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もちろん何も問題がなかったわけではないし、それらの問題が全て片付い たわけでもなかったのですが、明さんは我が家にやって来る事になりまし た。 私としては、経緯がどうであったにせよ流れに乗ってみようと決めた事 なので、所帯を持つ準備をしたのでした。 明さんが我が家に来ると言ってから約半年、ウメ婆ちゃんと私の両親 私と明さんの五人がなんとか暮らせる間取りの家を探し 披露宴の打ち 合わせなどをし 仕事をし まあいろいろ忙しない日々だったのでした。 そう・・・なんと言ったらいいのか・・・恋愛感情からスタートしたわけでは ないので、ウキウキ楽しい気分と言うよりやらねばならない事を一つずつ こなしていくといった感じで ちょっとまとまった仕事をしている感じなのでし た。 私はプライベートな事は職場では全く話さない事にしていたので、かえって この時期プライベートでバタバタしていたぶん 仕事が以前と変わらぬ ペースであった事が精神的にかなりよかったのではないかと思うのです。 明さんは私と全く違って友達はもちろん職場でも自分が結婚する事を 話まっくておりました。 とにかく、楽しくてうれしくてしかたないと言った感じなのです。 人は、いろいろなのだなー と、思ったものです。 この時期 私は、ウメ婆ちゃんのこともあって 五人で暮らせる家を探す のに苦労していました。 はっきり言って披露宴とか新婚旅行とかは なくてもいいと思っていた くらいなのです。 披露宴や新婚旅行はお金も使うし 仕事も休まなくてはならないし・・・。 でも、明さんは違っていました。 先の生活より、目の前にある披露宴と新婚旅行をおもいっきり楽しんじゃ おうよ、ってな感じでお祭りしていました。 後で思うといろいろ大変だった時、この‘あっけらかーん‘とした明るさに 結構救われていたのでした。 実際 明さんが披露宴だの旅行だのにこだわったおかげで、今では それなりに思い出もあるわけです。 日々の生活をなるべく変えないようにしていた私ではありますが、引越し や旅行などのために十日ほどは休まなければならないので、ようやく結婚 式の一ヶ月前になって所帯を持つ事を上司と休む事で直接迷惑をかけるで あろう人に話したのでした。 私は会社関係の人を誰も披露宴に呼んでいなかったので、私が結婚する ことを社内のほんの身近な人たちだけがこの時知ったのでした。 ありがたいことに上司は、‘姓‘が変わるなら印鑑や名刺を作り直さないと いけないし 引っ越して通勤経路が変わるなら交通費の不足分を総務に 言うようになどと気にしてくれました。 まあ 中途な時期に急に辞められても困ると言う事もあったのでしょうが。 でも私の場合、変わるものは何もありませんでした。 明さんが私の家に来る事で‘姓‘が変わることもなく、ウメ婆ちゃんのため に病院などの施設が変わらないように苦労して探した家は 前の家から さほど遠くないので、通勤経路が変わることもありませんでした。 そういう事なので、何も変わることはないと伝えたのです。 ところが、この日以降 私ではなく周りがなんとなく変わったような気がす るのです。 こういう話は、自然と広がります。 それまで‘仕事は任せておけばそれなりに収めるが 三十すぎても一人で 結婚もしないオツボネさま‘であったのが‘家を買って婿さんをもらって親の 面倒を見る跡取り‘と言うことになって、周りの見る目が変わったのでした。 人というのは面白いものです。 本人そのものは何も変わらないのに、変わらないようにしているのに、そ の付加価値の部分が変わるだけで本人そのものの見方が変わるのです。 結婚の事をいろいろ考えていたのは私ではなく明さんの方です。 私はただ流れに乗っただけ・・・。 家を買うといったて それは、父よし雄さんが今までの家を処分して 少し だけ私が負担しただけだし、親の面倒を見るなんてとんでもない話で こっ ちが逆にいろいろやってもらっているのです。 私自身のチャランポランは変わっていないのでした。 だから、いつも店頭に来てくれる顔見知りの年配のお客さんが 「やっぱり、結婚して所帯を持って一人前だよ。」 などと言っても、なんとなく心苦しいようで・・・伝票を足しながら ‘何にも 変わってないんだけどなー‘ と思いながら、顔を上げて笑うのでした。 明さんに任せてしまった式や披露宴や旅行など非日常的なことが済んで しまってから、二人で婚姻届を書いたわけなのですが この時これから後 どちらの‘姓‘を名のるかの欄で私の方にチェックを付けたわけです。 ただこれだけの事に、少なくとも明さんはいろいろ苦労をしたわけです。 もし、これが逆であればなにもなかったわけで 男女の扱われ方が やは り違いすぎるのだなーと思うのです。 明さんはこの後、名刺や印鑑を変えました。 「名字が変わるとめんどくさいな。名刺とか印鑑とかみんな変えないと いけないし、だいたい‘中野さん‘って呼ばれてもピントこないんだよね。」 と、言っていました。 でも こういうことは結婚した女性のほとんどが経験している事なのです。 男だって自分がそうなれば、めんどくさいと思うことを女には平気で押し 付けているのでしょうか。 私は明さんに言ったものです。 「もったいないし、面倒でしょう。でも、結婚して仕事してる女性って たい てい同じ事してるんだよねきっと・・・。私はそういうの嫌だから明さんに変え てもらったけど・・・。」 「夫婦別性とかって言うじゃない。あれ、分かる気がするよ。ほんと 面倒 だしやりにくいもん。」 この話は九年前の話です。 たぶんこの九年の間に結婚しても仕事を続ける女性は増えているのでは ないのでしょうか。 でも、公の決まり事は九年前と変わらないわけです。 決まり事が変わらないので、現状が変わってきていたりもします。 我が家の子供たちが通う幼稚園では数年前から先生を呼ぶとき名前を 呼ぶようになりました。 近くの病院で看護婦さんが、やはり名前で呼び合っているのを見ました。 女性の多い職場では、なれ合いではなく 意図的に名前で呼び合っている 所もあるようなのです。 おかしなものです。 現状にそぐわないからと公の決まり事を変えてまで、争い事に首を突っ込 もうとするのに、一般の普通の人が 変えてもらうといろいろ助かるんだ けどなーと思う決まり事は全然変わらないのでした。 だから、一般の普通の人は現状を変えてそれなりに適応していくのです。 変わること変わらないこと、変えること変えないこと、変えた方がいい事 変えない方がいい事、何を主にするか何が主になるかで表面に現れる結果 が変わってきたりするわけです。 でも たぶん 本当のところというのは変わることはないと思うのです・・・。 一人でいようが結婚しようが私はわたし、‘姓‘が変わっても明さんは 明さんなのです。 こう書けばあたりまえでしょうが、やっぱり人は付加価値で周りを見る気が します。 私だって そうなのだろうなーと思うのです。 |