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長男が生まれてから今年の三月で九年になります。 九年前にはまだウメ婆ちゃんが元気で 長男はよく膝の上で絵本を読ん でもらっていました。 長女が生まれた時もウメ婆ちゃんはいましたけれど もう膝に乗せては もらえませんでした。 次男が生まれた時は もう ウメ婆ちゃんはいませんでした。 次男が生まれる四ヵ月前に亡くなったからです。 長男三歳一ヶ月、長女一歳四ヵ月、次男はまだお腹の中にいた時です。 私は約三年一ヶ月 子育てと介護の手伝いを同時にしていたわけです。 この間 もちろんいろいろな事があって みんな私には大変な事ばかりで ありました。 でもケッコウ時が過ぎれば忘れてしまう事が多かったり あるいは今から 振り返って見れば もっとうまくできたかもしれないと思うこともあるのです。 そんな中 どうしても 忘れられない事もあります。 たぶんそれは子供がらみであり どうにかしたいと思ってもどうにもならな い事で 家族それぞれの気持ちを思うと やはりもうこれ以上 気にしては いけないのだろうなと ある意味なんとなく思いの残る事であったからだと 思います。 今暮らしている家に大人四人で越してきた時 ウメ婆ちゃんのために数箇 所 廊下やトイレに手すりを取り付けました。 まあ そんなに広い家ではないので 廊下でもトイレでもヒョット手を伸ば せば すぐ壁に手をつくことはできるのですけれど やはり手すりがあった 方が歩きやすいだろうし 立ち上がるときにも楽でした。 トイレに行く時などは トイレの前までズルズル這って行ってトイレのドア ノブにつかまって立とうとするので ドアノブのすぐ横に縦に手すりを取り付 けました。 こうすると 縦に付いた手すりを登り棒の様にしてつかまりながら 立ち 上がることができます。 ウメ婆ちゃんは元々身体の丈夫な人でありましたので 九十二歳で亡くな るまで 大きな病気をしたこともなく この時も病院通いなどもしていません し 背筋もシャンとして腰もピンッと伸びていました。 しかし 立ったり座ったりするのはケッコウ大変であったようなので 特に 足元のズボンや下着の上げ下ろしのあるトイレでは 大奮闘でありました。 それなのでトイレの中にも 立ったり座ったりする時の支えになるように 手すりを取り付けました。 年寄りなので冷えないように 下着もモコモコに何枚もはいていますし やはり年齢による失禁もありましたので失禁用のモコモコパンツに尿取り パットもしていましたので それらの上げ下ろしに支えになる手すりは必要 であったのです。 そうして 大人四人で暮らしている間 この手すりは別にどうということも なく はじめの目的どおりにとても役立っていたのでした。 ところが 子供が生まれて一年半ほど過ぎて背丈が手すりと同じくらいに なった頃 長男が手すりの端の丸い部分に おでこをおもいきりぶつけまし た。 急に大きな声で泣き出したので ビックリして見に行くと おでこを押さえて 真っ赤な顔で座り込んで泣いていました。 どうしたのかよくわからなくて おでこを押さえている手を取って見ると まるで大きな飴玉をおでこにくっつけた様なタンコブができていました。 ハッキリ言ってかなりビックリしました。 今までこんな丸くて大きなタンコブを見た事がなかったし 子供は泣きまく るし 中で頭の骨が割れてしまったのではないかと思ったくらいなのです。 母・すじ子さんは大きなタンコブを見ると すぐに水で冷やしたタオルを持 って来てくれました。 初めての子供でありましたし こんな大きなタンコブも今まで見た事もなか ったので とりあえずかかりつけの小児科に電話して どうしたものか聞き ました。 幸い‘すぐに連れておいで‘と言ってくれましたので 診察してもいに行った ところ タオルですぐに冷やしたのが良かったようで お医者が診たときに はずいぶんタンコブは小さくなっていました。 とりあえず様子を見て 熱を出したり吐いたりしたら またすぐ連れてくる ように言われたのでした。 この後 長男の頭は割れていることもなく 大きなタンコブもなくなりまし た。 あまり突然の事でありましたので はじめ子供が何に頭をぶつけたのか わかりませんでした。 廊下で転んだのかと思いました。 でも 最初の時ほどではありませんけれど この後も何度か手すりの端っ こにぶつかる事があったので 原因がわかったのでした。 はじめは こういうこともあるのかと思うほど意外なことで たぶん実際に 子育てをしてみて この様になってみないと気付かないかもしれません。 この頃よく読んでいた育児雑誌などには 机やテーブルの角に子供が頭 や顔をぶつける事があって危険だとは書いてあったのですけれど 介護用 の手すりの事までは もちろん 書いてありませんでした。 正直言って この時 私は二人目の子供を妊娠しておりましたし 長男も 小さかったので 手すりをなんとかして欲しいと思いました。 でも なんともなりはしないのです。 この手すりは ウメ婆ちゃんが歩いたり、立ったり、座ったりするのに必要 なのです。 