子守                      もくじへ戻る トップページへ戻る

 はじめのうちは たとえ自分のお腹がふくらんできても イマヒトツ実感が
なかったのですが 35週目に入って仕事を辞め それからボツボツ子供の
肌着など近くのスーパーへ買いに出かけ やたらとサイズの小さい品物が
身の回りに増えてくると なんとなく小さい子供━赤ん坊が じきに家族に
なるんだなぁ・・・と思えてきたのでした。
 今考えてもおもしろいなー・・と思うのは 自分の体がどんどん変化して 
子供がボコボコお腹を蹴飛ばしても 目の前に子供の存在をハッキリ示す
物がないと なんとなく 夢のようであるのですが たとえそれが 子供その
ものでなくても ベビー服やら肌着やらそういった物があるだけで これは
現実なのだと 本当に赤ん坊が自分の所へ来るのだと実感できるのです。
 おかしなものです・・・。
 だから 私は はじめて子供がお腹の中でゴチョゴチョ動いたことよりも 
実は はじめて肌着とベビードレスを洗濯して干した時 そのとんでもなく
ちいさなサイズにビックリして でもなんだかスゴク感激して これを着る
子供がじきに生まれるんだなぁ・・・と 思ったことの方が 今でもハッキリ
記憶に残っているのでした。

 そうして もうひとつ 私のググーンット大きくなったお腹を見ては 毎日の
様に いいえ毎回、
 「大きなお腹だね。赤ん坊がいるみたいだ・・。もうじき生まれそうだね。」
 と、同じ事を独り言の様に言うウメ婆ちゃんが思い出されるのでした。
 「私もね 若い時は子供産んで育てたけどね そん時はもう夢中で育てた
から何も覚えていないな・・・。戦争で物がなかったから大変だったなぁ。」
 なんて言ったりするのです。
 今までこんな事 話した事ないのに。
 それで すじ子さんが 
 「弟が生まれた時 ミルクがなくて 米のとぎ汁を変わりに飲ませてたの
覚えてる?」
 と 聞くと
 「あの頃は ミルクなんてなくてね・・・。それでも よく育ったもんだ・・・。」
 なんて答えるのでした。
 「土手で野菜作ってたのよね。私 よくその野菜取りに行かされたもの。そ
れに ヤギも飼ってたでしょ。お婆ちゃん覚えてる?」
 「あー・・・飼ってたね。」
 昔 ウメ婆ちゃんは江戸川の近くに暮らしていたので その土手で野菜を
作ったりしていたのだそうです。
 ヤギもそこで飼っていたらしいのですが 土手の杭にただ結わいてあった
だけだったので じきに盗まれてしまったのだそうです。
 「乳を飲むのにいいかと思ってもらったんだけどヤギの乳はあんまりおい
しくなくて それに良く食べるから 飼うのが大変で 誰かが持っててくれて
ちょうど良かったんだよ。」
 へへへ・・・と笑いながらウメ婆ちゃんは言います。
 「物のない時だから なんでもおいしいと思ったけど 今飲むとなると 
やっぱり飲めないかな。チョッとくせがあったよね・・・。少し経ってから 牛乳
でヨーグルト作ったでしょ。」
 すじ子さんが言います。
 「飲みきれない牛乳を 今みたいに取っておけなかったからね。」
 と、ウメ婆ちゃん。
 「なんで?」
 と、私。
 「冷蔵庫なんてなかったのよ。」
 と、すじ子さん。
 「捨てるのもったいないし ヨーグルトにすれば少しは日持ちするかと
思って。でも、あんまり持たなかったな・・・。」
 ウメ婆ちゃんは 結構はっきり覚えているらしくて すじ子さんが話を向け
るとよく答えてくれました。
 「カボチャのクッキーみたいなもの作ったこともあったよね。」
 「あれは・・・何の粉だったかな・・・。小麦粉だったかな・・・忘れちまった。
でも、とにかく なんかの粉をたくさんもらったんだけど おいて置くと虫が
付くから はやく食べちゃおうと思って たまたまあったカボチャをつぶして
混ぜて焼いてみたんだよ。」
 「おいしかったけどね。」
 「あの頃は 何でもおいしいんだろ・・・。食べるものがなかったからよ。
子供らになんとか食べさせないといけないから 一生懸命だったな・・・。」
 なんだか こういった昔の話を この頃からなんとなく話すようになり
ました。

