ソリャそうですよ! ここは完全に‘今‘で 月待ちの夜からグウィ〜ンっと大きな振幅で元に戻ってくるわけです。 ○弁慶が娘の父、月待ちの夜の相手と知った驚きと恥じらい。 ここもやはり 時間がさかのぼります。 時間がさかのぼって おわさは月待ちの夜に弁慶と一緒にいるのです。 ○息絶える娘を見ての悲しみ。 娘の姿を見て現実に戻ってくるのです。 この様な感じの大きな振幅を持った一つの流れを義太夫にのって見せてもらいました。 語られている事をイメージとして思い浮かべて舞台を見ると 昔と今のスイッチがウマイな〜っと思うのでございます。 で、おわさは衣装も石持(こくもち)の小袖で 荒事風の様式的に動く弁慶に対して 世話女房風にチャキチャキ、こまごま動きます。 私は福助さんのチャキチャキ、こまごました感じがケッコウ好きでございまして(とても、可愛らしく見えるのです) 豪快な荒事弁慶に対して、いいコントラストだったと思います。 ほか弥十郎さん、竹三郎さん、新悟さんよかったです。 新悟さんはこれからますます楽しみですし 竹三郎さんはやはり貴重な役者さんかな〜っと思いました。 ☆猩々(しょうじょう)は能を元にした長唄の舞踊で1874年の初演です。 で、猩々って何?かと申しますと 中国の想像上の動物で猿に似ていて赤く長い髪をして酒好きなのだそうでございます。 ここから大酒のみを猩々と呼ぶのだそうです。 ちなみに オランウータンのことも猩々と言います。 元が能でございますので 舞台も能の雰囲気で進んでまいります。 で、衣装が赤と金の色調 舞台も長唄囃子の並ぶ明るい感じでありますので 客席で観ておりましてとても華やいで見えます。 酒を飲んだ猩々の酔った様子を踊りで見せていくのですが 赤く長い髪をかすかに震わすように酒を飲み酔っていく感じが なんとも美しく思えました。 私が観たのは18日でございまして この頃にはお二人の息もピッタリと合っておりまして とても流れのよい心地良い舞台でございました。 ☆三社祭は1832年初演の四変化舞踊「弥生の花浅草祭」の中の巻だそうでございます。 浅草でございますので 舞台は隅田川で、浅草寺の観音像を見つけた漁師が 山車人形風な振りで踊り始めます。 前の舞台同様に勘太郎さん七之助さんのお二人の舞台でございますけれど 雰囲気が変わってとてもテンポのよい軽快な感じの楽しい舞台でございました。 衣装も蛸絞りの漁師の衣装で 前の猩々とはガラット趣が異なります。 猩々が能の品格ある中にお二人の颯爽とした雰囲気であったのに対して こちらは若さある軽快感いっぱいテンポよい舞台であります。 三社祭ってこんなに楽しい踊りだったかしら?って思ってしまいました。 今回の「猩々」「三社祭」とも またチャンスがございましたら勘太郎さんと七之助さんでゼヒ観たいと思いました。 ☆やはり!今月一番観たかったのは盲目物語でございました。"^_^" っと、言うより お市の方━玉三郎さんを観たかったのでした。(笑) 私は今回、盲目物語は3回目の観劇でありましたが 以前に観た時の玉三郎さんの琴と勘三郎さん(当時は勘九郎さん)の三味線が 鳥肌が立つくらい良かったのでございます。 で、もしチャンスがあればまたこのお二人でゼヒ観たいと思っていた舞台でございます。 今回もやはり 玉三郎さんの琴と勘三郎さんの三味線、お二人の唄いを聞くだけで‘あ〜ヤッパリ観に来て良かったな〜‘って思ってしまいました。 当時、原作を読んでみたいと思っていたのですが ケッキョク読むことなく今日に至っております。(^^ゞ ですが 同じ様な雰囲気の漂う「春琴抄」よりは 私は「盲目物語」の方がなじめるのです。 ちなみに 私の中の谷崎作品と申しますのは・・・ 市川 昆監督、石坂浩二さん、吉永小百合さんの「細雪」 江守徹さんの「春琴抄」 (これ昔TVで放送したんです) で、今回の舞台の三つだけなのでございます。 舞台の盲目物語は1955年の初演でございまして新しい歌舞伎でございます。 なので、時代浄瑠璃の様に以前にさかのぼってみないと全体の流れがよくわからないといった様なこともございません。 舞台の台詞もちゃんと聞き取れます。 