言葉の遅い長男が片言に‘痛い‘と言いながら 顔を真っ赤にして涙を ポロポロ流しているのを 抱きかかえるようにして 水でぬらしたタオルで 一生懸命冷やしてくれている すじ子さんを見て その気持ちを思ったら 何も言ってはいけないのだと思いました。 ウメ婆ちゃんと暮らすということは こういう事なのだと思いました。 ウメ婆ちゃんが我が家へやってきたのは 八十四歳の頃だったと思い ます。 この頃もうすでに年齢からくる失禁はありました。 はじめ すじ子さんも私もそのことに気がつかなかったのですけれど トイ レに立ったウメ婆ちゃんの後ろ姿を見て ズボンが濡れていたので気が付 きました。 トイレに間にあわなくて 廊下に水溜りができることもありました。 何とかならないものかと近所にあった介護用品販売のお店に聞きに行っ て軽度の失禁用パンツを買ってきました。 廊下に水溜りができることはなくなりましたが ウメ婆ちゃんはめんどくさ がって湿ったパンツを取り替えてくれません。 体温で温まったパンツがかなり臭かったのと なによりそのままでかぶれ の原因になると困るので 今度は薬局に行って尿取り用のパットを買って きました。 はじめは上手にパットを使えなかったり 汚れたパットを捨てるのがもった いないからと洗ってみたり こっそりコタツの中で乾かそうとしたり ケッコウ 大変であったのですけれど しばらくするとなんとか使える様になりました。 ウメ婆ちゃんはいつもたいていは ツラツラ居眠りしているわけなので 尿 はチョッと身体を動かしたり 咳やくしゃみなどをすると出てしまうのですが 便は動かないのでなかなか出ないのです。 それなので 数少ない身体を動かす機会 例えば散歩に出かけたりする と トイレに行きたくなって急いで公園から帰って来ることがよくありました。 で 毎日の生活の中でウメ婆ちゃんにしては身体を動かす機会が もう一 つありました。 それは お風呂です。 考えてみれば 尿取りパットを何回も取り替えなければならないほど尿失 禁があったのですから お風呂でそれがないわけはなく ただ見えないので さほど驚かずにすんでいただけなのでした。 でも さすがに お風呂の洗い場に便がころがっていた時にはビックリしま した。 時には 転がっているのではなくて完全に‘してある‘時や 浴槽に浮き沈 みしている時もありました。 風呂桶にしてある時もたびたびあって そのたびに風呂桶を新しく買いま した。 ウメ婆ちゃんの場合は それを手で触ったりするのではなくて トイレに行 くのが間にあわなくなってしまうだけであったので とりあえず出なくなって しまうよりははるかにいいので(出なければいけない物が 出ない方が大変 なのです)トイレとお風呂がゴチャゴチャになっても ‘まあ 仕方ない‘と割り 切るわけなのでした。 父や母は掃除をしなおして新しくお湯を入れておりましたけれど この頃 まだ独身であった私はシャワーを使っていましたし やはりなんとなく嫌な 感じがして お風呂のお湯を使う事はありませんでした。 ところが 子供が生まれるとシャワーというわけにはいきません。 はじめは ベビーバスを使いますけれど じきに赤ん坊を抱っこしてお風 呂に入るようになるのです。 たしかに 洗い場も浴槽もきれいに掃除してあって 新しいお湯が入って いて 一番のお風呂です。 でも 便が洗い場に転がっていたのも浴槽に浮き沈みしていたのも事実 なのです。 そこに生まれて間もない赤ん坊を入れるのは やはり なんとなく 嫌な感 じがしました。 では いったい どうしたらいいのでしょうか・・・。 どうにもなりはしないのです。 この頃 お風呂場の掃除をしていたのは 父・よし雄さんでした。 父からするとウメ婆ちゃんは 義母です。 義母の汚したお風呂を 洗剤でゴシゴシ洗いながら 「今 きれいにしてやるからな。チョッと待ってろよ。」 なんて赤ん坊に話しかけるデッカイ背中を見たら‘何とかならないか‘なん て言えるわけがないし 何も言ってはいけないのだと思いました。 ウメ婆ちゃんと暮らすということは こういう事なのだと思いました。 しかし・・・この後 赤ん坊も浴槽でオシッコやウンチをする事があるのだと 知りました。 お風呂で温まって気持ちよくなった赤ん坊は ウーンと手足を伸ばして ノビノビするとチィーとオシッコをしたり 時にはブーとウンチをしたりすること があるのです。 赤ん坊のやわらかいウンチが広がる浴槽で 赤ん坊を抱っこしたまま ‘いったい これ どうするんだい・・・‘と思う私でございました。 人の心の優しさは理屈で聞くものではないようです。 何も言わなくても 何も聞かなくても 感じるものであるようです。 ゴチャゴチャと七人で暮らす家族ではあるのですけれど その中で損得・ 利害を抜きにした 毎日の普通の生活の中から その場その場 その時 その時に それぞれの家族の後姿から 人の心の優しさは伝わってくるの でした。 それにしても・・・介護も子育ても 汚物にまみれる覚悟がないと できない ものなのだと この頃になってようやく気付いた私なのでありました。 |