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あ〜うれしや、うれしや。 夏休みが終わります。 子供たちが 学校なり幼稚園なり行ってくれます。 日中、まだ陽のあるうちに静かな時が少しは持てるわけです。 この夏の暑さに加え 子供たち三人の 言葉では言い表せないほどの 騒ぎには もう本当にどうにかなってしまいそうでありました。 で、私は‘夜行性‘と化し なるべく子供たちが寝ている時間に ゴソゴソ おきていて キーボードを突いたりしておりました。 爺ちゃん、婆ちゃんが いい迷惑であったかもしれません。(ゴメンネ・・・) それにしても この夏休みは長くないですか? 我が家の子供が通う公立の小学校は 四十日間もあるのです。 ちなみに 幼稚園は元々休みの土日を入れても 十九日間です。 自分が 子供の時にもケッコウ退屈であったような気がするのですが、そ れは私が一人っ子であったからなのでしょうか。 これはまったくの私個人の 経験なのですけれど 夏休みを長期の休み として 自分でどのように使うのかを自分で決めて 決めた事を実行すべく 自分が行動したというのは かなり大きくなってから おそらく大学に入って からではなかったでしょうか。 もちろん 受験の前の夏休みはスケジュールいっぱいでありましたけれど それは 受験のためであって 受験を前提に考えれば 選択の余地のない 事でありました。 そうではなくて、限りない選択の自由の中から自分がしたい事を選んで 実行するという事です。 別に そんなに凄い事をするわけでもないのですが、普段できないことを ためておいて 夏休みにやっておりました。 そんな自分を振り返って見ても 今の我が家の子供たちを見ていても こ んなに長い夏休みを もてあましてはいないかと思うのです。 しかしです だからと言って 今の様な状況の小学校に 夏場(特に今年 の様に猛暑の夏)に 子供たちを登校させたくはありませんね。 他の小学校はどうなのかよくわかりませんが 我が家の子供たちが通う 公立の小学校は 夏、メチャクチャ暑いです。 それはもう六月頃からの事で 夏休みが終わって九月になっても もちろ んまだ暑いのです。 子供たちは熱中症にならないように 水筒に氷を入れた水や麦茶を持っ て学校へ行くのです。 学校の水道の水は 生温くて臭いからガラガラをするのも嫌だと 娘は言 います。 勉強するなどといった環境では 決してないのでした。 少子化などと言われていて 子供の数が減っているのに 一人当たりに かける教育の予算は 少しも増えていないようです。 いまどき 公共の施設で冷暖房設備が整っていないのは 公立の学校 くらいではないでしょうか。 今年の夏も よく話題になっていたようですが 今は昔より気温が平均 高いというのに 学校の設備は昔のままなのです。 夏はメチャクチャ暑くて 冬は下からジワジワ寒い 少子化で子供のいな いぶんなんとなく校舎は広く感じるけれど えらく汚い さらに使っていない 教室が多くて なんとなく怖い こんな感じなのです。 この学区内の小学校は 子供たちが通っていた幼稚園と 全体の子供 の数がほとんど変わりません。 一クラスの人数も 三十人ほどで同じです。 でも 幼稚園は私立でした。 冷暖房空調設備はもちろん完備していましたし とにかくきれいなのです。 園舎はもちろん 飼育小屋の後ろまで 先生方が毎日ピカピカに磨い ておりました。 おおかたは衛生面と防犯のためのようです。 子供が集まる場所で 手洗い場の排水口にゴミが こびり付いていた のでは衛生上あまり良くないと言った様な事でございましょう。 さらには 昨今子供を狙った事件が多いので 園庭の掃除をしながら あちこち見回るのです。 私立は責任が全て‘ワタクシ‘にかかるからでしょうか かなり神経質に 衛生や防犯といった様な事故につながりやすい事に気を使っているよう なのです。 で、公立の小学校はといえば これはもう実におおらかでございます。 PTA.などの地域の見回りなどは盛んですし 先ごろより防犯ブザーなど も持たせてくれたりしているのですが 校内の環境はと言うと‘?‘です。 夏休み前に面談に行ったのですが 教室前の手洗い場は いつのもの だかわからない給食の食べかすが 排水口に溜まっておりました。 ‘これ 誰が掃除するんだろう?‘と思いました。 子供たちが当番でするのか あるいは先生か またはそのような係りの人 がいてその人がするのか でももしかしたら誰も掃除する人なんかいないの かもしれません。 やたらと広すぎて 手が回らないのです。 その日の夕方 子供に聞いたら ‘知らない‘と言っておりました。 こんな具合だから公立より私立の学校へ行こうと思うのでしょうね。 