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| 歌舞伎座 昼の部 一階後方中央の席 |
*息子 一幕 *一谷嫩軍記 熊谷陣屋(いちのたにふたばぐんき くまがいじんや) 一幕 *雨の五郎 長唄囃子連中 うかれ坊主 清元連中 *人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもっとい) 二幕四場 |
息子 金次郎:染五郎 捕吏:信二郎 火の番の老爺:歌六 舞台は雪降りしきる冬の夜、江戸の火の番小屋です。 一人で焚き火にあたっている火の番の老爺の様子を見に来た捕吏が帰った後 若い男が 一人、火の番小屋へ入ってきます。 老爺は若い男に煙草や残った弁当をやり 身の上を聞きます。 若い男が、大阪で博打をしていたが親を探しに江戸へ来たと語ると 老爺は自分にも上方 に修行に行った息子がいると言います。 老爺は息子はきっと上方で立派にやっているだろうと言いますが 若い男は、もしかすると 身を持ち崩しているかもしれないなどと言うのでした。 話をしているところへ捕吏が戻って来て 若い男を見とがめ、捕らえようとします。 一度は捕らえられた若い男は 隙をみて逃げると再び火の番小屋に戻って老爺に老婆は どうしているのかと尋ねるのですが すでに亡くなったと聞き 悲しさをこらえるようにすると 「ちゃん」と老爺に一言呼びかけて 夜の雪の中を逃げて行くのでした。 一谷嫩軍記 熊谷陣屋(いちのたにふたばぐんき くまがいじんや) 熊谷直実:仁左衛門 弥陀六:左團次 源 義経:梅玉 相模:雀右衛門 藤の方:秀太郎 舞台は熊谷直実の陣屋、そこへ主・熊谷直実が戻ってまいります。 それを迎えたのは 妻・相模と郎党・堤軍次でありました。 堤軍次より、詮議の筋で梶原景高が石屋・弥陀六とともに陣屋き来ていると聞き もてな しを命じます。 堤軍次が下がると 熊谷直実は相模がことわりも無く陣屋にやって来た事を怒ります。 しかし、相模は初陣の息子・小次郎の事が心配でここまで来たと語り 小次郎の様子を聞 くのでした。 熊谷は小次郎の戦ぶりや、平敦盛を討ち取った話を始めます。 と、そこへ敦盛の母・藤の方が現れて 熊谷に斬りかかります。 戦のため熊谷の陣屋に逃げてきて 相模にかくまわれていたのでした。 藤の方は熊谷と相模にとって恩ある人物、また敦盛は後白河院の落胤、このことを知って いてなぜ敦盛を討ったのかと相模が問いただします。 熊谷は、これも戦の世の習いと言って 敦盛の最期を語ります。 熊谷の話を聞き、悲しむ藤の方が形見の青葉の笛を吹くと 障子に敦盛の姿が写ります。 驚く藤の方でしたが 障子を開ければ、そこには敦盛の鎧があるばかりでした。 いよいよ敦盛の首実検となり 陣屋に来ていた義経が現れます。 熊谷は陣屋の桜の元にある「一枝を折れば、一指を切るべし」と書かれた制札を引き抜き 首桶を開けるのでした。 現れたのは敦盛ではなく 小次郎の首でありました。 熊谷は制札に書かれた内容によって 義経が敦盛を救うよう命じたので 小次郎を身替わ りにしたのでした。 驚き泣き崩れる相模でございます。 この様子を窺っていた梶原景高が事の次第を頼朝に注進すると駆け出して行くのですが 弥陀六の投げた石のみに倒されます。 義経は弥陀六が かつて頼朝、義経を救った平宗清であると見抜き 鎧櫃を預けます。 鎧櫃の中にいたのは敦盛でありました。 義経より暇を許された熊谷は 剃髪し墨染の衣となって 驚く相模に小次郎の菩提を弔う 旅に出ると告げ陣屋を後にするのでした。 雨の五郎 曽我五郎時致:吉右衛門 舞台は大磯の廓の近く、そこへなじみの遊女・化粧坂少将に逢うため 雨の中、曽我五郎 時致がやってまいります。 >廓のしょわけの・・・ 五郎は少将からの文を手にして廓に通う風情を踊ります。 >いで おおそれよ 我もまた・・・ しかし、五郎には父の仇討ちの志があり これを荒事で見せます。 >藪の鶯 気ままに鳴いて・・・ 中間で、軽快な手踊りとなり 少将を思い廓の風情を踊ります。 