 予定日より三週間ほども早く それも超難産の切迫仮死の低体重児で
生まれた長男は その後 約一月の間保育器の中にいて 私が自分の
子を抱っこしたのは 出産一月後でありました。
 緊急手術で出産した私としては 自分の体がかなり辛かったので この
一月ゆっくりできたのは ひょっとすると良かったのかもしれないと思って
おります。
 しかし、オッパイは張ってくるので 赤ん坊がいれば五分もしないうちに
スッキリするものを 何十分もかけて搾乳するのは けっこう面倒ではあり
ました。
 なんだか 牛になったみたいなのでした。
 で、そんな私を見て ウメ婆ちゃんは毎回同じ様に 子供はどうしたのかと
聞くのでした。
 「良く出るお乳だのにもったいないね。赤ん坊に飲ませてやればいいのに
よ。」
 「なら、ウメ婆ちゃん飲んでみる?」
 「馬鹿言え!」
 なんて こんなぐあいなのです。
 でも ウメ婆ちゃんが言うには、
 「私らが子育てしている時分には 食べるものがなかったから 乳の出も
悪くて赤ん坊が焦れて泣いたもんだっけ。そんなに出るのにもったいないと
思ってよ・・・。」
 ただポツポツと話すだけの事なのですが、なんだかとっても説得力があっ
たのでした。
 そうして ようやく一月後 オッパイを飲むはずの赤ん坊が 帰ってきまし
た。
 しばらくの間は みんな慣れないことに右往左往していたのですが、落ち
着くと うれしい子守が居る事に気付きました。
 我が家に来てからズット 別にする事もなく過ごしてきたウメ婆ちゃんが 
子守をしてくれているのです。
 はじめはちょっと遠慮がちに しわしわだけれど荒れていないツベツベの
指で 赤ん坊のホッペをツンツンしたりしていました。
 そばへ行ってオルゴールメリーを鳴らしてみたり 小さいガラガラを鳴らし
てみたり なにやら話しかけてみたり、まあ・・自分が楽しんでいる様でも
あるのですが 赤ん坊の機嫌のいい時は適当に遊んでくれて グズッテい
ればあやしてくれて 泣き出してどうしようもなくなると私を呼びます。
 もともと はじめが1700グラムしかなくて一月して2700グラムで帰って
来た子なので 軽くて抱っこするのは楽でした。
 体がある程度シッカリしてきた五ヵ月くらいになると ウメ婆ちゃんは座っ
て自分の膝に子供を抱っこしました。
 ほんとうに子供が生まれて間もない頃は 猫の手も借りたい忙しさです。
 ぐずった子供が泣き出すまでに ほんの少しの間があるだけでも ありが
たいものです。
 それなので、
 「婆ちゃん、どうもありがとうね。」
 と、言うと ウメ婆ちゃんはとてもうれしそうに笑うのでした。
 この頃から ウメ婆ちゃんは 元気になりました。
 別に これまでだって特別ぐあいが悪かったわけではありません。
 でも なんとなくツラツラと毎日を過ごしていました。
 それが なんと言うのか チョッピリ元気と言うか チョッピリはつらつと言
うか そんな感じなのでした。
 昔の話などもよくするようになりました。
 以前は 話を向けても ‘忘れて覚えていない‘ と言ってそれきりになっ
てしまうのでしたが 出産と前後していろいろ話をする様になったのです。
 よく 老人ホームに動物を連れて行ったり 子供たちが遊びに行ったり
すると お年寄りがとても喜ぶという話を聞きます。
 きっとウメ婆ちゃんも それと同じようであったのかもしれません。
 とにかく 出産の少し前あたりから それまでとは違って たとえ昔の事で
あってもいろいろと思い出して話をしたり 自分から子供の所へ行って遊ん
でみたり さらには ‘私が子守をしなけりゃ誰がするんだ。‘ なんて言うよ
うになりました。
 もちろん それで ウメ婆ちゃんに何かの責任が生じるわけでは決して
ありません。
 いやになれば 頼んでも何もしてはくれないし 自分の思うようにならなけ
れば 子供をドツイテ泣かせたりもしました。
 でも 何であっても ウメ婆ちゃんにとっては いい刺激になった様でした。
 人というのは おもしろいものです。
 いくつになっても どんな状態であっても 自分が向き合う何か━ほんの
小さな事であっても それが有ると生活に変化が出るのです。
 こんな事は あたりまえだと言われるかも知れませんけれど 実際に目の
前でその変わりようを見ると ‘へーこんなに違うものかよ・・・。‘と 感心し
てしまうのでした。

