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話は少し前後します。 私の始めての出産は それまでの私の体調が あまりと言うかマッタク よくなかった事もあったせいなのか それとも単に年のせいであったのか とにかく かなりの難産で母子共にヤバイ出産でありました。 で、緊急の帝王切開で切迫仮死で生まれてきた長男は 週数はかろうじ て37週に入ってはいたのですが体重が1780グラム程しかなくて 即、保 育器に入りました。 ソフトボールくらいの大きさの小さい頭で 手や足は‘ポキ‘っと折れてしま いそうなくらい細いのです。 私は自分もお腹を切っているので 我が子をちゃんと見たのは 出産から 3日ほど過ぎてからでした。 もちろん 保育器に入っているのでガラス越しでした。 コチコチにはってくるオッパイを搾乳しながら 出産から10日ほどで私だ けが退院し 長男一人がその後約1ヶ月保育器に入ったまま病院に残った のです。 私一人が家に帰って1ヶ月間 間違いなく赤ん坊は生まれているのですけ れど どうも子供の居る家ではないのです。 病院に居るわけなので あたりまえと言えばそうなのですが なんか中途 な感じではありました。 それが ようやく一月ほどして 1ヶ月検診の日に2700グラムで退院する 事になりました。 この日 私は 私が生まれて初めて 子供も産まれて初めて 互いに抱っ こし抱っこされたのでした。 ‘ウワ〜なんて軽くて小さいんだろう。‘と、思いました。 とにかく 仮死で低体重で生まれてきたので 何か後遺症が残っていない か心配であったのですけれど とりあえず1ヶ月検診では異常はなくお父さ んとなった連れ合い・明さんの運転する車で 親子三人で我が家へ戻りまし た。 まあ、こんな時それぞれの家庭でいろいろな事があるのでしょうが 子供 のために静かにしようと気を使うとか ご近所の人が赤ん坊を見に来てにぎ やかであるとか 家族で何かお祝いするとか。 私も確か病院から帰る途中でケーキ屋さんによってイチゴのケーキを買 って帰ったような記憶があります。 もちろんケーキを食べたのは私でございます。 でも こんなことは一時の事でありまして すぐに赤ん坊のいる 時間が あって無きがごとき毎日が始まったのでした。 私も始めての事であるので あまり要領も良くなくて 例えばミルクビンも 二本しか用意していなくて(母、すじ子さんが ‘二本もあれば十分だ‘と、言 ったので・・。)この頃はまだミルクビンの消毒に液体の消毒液を使っていて 一時間ほど時間がかかったのです。 今は電子レンジでしょうか・・・。 それで、子供のミルクの飲みが遅いと 作り直したりして二本とも使って しまったりしたのです。 それでミルクビンは 後で追加して購入したのでした。 生まれた時に 人よりかなり小さく生まれているので はじめのうちは日数 のわりにミルクの飲みも少なく それなので授乳の間隔も短くて でも早く 大きくなるように(はじめは体重が落ちないように)授乳の量をかなり気にし たのでした。 なので はじめは母乳とミルクの混合であったのですが 結局五ヵ月頃に はミルクだけになりました。 オムツも布オムツの方がいいと言って 何枚か用意していたのですが 入院中に紙オムツに慣れてしまったので これも急いで買いに行きました。 他にも細かい事で いろいろその場になってから気付く事がたくさんあった 様に思います。(実は三人子育てした後 振り返ると‘もっとそれなりにでき たのにかわいそうなことしたかしら‘と思うことがたくさんあるのです。) そんなことであったので 子供もよく泣きました・・・。 さて、ここで問題です。 泣く子はいったい誰が見ればよいのでしょうか? ‘母親‘とお答えになられる方が多いのでしょうか。 泣く子の側に母親しか居ないのであれば 私も同じ様に答えます。 でも 母親以外にも子供のそばに誰か子供を見ることのできる人物が居 たら 別に母親だけが泣く子を見に行かなければならないとは思わないの です。 誰でもいいのです。 