再び最後は荒事風になり 現れた若衆が五郎に打ちかかるのをかわし 元禄見得で豪快 に舞い納めます。 うかれ坊主 願人坊主・源八:富十郎 舞台は江戸、吉原近く そこへ願人坊主の源八がやってきます。 手桶と銭錫杖(ぜにしゃくじょう)を持った源八は‘ちょぼくれ‘の節に合わせて色事の話な どを踊り ‘まぜこぜ節‘で淀の曵き船、船頭、虚無僧、などなどを踊りわけ 今度は、悪と 書いてある手桶の底をぬいて悪玉の面を付け廓の風情など踊るのでした。 人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもっとい) 左官長兵衛:幸四郎 和泉屋清兵衛:段四郎 女房お兼:鐵之助 角海老女房お駒:秀太郎 手代文七:染五郎 お久:宗之助 序幕 第一場 本所割下水左官長兵衛内の場 舞台は本所の裏長屋、長兵衛の家 そこへ博打で負けて着物まで取られた長兵衛が帰 ってきます。 そると明かりも点けずに一人ふさぎこんでいた女房のお兼が、娘のお久がいなくなって皆 が捜しているのに どこに行っていたのかと長兵衛を怒ります。 ついには夫婦喧嘩になってしまいますが そこへ吉原の角海老から使いがやってまいり ます。 娘のお久が角海老に来ているので 角海老の女房お駒が長兵衛に来てもらいたいと使い をよこしたのでした。 さっそく出かけようとする長兵衛でしたが博打で取られて着物もありません。 しかたなく 女房お兼の着物を着て出かけるのでした。 序幕 第二場 吉原角海老内証の場 舞台は角海老女房お駒の部屋 いなくなったお久が座っております。 お久は父・長兵衛の放蕩で家が苦しくなり両親が争うのを見かねて 自分が身を売った金 で家を助けるつもりでおりました。 この話にお駒が心打たれ 長兵衛に条件付で五十両を渡します。 長兵衛は一生懸命働いて約束の期日までに金を返すと約束し お駒は期日まではお久 は店に出さないと言うのでした。 二幕目 第一場 本所大川端の場 長兵衛は金を懐に角海老からの帰り道、大川端へさしかかります。 そこで 掛け取りの金をすられて身投げしようとしている、若い男を助け 持っていた金 五十両を渡してしまいます。 二幕目 第二場 元の長兵衛内の場 家へ戻った長兵衛は大川端での事をお兼に話しますが お兼は作り話だといって聞き入 れず とうとう夫婦喧嘩になってしまいます。 家主が仲裁しているところへ 和泉屋清兵衛と手代文七がやって来ます。 大川端で長兵衛が助けたのは文七でありました。 さらに、すられたと思った掛け取りの金は 掛け取り先の屋敷に忘れてきていたこともわか り無事に店に届けられておりました。 清兵衛は文七から大川端での話を聞き 角海老からお久を身請けすると、文七ともども礼 を言いに来たのでした。 お久が戻ってきたので喜ぶ長兵衛とお兼に 清兵衛は文七とお久を夫婦にしたいと申し 出ます。 そうして文七は以前より考えていた元結で小間物屋をはじめる事にするのでした。 |
☆この「息子」というのは1923年初演の翻案の舞台で、とても静に淡々とお話が進んでいく台詞劇でございます。 お話の流れとして 成人した息子と九年前に別れた父親・火の番の老爺が再会し たとえ追われる身となったとしても実の息子が目の前に現れて気付かないのはチョッと変でありまして ボケてしまってわからないのか、気付いていて名乗らないのか、どちらかなのでございます。 で、このあたりをどのように見るのかは客席に任されているといった舞台でございます。 一幕の舞台で、場面も変わらず火の番小屋 雪の降る冬の夜。 どたばたすることもなく静にお話が進みます。 たまにはこんなしみじみ落ち着いたお話もいいものでございましょう。 私は、火の番の老爺は気付いていたと思って観ました。 気付いていたからこそ、追われる身となって目の前に現れた息子・金次郎に 以前、自分が捕らえた者たちの話をしたのではないでしょうか。 ここにいたらおまえも捕まると 捕まえなければならなくなると 言いたかったんじゃないでしょうか。 でも、親だからせっかく会いに来た息子だから せめてもと思って、火に当たらせ弁当や煙草をやったのではないかしら。 