思いやりはむずかしい           もくじへ戻る トップページへ戻る

 ウメ婆ちゃんが、我が家にやって来たのは 多分平成3年の7月12日か
13日ころでした。
 東京のお盆の時でしたから・・・
 日曜日で私と父のよし雄さんが、家で待っているところへ叔父さんとすじ子
さんに連れられて、ウメ婆ちゃんは来ました。
 叔父さんは、当時和式だった我が家のトイレに近くのホームセンターで買
って来た 簡易式の置き型洋式便座を置くと、
 「それじゃあ、後はよろしく。」
 と、言って帰ってしまいました。
 帰りぎわ 玄関を出て行く叔父さんを見て、ウメ婆ちゃんは
 「あれ、置いて帰っちゃうよ・・・。後で迎えにくるのかな・・・。」
 と、小さな声で言ったのを 私は覚えています。
 来た時のウメ婆ちゃんはまるで酒乱のオヤジの様で 目が据わって ろれ
つが回らなくて 歩くのもヨタヨタの千鳥足。
 はっきり言って、怖いと思いました・・・。
 これが、あのウメ婆ちゃんなのかと思うくらい 別人のようでした。
 私が知っているウメ婆ちゃんは、もっと闊達な背筋の伸びたシャンシャンし
た婆さんです。
 この前会ったのだってそんなに前の事では無いのです。
 なのに、どうするとこんなに”うすら怖い婆”になってしまうんでしょう・・・。
 すじ子さんは 叔父さんを送りウメ婆ちゃんを座らせると病院から渡された
大きな白いビニール袋いっぱいの薬を そのままゴミ箱へ捨てていました。
 「捨てちゃっていいの?」
 と、私。
 「病気じゃないもの・・・。もらう時、何の薬か聞いたら身体を動けなくする
ような薬なの。こんなの飲ませてたら 寝たきり老人になっちゃうよ。」
 キッチンと部屋続きの居間でコタツテーブルの所に なんとなく落ち着か
ずに座っているウメ婆ちゃんを見ながら お茶の仕度をしてすじ子さんは言
いました。
 (ああ・・・ウメ婆ちゃんのお湯飲み茶碗 買ってあったんだ・・・)
 「でもさ・・・なんか年寄り用の栄養剤とかあるんじゃないの?」
 あんまり沢山の薬だったので、ゴミ箱に捨てたビニール袋の中を覗き込ん
でみました。
 「そんなの無いわよ。すごく元気だって。内臓が丈夫なんだってさ。」
 で、それまで飲んでいた安定剤やら睡眠薬やらの効き目がなくなるのに
それから一週間ほどかかったと思います。
 その間 ウメ婆ちゃんは、ヨタヨタし続けていました。
 この日から我が家の3人は、新聞やテレビで見るような痴呆のお年寄り
の不可解な行動に付き合わされる事になったのでした。

 このころのウメ婆ちゃんは、何か気に入らなかったり思うように事がはこ
ばなかったりすると、
 「いー、くやしー。」
 と、ギリギリ歯をむいて 手を胸の前でかたくにぎって じたばたしました。
 近くに何かあると それを投げつけたり スリッパをふりあげて殴りかかっ
てきたりしました。
 それが、なんと言うのか すごい力なのです。
 すじ子さんは、しばらくの間 青あざが絶えませんでした。
 あるとき、私の見ている前でウメ婆ちゃんがすじ子さんに スリッパをふり
あげて殴りかかったことがありました。
 何が原因だったのかおぼえていないのですが、まあ たいしたことでは
無かったと思います。
 ただ、何かが思うようにならなくて騒ぎ出したのでした。
 近くにあったスリッパを握り、頭の上までそれを振り上げて、酒乱の様に
すわった目で、歯をギリギリむいて、ヨタヨタしながら、
 「いー、くやしー、くやしいんだよー。」
 と、かんだかい声で叫びながら すじ子さんに向かって手にギッチリ握った
スリッパを振り回すのです。
 1,2回すじ子さんにスリッパがあたったでしょうか、見かねて私はウメ婆ち
ゃんのスリッパを握っている右手首をつかみました。
 「いたいなー。なにすんだよー。いー。」
 すわった目で、私をにらみました。
 「いいがげんにしろよ。このくそ婆。スリッパでたたかれたら痛いんだぞ。
あんた、誰のことたたいてるか わかってんのかよ。」
 私は、ウメ婆ちゃんの右手首を持ち上げて 骨太の指にギッチリ握られた
スリッパを取り上げました。
 すると今度は、ヘタヘタそこに座り込んで、
 「あー、手が痛いよー。骨が折れちゃったよー。いー。」
 と、顔を手で押さえながら おおげさに泣いたりするのでした。
 「スリッパ取り上げただけで、骨が折れるわけないだろう。痛いのはあんた
にたたかれたすじ子さんのほうだよ。いいか、あんたを引き取るのに すじ
子さんがどんだけ家のものに気をつかったかわかってんのかよ。大根役者
みたいに下手な嘘泣きするんじゃねえよ。ぶっとばしてやろうか、このくそ
婆。」
 さすがに ぶっとばしたりはしませんでしたが、こう思ったのは 確かです。

