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ちょうど いま時分のことでした。 10月頃、暑かった毎日がお彼岸あたりから グッと過ごしやすくなって いよいよ秋だなーと、いった頃です。 春先に生まれた長男も6ヶ月を過ぎて 乳児身体発育曲線の‘線‘の一番 下限のところまで身長・体重共に入ってきました。 体もシッカリしてきて ひとりすわりもできる様になりました。 夏の間は 陽射しが強くてあまり長く散歩もできなかったのですけれど 暑さも和らぎ お散歩日和になったのです。 リサイクルショップで買ったA型の やたらと頑丈な けれども重たい ベビーカーに長男を乗せて近くの公園へ散歩に出かけます。 この公園は長い遊歩道になっていて 小川に沿っていろいろな草木が 植えられています。 春などは毛虫が落ちてきたりすることもあって チョッと気をつけないと いけないのですが 秋には‘どんぐり‘がイッパイ落ちていて 子供たちが 小さい手に持ちきれないほど拾って遊んでいるのです。 そんななか まだ話しかけても返事のない長男に なかば独り言の様に ‘お日様があったかいね。‘とか‘どんぐりがイッパイ落ちてるね。‘とか話か けながら ゴロゴロとベビーカーを押して歩くのです。 でも別に私は特別お散歩好きというわけではないので こんな事をしてい ても私自身はちっとも面白くないのでした。 で、‘ついでにお買物などして来ようかな。‘と、なって 散歩しながら買物 をするのですが ベビーカーを押して買物の荷物を持つのでは そんなに多 くの買物はできませんし かさばる物も持って来るのが大変です。 それなら 子供をチャイルドシートにくくり付けて車で出かけた方がいいの です。 でも これでは 子供のための散歩にはならないのでしょうね・・・。 もう少し 大きくなれば児童館へ行ってもいいのですけれど まだひとり すわりできる様になったばかりでは児童館へ行っても遊び様がありません。 私としては とりあえず 散歩の途中で私自身が飽きない話相手でもいれ ばいいわけなのでした。 それで私はウメ婆ちゃんとすじ子さんの散歩に付き合う事にしたのです。 ウメ婆ちゃんとすじ子さんの散歩は 気まぐれでした。 行ったかと思ったら 何分も経たないうちに帰ってきたりします。 理由はいろいろでしたが たいていはトイレでした。 ウメ婆ちゃんは家の中では ほとんど座ってばかりなので 散歩に出て 少しでも体を動かすと お腹の中も動くのでしょう トイレに行きたくなって しまう事があるのです。 そうかと思うと 留守番している私が心配になるくらい長い時間戻って来な かったりもします。 公園でおしゃべりしているのです。 その様な事であったので いっしょに行かなかったのでした。 でも、まあ 私と長男とで散歩に行くよりは 時間はあてになりませんけれ ど 退屈はしないかなと 思ったわけです。 お日様がポカポカ暖かい中 私は長男を乗せたベビーカーを押して ウメ 婆ちゃんは杖をついて すじ子さんと四人で ゆっくりゆっくり歩きます。 ウメ婆ちゃんは歩く道すがらベンチがあれば ‘ドッコイショ‘と、座ります。 長男が飽きてしまわないように ベビーカーを横に置いて 前後に小さく 揺らしながら 付き合って座っていると カチッと音がして 見るとコンクリー トで舗装された公園の遊歩道の上にどんぐりが落ちて 小さくはねます。 「!・・・。」 私は この時までどんぐりが落ちる瞬間を見た事がありませんでした。 もちろん 落ちているどんぐりは いくらも見ていましたけれど 目の前で カチッとはねて落ちるどんぐりなど 見た事がなかったのです。 ところが ベンチに座っては またドッコイショと歩き出す超ノンビリペース の散歩の間中 何度落ちるどんぐりを見たことか・・・。 まるで ふる様に落ちてきていたのです。 今までゼンゼン気が付かなかった・・・。 だから 公園で遊ぶ子供たちが手に手にどんぐりを掴もうと お砂場バケ ツで拾い集め様と 冬になって木にどんぐりがなくなるまで 公園に落ちてい るどんぐりは つきる事がなかったのでした。 チラッと横に座っているウメ婆ちゃんに眼を向けると 婆ちゃんはポカンと 口を開けて どんぐりの落ちてきた木の上の方を見上げているのでした。 しばらくすると 頃合を見計らってすじ子さんが 「そろそろ 先へ進もうか・・・。」 と、ゆっくり歩き始めます。 ウメ婆ちゃんは立ち上がる前に グッと腰をかがめて幾つかどんぐりを拾 うと上着のポケットに入れました。 そうして ドッコイショと立ち上がって また杖を突きながらゆっくりゆっくり 歩きはじめるのです。 それにしても・・・どんぐりを拾う時の素早いこと! どうしてあんなに柔らかく腰の曲げ伸ばしができるのか、とても89歳の婆 さんには思えないのでした。 