捕吏にはあんなにつっけんどな態度だったのに 金次郎に何であんなに親切だったのか。 すべてを知っていて親ゆえに知らないふりをして 金次郎が今何をしているのか、何をしに来たのか尋ね また 息子=目の前の追われる金次郎は本当は真面目なのだと信じているからと伝えたのではないでしょうか。 金次郎が夫婦約束をした娘の話までして 金次郎が息子だと気付かないふりをするのは 気付いてしまえば捕らえなければならないからなのです。 親だからできうる息子を思っての行動なのでございましょう。 きっと、幕切れ前 金次郎が「ちゃん」って叫んで逃げていくとき ぴたりと閉められた戸の向こう側で火の番の老爺・父親は泣いていたのだと思うのでございます。 金次郎ももちろん知っていて会いに来ているんです。 だって親を探していると言う金次郎に老爺が、居所は知っているかと尋ねると「だいたいの所はわかっている」って答えていますし・・・。 お互いにわかっていて ハッキリ言い出せない二人なのです。 親の子を思う気持ちと子が年老いた親を思う気持ちが舞台から伝わります。 気付かないんじゃなくて気付かないふりをしている二人だと思うのです。 一人で上方に修業に行くほどの息子と父親が 九年後に再会して互いを気が付かないはずないですもの。 で、この舞台は上記の様な事を‘思わせる‘舞台なわけでありまして 舞台上の役者さんは、思わせてくれなくては困るのでございます。(笑) 染五郎さん、歌六さん、信二郎さん、お三人とも初役ということでございましたけれど スゴクいい雰囲気であったと思います。 なんか、モットいろいろな組み合わせで見てみたい感じの舞台でございました。 ☆「熊谷陣屋」は時代浄瑠璃「一谷嫩軍記」全五段の三段目にあたりますが 歌舞伎では熊谷と敦盛を軸とした三段目までが上演されているのだそうでございます。 以下に床本の大序から四段目までのあらすじを書いてみました。 参考:http://homepage2.nifty.com/hachisuke/yukahon/ichinotani.html (トップ:http://homepage2.nifty.com/hachisuke/index.htm) これを見ますと、浄瑠璃のお話は「熊谷と敦盛」「忠度と岡部六弥太」のお話にわかれ 歌舞伎の舞台は「熊谷と敦盛」を中心に進むようでございます。 大序 堀川御所の段 堀川御所にいる義経が 西国への出陣を催促する頼朝のお墨付きを持ってきた岡部の六弥太忠澄、熊谷次郎直実に会い それぞれに‘忠度の詠‘‘「此花江南所無也(こうなんのしよむなり)一枝折盗(せつたう)の輩(ともがら)に於ては天永紅葉の例に任せ、一枝を伐らば一指を剪るべし」の制札‘を渡します。 そうして熊谷に「この禁制の心をさとし若木の桜を守護せんもの、熊谷ならで他になし」と言うのでした。 敦盛出陣の段 修理太夫経盛卿の館にて法皇の落胤敦盛と玉織姫の婚礼が済み 敦盛は経盛の言葉に従い藤の方、玉織姫と共に北嵯峨へ旅立つと見せ 戦支度を整えすがる玉織姫を連れ一の谷へ向かいます。 後に残った藤の方は平山の郎党成田五郎に攻め入られますが これを倒し船で逃げます。 二段目 陣門の段 敦盛のいる一の谷の陣へ 月もない夜、初陣の小次郎がやってきます。 しかし陣内より聞こえる管絃の音にしばしとどまり聞いていると 平山が後から来て 管絃の音に討ち入るのをためらう小次郎をせきたてるのでした。 敵陣へ一人討ち入る小次郎、後に続くのをためらう平山。 するとそこへ熊谷直実が来て 敵陣に飛び込むと負傷した小次郎を抱え自らの陣所へ急ぎ戻るのでした。 後に残された平山は多勢に逃げ出します。 須磨浦の段 敦盛を捜し後を追って来た玉織姫は須磨の浦の浜をさ迷っております。 そこへ敦盛の一の谷の陣所から逃げてきた平山が現れ、かねてより想いの玉織姫を我が物にしようといたしますが 玉織姫が強気で拒むのでとうとう斬り殺してしまうのでした。 組討の段 須磨の浜へ来た敦盛でしたが 父・経盛の御座船へ行き着くための船がなく波の間へ駒を乗り入れ沖へ向かいます。 