 ウメ婆ちゃんは、皆が起きている間は座椅子にもたれたり 時にはコタツ
テーブルに突っ伏して居眠りしていました。
 はじめは、コタツテーブルに突っ伏して居眠りしている時など死んじゃった
のかと思ってびっくりしたものでした。
 それで そーと顔を覗き込んでみると入れ歯の唇から ぷしゅーぷしゅー 
と、息がもれているので 大丈夫だと思うのです。
 ウメ婆ちゃんが、まわりから何も言われず・・・例えば、散歩に行こうとか 
お風呂に入れとか・・・ひとりで 元気に動きはじめるのは 皆が寝てから
なのでした。
 さんざん ふとんの中でモジモジした後、むっくと起き上がって
 「寝らんないから、どれひとつ トイレにでも行ってこようかな・・・。」
 などと つぶやきながら、トイレに行くのです。
 そして、それから
 「ついでに、戸締りでも見てくるか・・・」
 などと、ちょっと聞こえるような囁き声で わざとブツブツ言いながら家の中
をウロウロ歩きまわるのです。
 もう皆寝ている時間、真夜中、電気も消えて薄暗い家の中をブツブツ言い
ながらヨタヨタと婆が歩き回るのは、はっきり言って かなり薄気味悪かった
りするわけです。
 私は、夜 音の聞こえない時間に、ひとりで本を読んだり絵を描いたり
なにやら思うところを原稿に書いたり そんな事が好きなので、ウメ婆ちゃ
んが来た後だって夜になれば 部屋でひとり最高の時間を過ごしていまし
た。
 私の部屋は二階です。
 都内の小規模住宅の階段は狭くて急です。
 その階段に、すじ子さんはやたらと物を置きたがります。
 半分物置状態になった階段。
 私も 上り下りに手すりにつかまりました。
 そこをヨタヨタのウメ婆ちゃんが明かりも点けず音もなく上ってくるのです。
 声をかけるでもなく、戸を叩く訳でもなく、いきなり ガラっと私の部屋の
戸を開けます。
 これは、かなり怖いです。
 読んでいる本が泉鏡花だった時などは、心臓が口から飛び出すんじゃ
ないかと思うくらいびっくりしました。
 「なんだよ 急に。びっくりするなー。」
 ウメ婆ちゃんは、入り口の所につっ立ったまま
 「おーおどろいた。大きな声出さないでよ。」
 「なにしにきたの?」
 「明かりが見えたから・・。消し忘れかと思って。でも、あんたが居るんなら
いいや・・・。早く寝なさいよ。」
 そう言いながら階段を下りて行こうとするのです。
 「大きなお世話だよ。あんたこそ夜中にウロウロしてないで、さっさと寝
な。」
 とりあえず、階段の電気を点けてやらないといけないので 最高の時間は
ここで途切れるのでした。
 入り口の所まで行って電気を点けます。
 明かりが点いても 狭くて急で荷物いっぱいの階段には違いありません。
 「明かりが見えても ここの家は大人ばかりなんだから 皆それなりにや
るんだから、あんたが心配しなくてもいいんだよ。」
 入り口のすぐ横は もう階段です。
 上がってくるときは、音もなくきたくせに 人がいると、‘あー‘だの‘うー‘
だの ‘痛い‘だの‘痒い‘だの ブツブツ言いながら下りていくのです。
 「だったら上がってくるな、ばか。」
 上から、下りていくウメ婆ちゃんの骨太い肩を見おろしながら言いました。

 ウメ婆ちゃんの夜の徘徊では、ビックリする以上に 実質的に困る事が
もっとありました。
 ウメ婆ちゃんは歩きながら 電気の消し忘れを見て回ったり、戸締りを
見て回ったりしていました。
 ところが、この電気の消し忘れの見回り 何でもかんでもスイッチを切って
コンセントを抜いてしまうのです。
 テレビの主電源、ビデオ、タイマー予約してある炊飯器、冷蔵庫、などなど
・・・。
 予約録画は出来ないは、朝 ご飯が炊けていないので お弁当が作れな
いは、冷蔵庫の中身は腐るは・・・。
 どうすんだよ、これ・・・。
 で、しかたがないので テレビとビデオはあきらめました。
 ビデオなんかは いつも時刻の所が0:00でパカパカしているのです。
 冷蔵庫は あんまり電源を切ったり入れたりしていたので壊れてしまいま
した。
 しかたなく買い換えて、この時 コンセントを冷蔵庫の後ろ側の上部に新し
く作ってもらい そこから電源を取りました。
 炊飯器も食器棚の後ろを延長コードを這わせて、この上の方にあって視
界に入らないコンセントから電源を取りました。
 とにかく思いもよらない事をしてくれるので すじ子さんはそれに付き合っ
て眠れぬ夜が続いたのでした。