その子にかかわる全ての大人が 見ればよいことではないのでしょうか。 しかしです、実際はどうも母親ひとりにあまりにも多くのことが まかされ過 ぎていないでしょうか。 子供は無条件で 自分の命を側に居る大人に預けています。 人の命は 例えそれが子供の命であっても 人ひとりで抱えられるほど軽 いものでは絶対にありません。 命はそのはじめからすでに 最低でも人ふたりがかかわらなくては この 世に生まれ出る事はないのです。 それなのに生まれるとその多くの責任が母親一人にかかってくるのです。 母親、父他人・・・。 母親、父子供・・・。 こんな感じ 子育て経験のあるお母さん なんとなく理解できたりしません か。 いえ、もちろん 全てがこうであるわけでは ありません。 しかしです、 「夕飯の支度をしていると ‘黄昏泣き‘で子供が泣き出したのですが、 休みで家に居て一日中テレビを見ているお父さんは すぐ横に居るのに 泣いている子供に無関心で テレビを見ているのです。」 とか、 「子供がみかんの皮を頑張ってむいて食べているのに その前で‘皮むい てくれないと食べられない‘と言って食べないお父さんです。」 とか、こんな話は 子供雑誌のお母さんコーナーなどに 山のように書か れているのです。 さらにです、 「男は、外で仕事をしているんだ。」 なーんて 共働きで言われちゃったり・・・。 仕事して 忙しいとか疲れたとか言うなら なんで子供ができる様な事を するんだろー。 その時は 忙しくないし疲れもしてないわけなのでしょうね・・・。 まあ、‘そんな男と一緒になったあんたが悪い‘と、言ってしまえばそれま でですけれど 子供は親を選べませんからね・・・。 ここが 大事な所なのでしょう。 で、だからなのです 子育ては子供の命を抱える事であるので ひとりで できる事ではないし ひとりでしていい事でもないと思うので ここはまず お母さんが子供のために‘子育て求人‘して‘子育て人‘の確保をしなくては だめなのでしょう。 どんな人を求人するのかは お母さんの思うところでありましょう。 私の場合は家族が多いので まず家族からでした。 一番は やはりババ・私の母親すじ子さんです。 もちろん私はあてにしておりましたので これは時間の問題であったかも 知れないのですが・・・。 まだ子供が病院から戻って来て幾日もたたない頃こんな事がありました。 夕飯もすんで 皆はテレビを見ていました。 私は子供に授乳してから 二本しかないミルクビンを使ってしまったので 子供がぐずった時の事を思って急いでビンを洗って消毒液を作っていまし た。 で、こんな時に限って赤ん坊は泣くのです。 しかし、泣かれても授乳はすんだばかり 今さっきまで抱っこしていたわけ だし 後考えられるのはオムツくらいの事なので ホッカッテおきました。 とりあえず ミルクビンを消毒液につけてからでいい事なのです。 ところがここでジジ・私の父よし雄さんが 「おーい、赤ん坊が泣いてるぞー。何とかしろ。」 と、うるさく言うのです。 だいたい我が家は もともと小規模住宅、家の中で赤ん坊が泣いていれ ば どこにいたってその泣き声は聞こえるのです。 赤ん坊の泣き声だけだって十分うるさいのに ジジのグダグダ言うのは さらにうるさくて 台所で私は 「うるさいのは子供だけでたくさんだよ!見に行かれれば見に行くよ。ミル クビンを消毒しとかないと次に使えないんだよ。」 と、怒鳴りました。 するとジジはテレビを見ながら 「うるさくて音が聞こえない。自分の事をする前に 子供に合わせろ。」 と、言います。 「ふざけんな!なに言ってんだよ!どこが自分の事だよ!ミルクビンでミ ルクを飲むのはあたしじゃないよ。消毒液につけとかないと次のとき使えな いの。何にも知らないくせして てきとうな事言うなよ。だいたい泣いてる赤 ん坊の横で大人が三人もボサボサとテレビ見てんでしょ。台所で洗い物して る あたしが見るよりテレビ見てる暇人が赤ん坊見たっていいんじゃない の。 仕事してる大人が何で子供に合わせんだよ。子供が泣くとジジがうるさくて 嫌だから子供を泣かせるなってことでしょ。