すると後方より熊谷直実の声がかかり 敦盛と直実は朝日の中たがいに剣を交わしますが勝負がつかず とうとう太刀を捨て組あいとなります。 しかしたがいに馬の間に組あったまま落ちると 直実は敦盛を押さえ込むのでした。 直実はもはや最後と敦盛に名乗るよう言います。 すると 敦盛は 「ヲヽやさしき志。敵ながらあっぱれ勇士、かく情ある武士の手にかゝり死せんこと、生前(しようぜん)の面目。戦場に赴くより、家を忘れ身を忘れ、かねてなき身と知るゆゑに、思ひおくこと、更になし。さりながら忘れがたきは父母の御恩。我討たれしと聞き給はゞ、さぞ御歎き思ひやる。せめて心を慰むため、討たれし跡にて我が死骸、必ず父へ送り給はれかし、我こそ参議経盛の末子、無官の太夫敦盛」 この姿に敦盛を助けたいと思う直実ですが 軍兵に「二心」と言われ また敦盛が「下司下郎の手にかかり、死恥を見せたくない」と言うので太刀を振り上げるのですが 息子・小次郎と同じ年恰好の敦盛の首を討つ事ができません。 しかし敦盛より「早首討ってなき跡の回向を頼む」と言われ ついに首を討つのでした。 「敦盛の首を討ち取った」との直実の声に 平山に斬られ息絶え絶えの玉織姫は、弱る息と見えぬ目で敦盛の首を抱きしめ絶果てます。 林住家の段 津の国にある老女・林の住家に 日暮れて薩摩守忠度が宿を頼みにまいります。 平家終焉間近く 自らの死の後も詠を残したいと望み 和歌の師・俊成卿の館からの帰りでありました。 忠度が奥へ入るとしばらくして 勘当した林の息子が家にある刀を盗みにやって来ます。 林の老女と息子が言い争っている所へ 人足廻しの茂次兵衛が来て合戦の旗持が足りないからと誘います。 息子が勇んで出かけた後 林は茂次兵衛に礼の酒などふるまうのでした。 住家の戸を叩くものがおります。 誰かと思い 林が見れば菊の前でありました。 菊の前は忠度を追って来たのです。 林は菊の前を忠度のいる奥へ案内するのでした。 一人で酒を飲んでいた茂次兵衛が、にわかに急ぎ帰ると 奥から菊の前が飛び出してまいります。 忠度に暇を出され死のうと言うのです。 が、そこへ茂次兵衛の注進で梶原平次景高が忠度を捕らえにやって来ます。 忠度が景高の軍勢を蹴散らすうち 岡部六弥太忠澄が来て義経の命により忠度の詠を千載集に入れ残すと伝えます。 忠度は喜び 陣所へ戻りし後 再び打ち合わんと約束します。 後を追おうとする菊の前を見て 岡部六弥太は忠度の上着の袖を落とし形見に残すのでした。 三段目 弥陀六内の段 津の国の弥陀六という石屋に石塔を頼んだ若衆がいます。 この若衆に弥陀六の娘・小雪が思いをよせていて 今宵、若衆が来た折に思いを告げようといたします。 しかし若衆は「縁なき事と思ひ切ってほしい」と言うのでした。 悲しむ小雪に若衆は形見と錦の袋から青葉の笛を取り出し渡します。 そこへ弥陀六が帰宅し 若衆とともに出来上がった石塔を見に行くのでした。 脇ヶ浜宝引の段 弥陀六と若衆は五輪の石塔を見にやって来ます。 ところが石塔を見ているうち 若衆がいなくなり 後を追って来た小雪ともども弥陀六たちが捜しますが見つかりません。 そこへ 追われる身の藤の方が船寺の場所を尋ねてやって来ますが 小雪の持つ青葉の笛を見て驚きます。 青葉の笛は敦盛の持っていた笛でありました。 討死した敦盛の幽霊が石塔を頼んだのだと皆は言い始めます。 藤の方は ここで敦盛が討たれ玉織姫も亡くなったことを知り、泣き崩れるのでした。 そこへ追っ手が来ますが弥陀六たちが追い返すのでした。 熊谷桜の段 直実の陣屋にある桜には義経の命により弁慶が書いた制札がございました。 折りしも、直実の妻・相模がはるばる東よりやってまいります。 迎に出た軍次に小次郎のことなど尋ねておりますと 追っ手から逃れた藤の方が逃げ込んで来ます。 藤の方は直実と相模にとっては恩人でありました。 相模と藤の方は互いに顔を見合わせ驚きますが 相模は恩人の藤の方を陣屋にかくまうのでした。 懐かしく話す二人でしたが 以前、佐竹次郎と名乗っていた相模の夫が熊谷直実であるとわかり 藤の方は 相模の夫、直実が敦盛の敵ゆえ仇討ちの手助けをするように言います。 