 ウメ婆ちゃんは遅い朝ごはん兼昼食の後、散歩に出かける事がありま
す。
 たいていはゴロゴロしてばかりではいけないから少し動こうと 半ば無理
やり誘うのですが ごく稀に何を思ったか自分から外へ出て行く事がありま
した。
 まだ家に来て間がないころです。
 その日は私もよし雄さんも仕事で、家に居たのはすじ子さんとウメ婆ちゃ
んだけでした。
 昼すぎ いつもの様に昼食を終えたウメ婆ちゃんが珍しくゴソゴソと動き
出してサンダルを履いて玄関から外へ出て行きました。
 キッチンに居たすじ子さんは、その気配に気づいて窓を開け外を見たそう
です。
 私がこのころ住んでいた家は、川っ縁にあって玄関を出るとすぐ 川沿い
の道があって その道を挟んで土手でした。
 庭などなかったのですが、川沿いの行き止まりの場所だったので車も入っ
てくる事も無く、土手に花など置いて庭代わりにしていました。
 外へ出て行ったウメ婆ちゃんもしばらくは土手の上に上ってフェンス越しに
川を見たり、植えてある花を見たりしていました。
 すじ子さんはキッチンの窓から時々ウメ婆ちゃんの様子を見ながら仕事を
していたらしいのですが、気が付くとウメ婆ちゃんの姿が見えなくなっていま
した。
 窓の所に行って外を見ても姿が見えないので、靴を履いて外に出て近所
を探したのですが見つかりません。
 高いフェンスがあるので、よじ登ったりしない限り川へ落ちる事は無いだろ
うと、思ったそうです。
 でも、川沿いの道から大きな通りに出れば車も通るし フェンスだって穴
が開いて敗れているところが無いわけではないのです。
 すじ子さんも これはちょっとヤバイと思ったらしく、あちこち1時間ほど探
して歩いたのでした。
 ウメ婆ちゃんはこの時住んでいた家の周りのことは全然わかりません。
 若いころに住んでいたところではないからです。
 もちろん、まわりに住んでいる人だって逆にウメ婆ちゃんのことを知る人
はいません。
 探すにしても、まったくあてがないのです。
 困って 結局すじ子さんは、警察に電話しました。
 それから待つ事2時間。
 夕方になってウメ婆ちゃんはパトカーに乗って帰ってきました。
 すました顔で、
 「どうもご苦労様。すみませんでしたね。」
 なんて、おまわりさんに言いながらパトカーを降りたのだそうです。

 仕事から帰ってその話を聞いた私は、
 「すごいじゃん。パトカーに乗って帰ってくるなんて、どっかの偉い人みた
いじゃん。」
 笑いながら言ったものでした。
 ウメ婆ちゃんは、もうこの時には昼間のことを忘れてしまっていて
 「何のことだか、わかんない。」
 と、言っていました。

 夜、お風呂に入ろうかというときです。
 ウメ婆ちゃんは、一度座り込んでしまうと面倒になってしまうらしく なかな
か動こうとしません。
 なんとか すじ子さんが、おだてたりすかしたりしながら 風呂場の前まで
連れて行くのです。
 この日もそうでした。
 ヨタヨタ、エッチラ、いろいろ着込んだ服を脱ぎ始めたウメ婆ちゃんを見て
すじ子さんが、私を呼びました。
 「よし子、ちょっと来て・・・。」
 なんだーと、思いながら風呂場の前まで行って、少しビックリしました。
 下着姿でそこに立っているウメ婆ちゃんは、肘だの膝だのすり傷だらけで
あちこちアザだらけになっていました。
 「なんだかすごいね・・・血だらけって感じ・・・。」
 私は、肘や膝から血が出て固まっているのを見て言いました。
 「痛くないの?」
 傷を見ながら聞くと、
 「うーん・・・あんまり痛くない。でも お風呂に入ったら痛いかな・・・。」
 ウメ婆ちゃんは、自分の手足を見ながら言いました。
 「どこでそんなになったか覚えてる?」
 すじ子さんが聞きます。
 「しらねえ・・・。覚えてないや。」
 ウメ婆ちゃんが本当に覚えていなかったのか、わかっていたのに そう言
ったのか、私には判断がつきませんでした。
 「昼間、歩いていて転んだんだね・・・。骨が折れなくてよかったよ・・・。」
 そう言いながら、すじ子さんを見ると すじ子さんは目を赤くして
 「ごめんね・・・おばあちゃん・・・。帰ってきたときもっとちゃんと見てあげれ
ばよかったね・・・。」
 「なんだかよくわかんない・・・。」
 ウメ婆ちゃんは言いました。