長男はぐずる事もなく キョトキョト辺りを見ています。 夜鳴きがすごくて しばらく昼夜逆さまであったのですけれど ようやくこの 頃には 人並みの昼と夜が戻ってきておりました。 もう離乳食は始まっていましたが体が小さくてミルクを飲む量が少ないの で まだ夜遅くか朝早くに一回授乳しなくてはなりませんでしたけれど・・・。 ウメ婆ちゃんはマイペースで 拾ったどんぐりを小川に投げたりしていま す。 ポッチャと小さい音がします。 長男が体を起こして 前にある安全バーにチッチャイ手で掴まりながら ウメ婆ちゃんのする事を じっと見ています。 婆ちゃんはマイペースなので長男を無視してしまう事もあるのですけれど 気が向くと 笑いながらポケットのどんぐりをまた小川にポチャッと投げたり するのです。 「ボク、面白いだろ。ほら、も一つ。」 声を掛けられて長男は喜んで笑います。 婆ちゃんは 長男の喜ぶ顔を見ながら ポケットのどんぐりをポッチャポッ チャと 投げるのです。 何の事はない ただそうやってぶらぶらゆっくり歩いて行くわけなのです。 たまに公園沿いにあるコンビニで おやつなど買ったり ‘今日はポカポカ 暖かい。‘だの‘桜の葉が色づいてきた。‘だの 話しながらベビーカーを押 して すじ子さんやウメ婆ちゃんの後姿を見ながら 一番後ろから付いて行 くのでした。 しかしそれでも、私としては 返事のない長男と二人だけの散歩よりは退 屈しませんでした。 それどころか 今振り返ってもこの時過ごした時間は 私にとっては宝で あったかもしれないと思うほどなのです。 一番後ろから付いて歩く私は 前を行くすじ子さんやウメ婆ちゃんそして ベビーカーに乗っている長男の後姿に 時間の流れ・命の流れを感じる事 ができたのでした。 この時ほど 仕事を辞めていて良かったと思ったことはありません。 仕事をしていたのでは おそらく手に入らなかった時間でありましょう。 親子四人・四世代で のんびり過ごす時間。 望んだって今の時代そう簡単に手に入るものではありません。 品物は買うことができます。 サービスと言う名の親切も買うことができます。 時間だって買うことができます。 でも、時間の流れ・時代の流れ あるいはその流れの中にいる自分を 見つけること 途切れていない命の流れを感じること そういったことは多分 お金ではどうにもなりはしない事だと思うのです。 ラッキーな事であったと思うのです。 ウメ婆ちゃんとすじ子さん二人の散歩暦はケッコウ長かったので 公園の 散歩友達がたくさんおりました。 公社から来ている公園の清掃のおじさん達とも仲良しでした。 じつは私はこのゆっくりペースの散歩の時まで 公社から来ている清掃の おじさんが居る事を知りませんでした。 東京に越してきて十年にもなろうかというのに その十年間ずっと仕事を していて家に居る時間がほとんどなかったからでもあるのですが 周りの事 を全然知らなかったのです。 おじさん達は すじ子さんとウメ婆ちゃんの姿を見て声を掛けてくれます。 いつもは‘お婆ちゃん元気かい?‘とか‘風邪に気を付けなよ‘とか言うの ですけれど 時たまベビーカーに座ってキョロキョロしている長男を見てニコ ニコ笑いながら 「ハハハ・・・お婆ちゃん、ひ孫と一緒かい。いいねー。」 なんて言ってくれるので ウメ婆ちゃんは なんとなく照れた様に笑ってい ましたけれど でも喜んでもいました。 「ひ孫ができる歳になっちまってよー。でも、この歳まで元気でいたから こんな坊を見れたんだー。まだまだ元気でいないとなぁ。」 なんて言っていました。 私は‘あーこの子が居るということで 喜んでくれる人がいるんだ。しあわ せな子だなー。ありがたいなー。‘などと思ったものです。 命のつながりを 快く思い喜ぶ事。 ウメ婆ちゃんは あたりまえにそうしていました。 今の世の中 こういう事があたりまえではない、そんな事が多くありはしま せんか・・・。 結婚話があってからこっち2年ほど とにかくめまぐるしく生活の状態が変 わり 忙しくて息つく間もありませんでした。 そうして ふっと手にした超ゆっくりな時間。 子供のころボサボサと流れる雲を見ていた時間、独りのとき窓から月や 雨を眺めていた時間 それと同じ種類の時間が戻って来たのでした。 なにか大きなゆっくりとした流れを感じる瞬間を 持てる時間。 ポカポカのお日様、カチッと音のするどんぐり、色づく桜葉、ポッチャと水 音、すじ子さんやウメ婆ちゃんの後姿、遊んでいる子供の声、おじさんの 笑う声、長男の横顔・・・。 特別な事や特別な物があるわけではありません。 ただただホッとするだけの時間です。 あんまり何かを考えたりしない時間です。 でも、特別に心地良い時間で なんとなく大事な時間の様な気がします。 ウメ婆ちゃんから 少しお裾分けしてもらった時間なのでした。 |