結局 自分が嫌だから言ってる だけじゃん。」 と、私が怒鳴ると すかさず 「お前は わがままだ。」 と、ジジが言い返します。 「あんたの子だよ。でも ジジよりましだと思うけどね。だいたい自分が子 育て中に家に居なかったくせによく言うよ。」 私が小さかった頃 父は仕事でほとんど家に居ませんでした。 自分の親なので言い返せる言葉でありました。 「何でもいいけど 子供泣かせっぱなしじゃしょうがないから あんたが台 所終わるまでババが見てるわ。」 ここでババが入ってくれて オムツを取り替えて泣く子を抱っこしてくれた のでした。 たいてい私と父の喧嘩の仲裁は母で 貧乏くじを引くのでした・・・。 この後 私は二回出産するのですが その時もババが一切を引き受けて くれたのでした。 ウメ婆ちゃんを見ているのに ありがたいことでした。 この時から今もババはズット子供たちを見てくれております。 で、私がモタモタと慣れない手つきでミルクビンを洗い消毒液につけてか ら 子供を引き取りにババのところへ行くと 「寝たから 静かに。」 そう言って子供を布団に下ろしてから 「ミルクビン何本か買って来たほうがいいかもね。」 と、言いました。 もちろん 次の日ミルクビンを買いに行きました。 この事があってからババ・すじ子さんは私の様子を見て その時々で手を 貸してくれる様になりました。 実はこの時うるさく言ったジジ・よし雄さんも 後々、‘子育て求人‘するの に成功しているのです。 このことは 後で書く機会があればまた書きたいと思います。 次はもちろんお父さんです。 だって子供の半分は お父さんからもらったもので生まれてきているので すから。 このテレビを見ていた三人のうちの一人はお父さん・明さんです。 しかし、マッタク空気のようで そこに居るのかも分からないほど気配をな くして だっまっていました。 と言うより‘子供に関心がない‘‘気持ちが子供にゼンゼン向いていない‘ 感じで 人事の様なのです。 さらに数日後 子供が夜鳴きして まだよく扱いに慣れていない私や家族 の者が 何か具合でも悪いのではないかと夜中に皆で心配している時も━ ウメ婆ちゃんでさえ泣く子を見て‘お腹がすいているのか、オムツがぬれて いるのか‘と気にしていたのに━ひとり二階でガーガーいびきをかいて寝て おりました。 確かにこの時 子供は別に具合が悪かったわけではありませんでした。 原因はよく分からないのですが 授乳の後でしたしオムツも見ましたから マア暑かったとか寒かったとかそのくらいの事でグズッテいたのだと思いま す。 しかし、出産の時かなりの難産で切迫仮死という状態で 異常分娩で生ま れているので 私もジジやババもかなり後遺症などのことを気にしていたの です。 私は元々は三人姉妹でありました。 それが今は一人っ子です。 父と母は まだ生まれて間もない赤ん坊の我が子を 二人亡くしているの でした。 その様な事であったので 特にジジとババは心配したのですが 私はやは り仮死状態で生まれてきた事が気になっておりました。 で、この後さんざん白湯を含ませたり抱っこしたりして 子供が落ち着いて 泣き止み 寝ないまでもおとなしくなったので 私は子供を抱っこして二階に 戻りました。 この時 まだお父さんは 自分にはマッタク関係のない事であるかのよう にガーガー寝ておりました。 たぶん ‘この人は今 子供が命にかかわる様な事で泣いていたとしても このまま起こされなければ きっと朝まで何も知らないままガーガー寝てい るんだろうなー‘ と、この時思ったのですが ‘これはチョッとまずくないか‘ とも思いました。 もし、今の夜鳴きが具合が悪いのが原因であったとしたら おそらくあの 状況では 私は二階にわざわざ上がって来ることもなく そのまま身支度を して 子供を抱っこしたままジジに病院へ連れて行ってもらったはずです。 人手がある分 自分から子育てにかかわらないと 取り残されてしまうの でした。 下階での騒ぎを知らずに寝ているお父さん・・・。 やっぱりこれはチョッと情けない話の様な気もするし‘なにヤッテンダー‘ と腹立たしい気にもなりました。 