相模が夫から話を聞くまで待ってほしいと頼むところ 梶原平次景高が弥陀六をつれてやってきたので 相模は藤の方をかくまうのでした。 梶原平次景高は石塔を建てたものの詮議をしにきたのですが弥陀六は敦盛の幽霊に頼まれたと言います。 熊谷陣屋の段 上記参考 四段目 六弥太館の段 菊の前は薩摩守忠度を討った岡部六弥太忠澄の館におりました。 そこへ「菊の前の首討って平山に手渡しせよ」と使いが来ます。 あいにく六弥太は不在で 菅の井が「菊の前のお命を助けよ」との謎解きをし 菊の前の乳母・林の息子・後藤藤太俊綱 実は菅の井の兄の手にかかり 自らが身代わりとなるのでした。 今回の舞台、と申しますか いまよく上演されます「熊谷陣屋」は上記の「熊谷陣屋の段」のみがほとんどのようでございまして そういたしますと 何で藤の方が熊谷の陣屋にいるのか 戦場で討死したはずの敦盛の青葉の笛を持っているのか 熊谷・相模と藤の方のかかわり 何で陣屋に梶原平次景高が弥陀六と共に来ているのか それに義経まで陣屋にいるのはどうしてか そもそも何で小次郎が敦盛の身代わりなのか などなどわからない事が多いのでございます。 あらすじを書いておりましていつも思うのでございますけれど 時代浄瑠璃はどうもあらすじがキッチリとして フローチャートの様なつくりになっているのでございます。 なので 上記の様に筋道立ててみてまいりますと 全ての事柄がキッチリつながっているのがわかります。 さて、「一谷嫩軍記」の‘嫩‘と言うのは敦盛と小次郎のことなのだそうで 全てのはじまりが大序にあります‘制札‘なのでございます。 ここで義経は熊谷に、小次郎を身代わりにするよう暗示しているのですが ハッキリ面と向かって言い切っているわけではありませんので 熊谷にしてみれば、はたして自分のした事が正解であったのか 首実検が行われるまでわからないのでございます。 ですから 最悪もしかすると義経は小次郎の身代わりを言っていたのではないかもしれないという疑問もあったのでございます。 しかし、熊谷は相模にさえ黙って小次郎の首を討って陣屋に戻ってくるわけです。 花道から出る仁左衛門さんの熊谷は最高です。 ワタクシ今回は一階後方から観ておりましたが マズ背中が大きい!!! 仁左衛門さん、けしてガッチリした体型ではございませんのに とにかくスケールが大きいのでございます。 さらに、この大きな背に敦盛と小次郎の‘次第‘がグ〜っと乗っているわけで 武将と親の二重な感じがにじんで見えます。 舞台に来て、フット見れば相模がいる。 おっと、気付いてパンっと袴を打ちます。 ここで、スイッチしてるな〜、花道でにじんで見えた親の情を腹に収めたのかな、ってわかって 客席で見ていてニッと、してしまいます。 戦物語を始める時も「物語らん」っで帯の辺りをパンっとうって決めますが とにかくキッチリしていて綺麗です。 それなのにどこの場面でも‘情‘を感じるのですね。 優しいのです。 そうして 物語っていても、それが見えてきます。 語りに合わせて場面が見えるのですね。 今回はとくに(・・・なのでしょうか)義太夫がスンナリ耳に入ってきまして 白浪たつ浜辺のイメージが浮かんでまいりました。 時代浄瑠璃ってこういうものなのねっとわかる舞台でございます。(^^ゞ 首実検で熊谷は傍らの制札を引き抜いてきて この制札に書かれているとおりに敦盛を討ちましたって言うわけです。 それで首桶の蓋を取って 首桶の首に驚く相模たちに 「アヽコレ申し、実検に供へし後は、お目にかけるこの首。イヤサコレお騒ぎあるな」 で、制札の見得になるのですね。 仁左衛門さんの制札の見得は、文の書かれている方を下にして決まるのですけれど 團十郎型の制札の見得とは少し違うのでございます。 ここのところ とてもよく書いておられますサイト様がございまして 写真入で詳しく書いてございますので参考になさってくださいませ。 http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/bunseki5.htm (トップ:http://www5b.biglobe.ne.jp/~kabusk/index.htm) 今回の仁左衛門さんの制札の見得は 初代鴈治郎の熊谷の制札の見得にとてもよく似ております。 