人もあまり通らないような所に立派な道路を作ったり 戦争のための兵器 を先払で品物も届かないのに買い続けたりするお金があるなら 子供たち のために みどりのおばさんを復活させたり、先生の数を増やしたり、防犯 のために警備会社と契約したり、冷暖房の設備を整えたり、まず環境面で 考えないといけない事が たくさんあるんじゃないでしょうか。 少子化で子供が少ないから 出生率が上がらないものかと言った話を新 聞などで読みますが 自分の子供がこんな待遇で扱われるという事になれ ば やはり あまりいい感じはしないものです。 待遇の良い環境で 勉強したければ それをお金で買えと 私立へ行き ましょうと言うわけなのでしょうか・・・。 そもそも この夏休みは 何のためにあるのでしょう? まさか いまだに教職員の研修のためだなんて事はないですよね・・・。 学期中でも先生が研修でクラスに居ないことは たびたびあります。 その上 わざわざ休みにして研修するなんて まず一般の企業ではない 事でございましょ。 では 長期の休みがないとできないことをするために わざわざ設けられ たものなのでしょうか? それとも やはり夏は暑くて勉強するのに適さないから休むのでしょうか? 小学生が四十日もの長期の休みがないと できない事ってなんでしょう? たまに夏休み後半にニュースなどで 日本列島横断とか区長に会って話 したとか そんな話題を聞きますが ニュースになるくらいなので皆がみんな そういうことを しているわけではないのでしょう。 学校では‘自然に親しも〜‘などと言うのですが 子供一人で四十日も どうやって‘親しむ‘のでしょう。 親はそんなに付き合えるものではありません。 夏は暑いからと言うのであれば これはやはり 冷暖房空調設備を整えて もらいたいです。 ちなみに 進学塾には夏休みはありません。 普通の補修・復習塾でも お盆の時一週間ほどです。 その他習い事でも やはりこんなに長い休みはありません。 かえって この様な習い事や塾は夏休みには特別に‘夏休み短期○○ コース‘などと 子供たちが行く時間を増やしているのです。 ですから 何か習い事をしている子 塾へ通っている子は 夏休みの間も 実は休んではいないのです。 長々と閉門しているのは 学校ばかりなのです。 もし 学校があれば子供たちは‘夏休み短期○○コース‘に行かなくても いいのではないでしょうか。 本当に 夏休みとして例えば‘自然に親しむ‘とか‘旅行に行く‘とか‘家族 と海や山へ出かける‘とか‘宿題のために博物館へ行く‘とか‘キャンプに行 く‘とか・・・まあとにかく、一般的な‘夏休みだからこその活動‘(チョッと変な 言い方ですが)をするのは 親が休めるほんの一週間ほどの間ではないか と思ったりするのですが・・・。 夏休み前にクラス担任の先生と個別面談がありました。 毎年 夏休み前にある面談ですが 私は今年の夏で四回になります。 長男の担任の先生三人 長女の担任の先生一人です。 性別も年齢もバラバラで ベテランもいれば新任の先生もおりました。 でも どの先生も必ず同じ事を言います。 「夏休みの宿題は はじめのうちに全部終わらせないようにしてください。 毎日少しずつやって 八月の終わりまでもたせてください。」 私の子供のころは 夏休みの宿題は早く終わらせるように 言われたもの です。 でも 今は違うのです。 早く終わらせると それから九月まで何もしなくなって 今まで頑張って 覚えてきた事を忘れてしまうので 忘れないために夏休みの終わりまで 宿題を引き伸ばして欲しいということなのです。 今年一年生の長女のクラス担任の先生は 「せっかく 学校で勉強する事に慣れてきて 計算やひらがなも覚えたの に ここでそれがみんな途切れてしまうんですよね。一年生って学校に慣 れるのに時間がかかるのに やっと慣れたと思ったら 夏休みで振り出しに 戻る感じなんですよ。もちろん 九月になって復習はしますけれど なるべく 覚えた事を忘れないようにしてあげてください。」 と、言っておられました。 確か同じ事を長男が一年生の時も その時の担任の先生から言われた 様な気がします。 私には 現場の先生方がどのように考えておられるのかは わかりませ んし また例え先生方が何か思うところがあったとしても 今の教育システ ムは 一方的なトップダウンである様なので 現場の意見がお偉いお方に 伝わるかは疑問です。 九月になって学校が始まると 娘はその日にひらがなの書き取りの宿題 を持って帰って来ました。 翌日 九月二日 ひらがなの書き取りテストがあり 宿題に算数の足し算 の問題を持って帰って来ました。 明日 足し算のテストをするのでしょうか・・・? 四十日間の学習の流れを 取り戻すのはケッコウ大変なようです。 