 本当に忘れてしまってわからないのか、ひょっとするとウメ婆ちゃんの方
が気を使っていて知らないふりをしていたのか、今でも私には判断がつか
ないのです。
 でもこの時、私はこのノータリンの頭を一発スコーンと叩かれたような気が
しました。
 どんな気持ちでウメ婆ちゃんが歩いていたのか。
 つっかけサンダルで何時間も全然知らない場所をたった一人で・・・。
 きっとヨタヨタ歩いていて、何度も何度も転んだのに違いないのです。
 必死で歩いていたのです。
 自分が帰る場所がわからなくて途方にくれていたのに違いないのです。
 思い余って知らない人に、帰れなくなったと告げたのです。
 知らない人に道を尋ねるのだって結構勇気がいるのに、ウメ婆ちゃんは
自分の帰るところがわからなくなったと言ったのです。
 どんな気持ちで言ったのか・・・。
 パトカーに乗った時はどう思っていたのか・・・。
 明治生まれのウメ婆ちゃんが、人に世話になるのなんて嫌いな世代の
人が・・・。
 なのに自分は
 「すごいじゃん。」
 と、笑っていったのです。
 はっきり言います。
 馬鹿にして言ったのです。
 一生懸命生きてきて、この時だって一生懸命だったはずの人を馬鹿に
して言ったのです。
 考えてみれば、家に来たとき スリッパを振り上げて殴りかかってきたの
だって、薬で自分の思うように体が動かなかったからなんじゃないか・・・。
 それで、くやしー と、叫んでいたんじゃないか・・・。
 自分の意志でこの家に来たわけじゃないのです。
 無理やり連れてこられたのです。
 30年親子3人で暮らしてきた家に年取ってから たった一人でやって来
たわけで、こっちが慣れるのに大変だった以上にウメ婆ちゃんは大変だっ
たに違いないのです。
 昼間寝ていたのは昼の方が人の気配があったからじゃなかったのか・・。
 不安だったんじゃないかと思うのです。
 不安だったから、人の起きている時に寝て 夜は寝なかったんじゃない
のかしら・・・。
 年を取ってから、知らない場所でなじみの少ない家族と暮らしていく。
 不安で落ち着かないのは、あたりまえなのです。
 怖いから、戸締りでも 電気でも 見て歩く、そうしないといられなかった
んじゃあないのかしら・・・。
 だけど、私はそんな事ちっとも考えていなかったのです。
 大変なのは自分だと、私が大変なのだと、それしか考えていなっかたの
です。
 私が馬鹿野郎です。
 どんな時でも、どんな人でも、馬鹿にしてはいけないのです。
 そうなのです、絶対に人を馬鹿にしてはいけないのです。
 馬鹿にしたら、そこから思いやりなんて生まれはしないのです。
 簡単なようだけれど、結構難しいのです。
 だいたい気が付かなかったりすることが多いのです。
 他人の気持ちはわかりません。
 わかるはずがないのです。
 だから、思いやるしかないわけで それができなかったら最後までおたが
い何も通じるものがないままになってしまうんじゃないのかしら・・・。
 でも、他人を自分以外の人を思いやるってことは、取りあえずは その時
は自分の事は考えないわけなので 自分に降りかかる事が大きければ大
きいほど それは、難しいように思うのです。
 ‘ちょっとした思いやり‘なんて言うけれど ちょっとでも自分を考えない事
ちょっとでもみかえりを期待しない事 そんな事が本当に誰にでもしてあげ
られれば それは、素敵な事なのでしょう・・・けれど・・・誰にでもというのは
やっぱりちょっと難しい・・・。
 きっと優しい人というのは、誰にでも思いやりの心を持てる人なのでしょう
ね。
 この後、私は約8年ウメ婆ちゃんを思いやっていこうと 頑張り続けるの
ですが、今思うと 結局 自分のためにウメ婆ちゃんを思いやっていたよう
な気がします。
 そうしないと後で自分が後ろめたい気がするから・・・。
 それでもウメ婆ちゃんは、うれしそうに微笑んだりするのです。
 なんか、情けない話です・・・。
 私には、思いやりはむずかしい です・・・。







もくじへ戻る       トップページへ戻る