初代鴈治郎の熊谷の制札の見得は首桶の首を 相模や藤の方から隠すように文の書かれている方を下にして決まるのです。 ここで熊谷が言う台詞は上記のものでございますから 首実検が終わって首が敦盛であると確定するまでは騒いでほしくないのがわかります。 なので、相模や藤の方から首を隠すように決まるわけなのです。 梶原平次景高が陣屋に来ておりますから ここで、ここまできて 身代わりがばれてしまったら 小次郎の死が無駄になってしまいます。 舞台の仁左衛門さんの熊谷は 親の情と忠義でメイッパイ、ピーンっと張り詰めた感じがあります。 さらにこの時 熊谷はまだ自分のした事が義経が望んだ事であったのか まだ正解が出ていないのです。 「御賢慮に叶ひしか。但し、直実過りしかサ御批判いかに。」 っと問うて 「花を惜む義経が心を察し、アよくも討ったりな。」 っで、はじめて正解だったんだよ〜っと義経が答えを出すのです。 ここの仁左衛門さんの熊谷の心情・緊張感はすごくて 自分のした事が義経の思っていたことであったとわかった時、小次郎の死は生きるわけで 武将としての忠義と親としての心情とが緊張感の中で見えてきます。 この後 小次郎の首を抱える熊谷は‘お父さん‘です。 時代物にある‘義‘とか‘忠‘とかではなくて‘情‘を感じます。 抱えた小次郎の首を相模に渡すのですが ここで三人・親子が一緒になります。 どうしてこういう形でしか三人一緒に会えなかったかな〜っと思ってしまいます。 幕切れ前「有為転変の世の中じゃなあ・・・。」っとなるわけでございますけれど 今で言えば熊谷と相模は大恋愛の末一緒になってその時に生まれたのが小次郎なわけで たとえ義経の命令であったにせよ‘あ〜あ〜・・・。‘っと寂しくなってしまうのでございます。 舞台の幕が閉まってから幕外になりますけれど 長唄の三味線が出まして抑えた音で弾きます‘送り三重‘で引っ込みます。 ☆雨の五郎は曽我五郎が大磯の廓へ化粧坂少将に会いに通う様子を舞台にした長唄舞踊でございます。 今回の吉右衛門さんは最高齢の五郎だそうですが 実年齢は関係なかったかな〜っと言う感じの元気な(笑)舞台でございました。 で、衣装が素敵なのです。 黒地に蝶(吉右衛門さんの紋が揚羽蝶ですね)の刺繍の衣装でとてもいいのです。 全体に荒事風に展開していくのですが 途中、真ん中くらいで手踊りになります。 ここはやはりうまいな〜っと観ていてニヤニヤしてしまいます。(^^ゞ とにかく、全体にオチャメな感じなのは やはり吉右衛門さんだからなのでしょうね。"^_^" ☆うかれ坊主は清元の舞踊でございます。 前に長唄での舞踊でございましたので 清元に替わってチョッと感じが違って、耳に聞こえる音が高くなります。 で、これは一度ゼヒ舞台を観てください!っと言いたいほどでございます。 こういうのを‘芸‘というのでございましょうね。 マッタク、歌舞伎は役者の芸を観るものだというのがハッキリわかる舞台でございます。 とくに、踊りは基本なんだな〜っとあらためて感じたりするわけでございます。 ほんと、富十郎さんサラサラと踊っていらっしゃいますけれど よ〜く考えれば、こんなにサラサラ体が動く事自体スゴイです。 私など舞踊のことなどゼンゼンわからなくても‘お〜スゴイ‘‘ゼッタイまねできっこない‘(あたりまえですけれど(^^ゞ)っと思ってしまいます。 ☆人情噺文七元結は三遊亭円朝が口演した人情噺を元にした舞台です。 序幕の長兵衛内の場から どうも長兵衛が‘らしく‘なくて 面白いのですけれどヒトツ乗りきれなくて 歌舞伎の世話物ってこんな感じだったかな〜?っと思いながら観ておりました。 そのような中でピカイチでありましたのが 角海老のお駒・秀太郎さんでございました。 舞台がグッと引き締まった感じでありました。"^_^" あ〜歌舞伎!!っと思ったところでございます。 全体としては昼の部最後の演目だな〜っと言った感じで ほのぼの楽しい舞台でございました。 |