休みについては おそらくいろいろな考え方があって もっと休みが多い 方がいいと思う人もいるだろうし 少なくていいと言う人や なくても言いと 言う人だっているかも知れません。 あるいは 塾に行っているから 学校が休みだろうが関係ないと言う人も いるかもしれません。 でも、せっかく通っている学校だし 一日のうち1/4から1/3の時間を 過ごしているのだから 過ごしやすい環境でなるべく途切れることのない 学習の流れを保って 本当にできることなら 学区内の公立の学校だけで 基礎学力・応用力を身に付けられる様にして欲しいかな などと思ったりし ます。 子供たちは 基礎学習をするのに一番良い時期を 休みが多々あるにせよ 六〜八時間ほどの時間 九年間学校へ通い続けるのです。 一ヶ月に二十日間通ったとして 春・夏・冬休みで二ヵ月使ってのこり10ヶ 月。 一日六時間学校に居たとして 九年間だと・・・。 10.800時間。 ちなみに 四十日間の夏休みは 九年間で約一年分です。 少年老い易く学成り難し 一寸の光陰軽んず可からず 未だ覚めず池塘春草の夢 階前の梧葉已に秋声 今あちこちで 二学期制にするとか○○特区にするとか六・三制を変える とかいろいろ検討されて それにあわせてカリキュラムや扱う科目も変わる とか言われておりますけれど 本当に教わる側がそういったことを望んでい るのかしらと 思ったりするのです。 (君が代を歌わなかったからといって 処分される教育環境の中で どうし て哲学なんて学べるんだろう・・・。) 上の方から眺める様に教室の様子を見て それなりに決めた事の様な感 じです。 それより まず先に学習環境を改善してほしいし、先生の数をもっと増や す事を考えて欲しい気がします。 さらには 土曜日を休みにした事で二学期制を考えるなら 長期の休み も含めてもう一度休み方を考え直した方がいいような気もします。 私のまわりでは 土曜日は他の平日より 習い事や塾に通う子供の数が 多いです。 そんな子供たちや 送り迎えの親に‘ゆとり‘なんて見ることは できませ ん。 ‘シャカリキ‘になっているわけではないけれど ‘もてあまして‘はいるかも しれない感じなのです。 毎週ですからね・・・。 ゆとりの学習と言うのが 学校以外の教育を勧めるものであるなら 意図 したとおりではあるのでしょうけれど それ以外であるなら この‘ゆとり‘は 大的外れでしょう。 それなら いっそ土曜休みだけでなく夏休みや冬・春休みも含めて 休み そのものの日数を少なくして そのぶん 早く授業が終わるようにした方が いいかなーと思ったりするのです。 例えば学年が上がっても 給食が終わったら下校とか そのくらいの時間 で授業が終われば その後 学校で補修をしても、クラブや部活があって も、行事のために居残りしても、夕焼け放送を気にして帰宅を待つ事もない でしょうし そのまま帰宅して遊に行っても タップリ遊んでこれるし この方 が普段の生活の 時間の‘ゆとり‘ができる様に思うのですけれど・・・。 ただし これには放課後の先生や地域や親や周りの大人の‘目‘と‘手‘が 必要かもしれません。 土曜日が休みになって 平日の授業時間が長くなり そのぶん帰宅してか ら お友達と遊ぶ時間が減りました。 休みの日に遊べるではないかと思うかも知れませんが 面白い事に学校 のない休みの日に 子供たちがお友達と誘い合わせて遊ぶことは数少ない のです。 これは 夏・冬・春休みも同じです。 学校で顔をあわせて そのノリで帰宅してから 遊ぶ事が多いのです。 まる一日休みであると 家族といることは多くなるかも知れません。 でも お友達や他の家族以外の人とかかわる事は 少なくなる様な気が します。 小・中学生の人との係わりを身に付ける時期に せっかくの顔合わせの 場━学校━を遠ざけている様に思えるのです。 そして この時期は 勉強する(学び経験し修める)というよりも 習得する (経験から習い覚える)時期であると思うので 波のある、ONとOFFのあ る、学習よりも 特別ではないけれどコツコツ平坦で螺旋階段を上るがご とき 途切れのない学習をした方がいいかもしれないとも思うのです。 大人の学習・勉強の仕方と 子供の学習・習得の仕方とは 違うもので ございましょう。 私は マークシートが採用された翌年に大学受験しました。 マークシート最初の世代なのです。 詰め込み教育であったのかも知れませんけれど 大学に行ってから そ れでもなお 高校までの勉強ではゼンゼン足りないと青くなったのを覚え ています。 それなのに 学習内容をどんどん削って簡単にしてしまって 休みも多く して 今になって学力が低下しているとか言っても そりゃひどくないです か。 昔、私が中学生だった時 通っていた塾の塾長が言った 「学問に王道なし。」 と言う言葉を、教育の指針をお決めになられる方にプレゼントしたいと 思うのでした。 |