私は子供を抱っこしたまま お父さん・明さんの枕元に立って 「おい!あんた・・・。なにガーガー寝てんだよ。子供が具合悪くて泣いてる かもしれないって 家中の者が心配してんのに父親が何ガーガー寝てんだ よ いい加減にしなよ。‘どうしたの、だいじょうぶかな‘くらい起きてきて言い なよ。あんたも親だろ。仮死で生まれた子を少しは気に掛けろ!!」 オモイッキリ怒鳴りました。 私の声はメチャクチャ大きくて通ります。 明さんは 吹っ飛び起きました。 「???」 寝ぼけた顔で 子供を抱っこして怒っている私を見て 「どうしたの・・・?」 と、・・・。 「知るか!」 怒ったまま子供を横に寝かせて 私も背中を向けて寝てしまいました。 明さんは なんだか分からないまま‘なんなんだよー‘などとブツブツ言い ながら下階へ降りて行きました。 トイレに行ったか、何か飲みに行ったかであったのでしょうが 私の大声 は下階にももちろん聞こえていたので ババが訳を話したのでした。 翌日 私はババ・すじ子さんに 「こうして欲しいと思う事があったら 言わないと通じないよ。たぶん分かっ てくれるだろう なんて思っても分かりゃしないんだから。それで夜中に怒鳴 ったて仕方ないでしょ。」 と、言われました。 確かに・・・。 キチンと どうして欲しいか どうしたらいいか 話さなければ自分の思うと ころは伝わるはずがないのです。 父親として子供にシッカリかかわってもらいたいのであれば その様に話 さなければ 分かってはもらえないのです。 子供が夜鳴きした翌日の夜、 「昨日、子供が夜鳴きして大変だったんだって? ゼンゼン気が付かなく てさ。でも、具合が悪いわけじゃないんだろ?」 と、明さんの方から言いました。 「うん、泣きたかっただけみたい。でもね出産の時が大変だったから あな た以外は皆スッゴク心配したのよ。」 「そう言う 言い方ないんじゃないの。」 「じゅあ どう言うの。ほんとの事でしょ。」 「仕事があるからさ。疲れてるんだよ。それで起きられなかったの。」 よくある話でございましょ。 「それじゃ子供なんてつくらなきゃよかったんじゃないの。妊娠したのが分 かった時‘良かった‘とか言ったくせして 生まれたら知らん顔なんだ。父親 なんだから親としてキチンと子供とかかわってくれなきゃ困るんだけど。あの ね私だって 昼間寝てるわけじゃないんだよ。はっきり言って 仕事してた時 の方がウーント楽だったよ。今からだっていいよ 子育て半々にして 私仕 事しようか。今なら まだ仕事にすぐ戻れるだろうから。きっとその方が私は 楽だわ。」 たしかに一日中 子供にベッタリくっ付いているのは 私にとってはしんど い事でございます。 「仕事の事は もう話し済んだんでしょ。」 「仕事があるから 子供にかかわらないって言ったの明さんじゃない。」 「かかわらないとは言ってないよ。」 なんだか水掛け論になりそうでした。 で、ここで ふっと 思いついた事がありました。 「仕事があるから起きなかったんだよね。仕事のために泣く子を無視した んだよね。仕事があるから子供とかかわれなかったんだ。それじゃ仕事が なければ起きたんだ。仕事を気にしなくて良ければ子供とタップリかかわれ るんだ。そう言う事だよね。なら、金曜と土曜と休日の前の夜は子供見れる んだ。あ〜そっか、そうだよね 休みの前の夜は明さんに子供見てもらお う。そしたら私熟睡できるもん。あ〜よかった。これでユックリ寝られる日が できた。うれしいな。さっそく、今週の金曜日からたのむね〜。」 勝手に強引に決めました。 昨夜の騒ぎの事があるので 明さんはなにやらブツブツ言ってはおりまし たが はっきりとは何も言いません。 あはは・・・なんと仕事を理由にした明さんに 仕事の休みを理由に子供を 渡すきっかけを作る事ができました。 おまけに 私もユックリ寝られる・・・。 ありがたや ありがたや・・・。 でも、ここからが私としては我慢でありました。 手を出さないってケッコウ我慢が要るのです。 ここで私が明さんのやり方にケチを付けて 子供を取り上げてしまったら おそらくもう絶対に子供は預けられないと思いました。 