なので、やはり舞台の背景にある空気は谷崎潤一郎の空気でありまして これがいい感じで伝わるかどうかなのかな〜っと思うのでございます。 勘三郎さんの弥市はとてもいいです。 前に見た時は 見る私の側の状態もあったと思いますが 弥市の‘せつない想い‘ばかりが伝わってまいりましてつらかったのですけれど 今回はもっとソフトな伝わり方でありまして キット弥市はそれでもお市の方の傍にいて それはそれで幸せだったのかもしれないと思ったりできました。 なので、幕切れ前 一人三味線を弾く弥市に、遠くかぶるように現れて共に琴を奏でるお市の方の姿にホッとするのでございます。 想いが伝わったのは藤吉郎・秀吉ではなく弥市で 人の心の想いは力ではけしてなくて 思いやる心のみが伝えるものなんだろうな〜っと感じるわけです。 たぶん単純に言えば 藤吉郎・秀吉と弥市のお市の方を挟んでの勝負は しがない按摩の弥市の勝ちなのでしょうけれど でも、それで弥市が得たものといえば・・・なんでございましょうね・・・。 今風に見れば、アニメのキャラクターが大好きみたいな感じで けして報われる事のない想いなのでございます。 で、対する藤吉郎・秀吉なのですが どうもこちらは権力を味方に力で人の想いを得ようとする感じではございませんで 一途な想い人に見えてしまいます。 力があると言うことは その後ろ側にそれなりの大きさがあるはずなのですが その篤みが見えてきません。 弥市と同じ様に想い人なのです。 これだと お市の方の藤吉郎・秀吉に対する怒りがすり抜けて見えてしまいます。 ここでの藤吉郎・秀吉は お市の方の夫・長政を討ち、息子・万福丸を殺した人物でなければいけないのでしょうけれど どうも舞台の藤吉郎・秀吉はお市の方をひたすら思う 想い人なんですね。 藤吉郎・秀吉は天下人でございますから モット篤くて大胆であっていいように思うのですけれど・・・。 玉三郎さんのお市の方!!! これはもうほんとうに、お市の方です。 メチャクチャかっこいい。 長政や勝家や藤吉郎・秀吉や弥市でなくったって キット想いをよせるにきまってるよ!って思えるのです。 弥市のけなげさと お市の方の気高さと・・・。 弥市に対する時 藤吉郎・秀吉に対する時 長政や勝家に対する時 ことごとくお市の方でございます。 弥市に対する時の楽しそうなこと。 琴を弾く時も、唄う時も、療治の時も、和やかで楽しそう。 療治の時は くすぐったくって笑ってるって事もあるかもしれませんけれど。(爆) 藤吉郎・秀吉に対するときのスッゴク嫌そうな感じ。 あそこまで嫌われちゃうと もうあきらめた方がゼッタイにいいと思います。 藤吉郎・秀吉に対して怒っているけれど その怒り方が‘青ざめた怒り‘なのでございます。 人間、赤い顔して怒っているうちはマダ何とかなるんでございますけれどね 青ざめて怒り出したらチョッとヤバイです。 でも、あたりまえなんですよね 子供を殺されているんだから・・・。 長政や勝家に対する時は妻だし、なにより‘女‘ですね。 このあたりの書き方は‘あ〜新しい歌舞伎だな〜‘って思います。 でも長政や勝家を前にしての 玉三郎さんのお市の方、最高なんですよね。 藤吉郎・秀吉に怒りをぶつけるお市の方も‘正しく‘って感じですけれど 長政や勝家を前にしてのお市の方・・・どうしてこんな雰囲気がだせるの〜って思ってしまいます。 ほんとに‘いい女‘です。 で、ぶちまけた話でございますけれど(笑) ワタクシ、こういう感じの玉三郎さん大好きでございます。(^^ゞ 前回の観劇では玉三郎さんがお市の方と淀君(お茶々)の二役でありましたけれど 今回の方が幕切れ前の弥市とお市の方の三味線と琴、唄いが活きてくる様な気がいたします。 他に、淀君になった時の七之助さん 長政の薪車さん お茶々の鶴松さん など良かったと思います。 今回は どうしても一階の後方がほしくて日にちの方を調整して それでも柱の後ろはいい場所がなかったので 一等を買いました。 どうしても全体を見渡せる位置がよかったので・・・。 2005年最後の観劇、大好きな玉三郎さんをちゃんと観ておきたかったのでした。"^_^" |