 今でも子供と遊ぶウメ婆ちゃんの姿が思い浮かびます。
 ほとんどマイペース。
 子供と遊ぶと言うより 子供のおもちゃで自分が遊ぶという感じでありまし
た。
 オルゴールメリーが好きで なぜだか 子守唄のメロディーに合わせて 
 「も〜いくつ寝ると お正月〜・・・。」
 と、スットボケタ歌を歌っておりました。
 どうすると ブラームスの子守唄で お正月の歌が歌えるのか、でも ちゃ
んと最後までキッチリ歌っておりました。
 たいしたものです・・・。
 本を読んで聞かせるのも 好きでした。
 まだやっとお座りができる様になったばかりの子供に 本を読み聞かせて
もわかりはしないのでしょうが 子供はおとなしく ウメ婆ちゃんの膝の上に
抱っこしていました。
 時間はタップリあります。
 同じ所を何度も何度も繰り返して読みます。
 ページを後から読む事もあります。
 話の途中から突然読み始める事など いつもの事です。
 時には なんだかわけのわからない事を音読していたりもしました。
 ウメ婆ちゃんは 農家で生まれた明治の人です。
 よく子供の本を読みながら 自分は小学校もちゃんと通っていなかったと
話していました。
 どうしても読み書きくらいは覚えたいと思ってお医者の所へ奉公に行った
のだそうで そこでお医者の家の奥さんと子供に 読み書きを教えてもらっ
たのだと話していました。
 でも子供は ぐずる事もなく 泣く事もなく ウメ婆ちゃんの読書に付き合っ
ていました。
 ウメ婆ちゃんは 次にする事を何も考えません。
 これが終わったら 次は洗濯だとか 買物だとか 掃除だとか・・・。
 子供は理屈でなく 人から伝わる何か・・・優しさとか、ゆとりとか、そういっ
た暖かい感じを くみ取る天才です。
 おそらく いつまででも 自分を抱っこしたまま 本を読み聞かせてくれる
ウメ婆ちゃんの膝の上は 子供にとっては最高に落ち着く場所だったかも
しれません。
 私の子供は三人ですが こんなふうに うんと小さい時から時間など気に
することもなく ツラツラと本の読み聞かせをしてもらえたのは このはじめ
の子だけなのです。
 そのせいだかどうだか それはよくわからないのですが この子は今でも
メチャクチャ本を読むのが大好きです。
 もし この長男が本好きなのが ウメ婆ちゃんの読み聞かせのおかげで
あったとしたら 本人は覚えていないかも知れないけれど すごくいいモノを
もらったのではないかと思うのです。
 この時 我が家は四世代がいっしょに暮らしておりました。
 昔は さほど珍しい事ではなかったのでしょうが 東京あたりでは今は 
あまりない事です。
 でも 家の中に 何もしない人がいる(ちょっと変な言い方ですが・・・)のは
その家の中に その人ぶんのユトリがうまれるような気がします。
 で、この小さなユトリは 繰り返す毎日の生活の中で 隠し味の様に利い
てくるのです。
 当時 子供が生まれるのに ヨタヨタのウメ婆ちゃんが居て どうなる事
かと思っていたのですが なに とんでもない ウメ婆ちゃんのおかげで 
どんなに助かった事か 今思い出しても ‘ありがとう‘ と 感謝するので
した。






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