自分とやり方が違っても はじめは慣れていなくてイライラしても 失敗して 後始末が少しばかり大変でも とにかく子供を渡して自力で何とかできるま で待たなくてはなりません。 とにかく 我慢でした。 相手にどれだけ私の方が 合わせられるかと言うことです。 とりあえず、ブツブツ言ってやる気のない明さんに 前もってミルクの作り 方や飲ませ方 紙オムツの使い方オシリのふき方などを教えました。 でも考えてみれば 私も明さんも子育てのスタートは同じなのです。 なのに まだ幾日も経っていないのに すでにこんなに子供に対するかか わりが違ってしまっているのでした。 それでも明さんは 人事の様に話し半分で聞いていました。 きっと 誰かが代わってやってくれるだろうと・・・。 金曜日の夜、私は夜の最後の授乳を済ませてオムツを替えてから 二階 にミルクビン予備を含めて三本・計量済みミルク三回分・ミルク用湯沸しポ ット・オシリふき・紙おむつ・着替えの服二組・ティッシュボックスなどなどを 用意しました。 それから 下階でテレビを見ていた明さんに 「それじゃ私寝るからね〜。一様みんな用意してあるから後宜しくね。あれ だけ準備してあげたんだから ちゃんとやってよね。今ミルク飲んだばかり だから後二・三時間はミルク飲まないからね。」 そう言って 子供と明さんを残して二階へ上がって寝てしまいました。 さて それからしばらくして 子供を抱っこして明さんが二階へ上がってき ました。 子供をベビー布団に寝かせてから自分も布団にもぐりこみます。 子供は寝ていないようです。 寝付いていない赤ん坊を コロッと布団に転がして そのまま赤ん坊が寝 てくれるはずがありません。 しばらく ホニャホニャしておりましたが やはり最後にはフッフッとぐずり はじめて結局泣き出しました。 私は寝ていませんでしたし たとえ寝ていたとしても 子供がフッフッとぐず りだせばその時点で眼がさめます。 泣き出すまで気がつかない事はありません。 自分でもビックリするのですが意識していないのに 子供の気配をずっと 気にしているようなのです。 今でもまだ この状態は続いております。 でもこの時 私は泣いている子供のところへは行きませんでした。 かなり時間が経って子供がいいかげん大泣きし始めた頃 ようやく明さん が気が付いて 「ねえ、ねえ、子供泣いてる。」 と、言いました。 私が何も答えないので ツンツン突きます。 仕方ないので 「オムツが汚れてなければ ただグズッテ泣いてるんだから 抱っこして 寝かしつけないとだめだよ。」 「やってよ。」 「今日は明さんのお当番。」 私はそれだけ言うと 布団をヒッカブッテ寝てしまいました。 はっきり言ってこの時は無理に寝ました。 起きているときっと手を出したくなると思ったからです。 それまでオモイッキリ寝不足であったのが幸いして 寝ようと思った瞬間に 寝る事ができました。 あれだけ準備したんだし・・・だいたい自分で子供を見るときよりはるかに 多くの事を考えて ミルクや紙オムツや着替えまで用意したのですから。 後は お父さんを信じるだけでございます。 お父さん、かなり悪戦苦闘しておりました。 ゴソゴソオムツを見ています。 そんなにモタモタしてオシリ出したままにしてると 子供が風邪をひきそう です。 慣れない抱っこなので 子供は少しも落ち着きません。 子供は腕で抱っこしても落ち着かないのです。 胸で 体にピッタリくっつけて 抱っこしないと・・・。 それにかなり大泣きした後なので すこぶる機嫌も悪いのです。 さらに やたらとガタガタ体を揺するので 子供はますます寝付きません。 困ったお父さんは何やら小声でブツブツ言います。 私は聞こえないふりをして 寝てしまったのでした。 任せると思ったんだから 任せるしかないのでした。 でも寝てしまっても 私だって後始末が大変でありました。 慣れないお父さんが それでも子供のために懸命に 寝かしつけたりミル クを作って飲ませたりオムツを替えたりするのです。 ミルクがちゃんと溶けていなくてミルクビンの底にイッパイ残っていたり(子 供は薄味ミルクを飲まされてしまったのですが・・・) 紙オムツがうまく付け られなくて半脱げで服が汚れてしまったり シーツが汚れたり それはもう 後始末がえらく大変でした。 でも、こんな事はじきに慣れてできるようになるのです。 それまで私が待てばいいだけなのでした。 もちろん私は少しでも‘子育て人‘を確保したいので 待つなんて平気で した。 ‘短気は損気‘我慢して待ちました。 子供の父親なのだから 子供を見るのにこの人以上に信じて渡せる人な どいるはずはないのでしょうし・・・。 それに お父さんが子育てにかかわってくれて 私とはやり方が違うのだ ということにも気付きました。 と、言うより‘何でもあり‘ ケースバイケースで子育て方法なんていくらで もあって 決して育児雑誌に書いてある事だけが 子育てではないと気付き ました。 ここで 自分とやり方が違う事を否定してしまうと そこから先が続かない のでしょうけれど‘マアいいや‘と思ってしまうと そこから先がグーンと広が るようなのでした。 例えば子供が泣くと私は抱っこして寝かしつけてから自分が寝ました。 添い寝するのは良くないと思っていたからです。 でも 明さんはベビー布団ごと自分の布団の横に持って来て子供と一緒 に寝てしまいます。 見ていると別に不都合もなさそうです。 自分の布団で一緒に寝ているのではないので つぶしてしまったり掛け布 団で窒息してしまう事もなさそうでした。 ‘あーそんなに神経質になる事もないんだ。‘と、思ったものです。 しばらくして お父さんが子供をうまく見れるようになった頃 「ねえ、オシャブリないの?」 と、聞きました。 「うーん・・・。癖になるしあんまり良くないって話だから買ってないんだけ ど。」 「買ってくれば。だめなら止めればいいんだし。あるとラクそう・・・。」 「じゃ、後で買ってくるわ。そうだね あんまり神経質にならなくてもいいよ ね。」 「なるようになるんじゃない。」 「そうね・・・。」 オシャブリは大正解でした。 前準備や後始末は私がやらなければなりませんけれど お父さんのやり 方や見方に任せる所は任せてしまうと 実はこんなにいい協力者はいない のでした。 しばらくすれば慣れて 特別な準備や やっかいな後始末もなくなります。 後はこちら次第。 はじめはうまくできなくてもブツブツ言っても とにかくお父さんなのだから 親なのだから それを信じてフォローしていけば ナーニ私よりよほど視界 が広くて 育児雑誌など読んでいないのでかえって神経質になっていなくて 役に立つ意見もあったりするのでした。 オムツ替えも何でもOKであったので 後々子供たちが少し大きくなって イベント会場などへ遊びに行っても 込み合う女子トイレに行かなくてもお父 さんが男子トイレに子供たちを連れて行って 何でも処理してくれたので 特にパンツトレーニングの時など大助かりでありました。 もちろん母親と父親 それぞれの子供に対する‘かかわり方‘は違う事も ありましょう。 違わなければ それはそれで困る事かも知れません。 でも、乳幼児に‘父親の後姿を見せるんだ。‘なんて言っても たぶん子供 は目の前の母親しか見てはいないような気もします。 子供も乳児・幼児・学童・・・と、成長します。 どの時期でも 父親・母親は必要で 親の方が子供の成長にあった‘かか わり方‘をしなければならないとも思います。 なので、乳幼児の頃はお父さんも‘後姿を見せる‘より 実際に子供に接し て子供にマミレテ欲しいものだと思うのです。 先日、長男・小学三年がこんな事を言いました。 「お母ちゃんは、好き度100。」 そばにいたお父さんが 「お父ちゃんは?」 と、聞くと 「お父ちゃんは、好き度30。」 私は、笑う 笑う・・・大笑い。 あんなに頑張ったのにね、お父さん! 寝ないで抱っこしたりミルク飲ませたり・・・大変だったのにね。 好き度30だって!! ご苦労様。 子育てってこんなもんなんでしょうね。 私から‘ありがとう‘を、‘100‘さし上げたいと思います。 これからもよろしく!! |